ドラマ「火車」
<あらすじ>
バブル崩壊後の’92年、けがで休職中の刑事・本間(上川隆也)は、遠縁の青年・和也(渡辺大)から失踪した婚約者・彰子の捜索を依頼される。彰子に自己破産した過去があると聞いた本間は、自己破産の手続きを担当した弁護士・溝口(笹野高史)に会いに向かう。だが、溝口の話からある矛盾に気付く。
原作:宮部みゆき「火車」脚本:森下直 音楽:吉川清之 監督:橋本一 プロダクション協力:東映太秦映画村 チーフプロデューサー:五十嵐文郎(テレビ朝日) プロデューサー:川島誠史(テレビ朝日)、川瀬光(東映)、横塚孝弘(東映) 制作;テレビ朝日/東映 出演: 本間 俊介 - 上川隆也---怪我で休職中の刑事。半年前に妻を交通事故で亡くした。 新城 喬子 - 佐々木希---偽の関根彰子。婚約者を残し失踪した。 関根 彰子 - 田畑智子(少女期:高須瑠香)---偽の関根彰子が現れると同時に姿を消した女性。 碇 貞夫 - 寺脇康文---俊介の同僚刑事。俊介の捜査を手伝う。 溝口 悟郎 - 笹野高史---関根彰子の破産手続きをした弁護士。 本多 保 - ゴリ(少年期:近藤那由汰)---本物の関根彰子の幼馴染み。 栗原 和也 - 渡辺大---銀行員、俊介の亡き妻のいとこの息子。失踪した婚約者「関根彰子」の行方探しを俊介に頼む。 片瀬 秀樹 - 鈴木浩介---新城喬子の元上司で元恋人。 倉田 康司 - 高橋一生---新城喬子の元夫。 須藤 薫 - 井上和香---新城喬子が唯一頼りにしている友人。 この作品、宝島社で発表されている『このミステリーがすごい!』で1988年から20年間の「ベスト・オブ・ベスト」で第1位に輝いていることは本の紹介の時に書きましたが、1994年にもドラマ化され、同じテレ朝系の「土曜ワイド劇場」枠で、「火車 カード破産の女!」のタイトルで放送されています。この時はどちらかというと、新城 喬子のサイドに立った脚本で作られていて、ドラマの中で「遠くへ行きたい」という曲が効果的に使われていました。今回のドラマ化では、原作に忠実な形で映像化されていたと思います。もっとも最後は、原作とはかなり違う成り行きになっていましたが、原作の唯一の冗長な枝葉の部分を刈り込んだ分かりやすい設定でドラマを盛り上げていたと思います。 この11月5日に放送された上川隆也(46歳)主演、佐々木希(23歳)を準主役にキャスティングした「ドラマスペシャル『火車』」は同時間帯の日本テレビ系、KAT-TUN・亀梨和也主演の人気ドラマ「妖怪人間ベム」(15.8%)、フジテレビ系では公開中の三谷幸喜監督映画「ステキな金縛り」のスピンオフドラマ「ステキな隠し撮り〜完全無欠のコンシェルジュ」(9.1%)、そしてNHK総合の東野圭吾原作のSPドラマ「使命と魂のリミット・前編」(6.7%)という競合作があったにもかかわらず、平均視聴率が17.0%のトップの高視聴率を記録をしました。まあ、原作が良いですからね。さもありなんというところでしょうか。HPで確認しても、カメラマンは分かりませんでしたが、なかなか原作を暗示的に捉えているカメラワークで、最後まで登場しない被疑者を強調するように口だけをクローズアップした電話での応答を多用していますし、ドラマの時代背景がバブル崩壊直後の1992年という事もあり、ドラマの中で使われている主人公の息子が見ているテレビ番組は実際に1992年2月から翌年2月まで放送されていた「恐竜戦隊ジュウレンジャー」の映像を使っていました。当然ドラマの登場人物のファッションもその当時のものを再現しており、中々凝った演出でした。 原作でも、主人公である本間俊介の目線を崩さず、その事によって少しづつ人の全容が明らかになっていく過程が緻密に描かれていましたが、ここでも、休職中という本間の状況まできっちりと描かれています。少し残念なのは、後半の事件の急展開の鍵を握る住宅展示場の南海ホークスの本拠地だった大阪球場が今は取り壊されていますし、ドラマでもその鍵を握る写真は多分トリック撮影されてものだった様な気がします。まあ、当時は下記の写真のような形で利用されていました。この住宅展示場は1991年の4月に開設され、1998年まで利用されていました。その間の1992年には内野のスペースは住宅博と平行してミュージカル「キャッツ」の公演も行われていました。 ドラマは、111分に纏められていますから、原作のようなサブテーマをすべて取り上げる事は出来ていません。本間の休職中の理由は描かれていますが、彼の妻の死についてはほとんど描かれてませんから彼の哀しみの深さは原作には及びません。また、息子が捨て犬のボケを大事に思う理由とその存在についても原作とは隔たりがあります。しかし、主たるテーマの「火車」については的確に原作の中から集約して凝縮していますから過不足はないでしょう。多分制作スタッフは、以前のドラマ化の作品も参考にしながら脚本を練った事でしょう。今回は新城喬子の過去については、結婚していた夫の口から語られるだけであっさりと纏められていました。そんなことで、新城喬子の人となりはちょっと理解しづらいところもあったのではないでしょうかね。 今のドラマと比べて今の若い人がこのドラマを見て、ひとつ違和感を覚えるのはやはり携帯電話の存在でしょう。1990年代はじめから携帯電話が普及し始めていましたが、この小説では全く登場しません。すべて固定電話で会話が成り立っていきます。そういう意味では、現在の時点では成立しにくい事件になってしまっているかもしれません。そして、唐突に事件の真相が近づいた頃に、「火車」という言葉が出て来ます。本間と碇の会話の中でですが、 「火車の、今日は我が門を、遣り過ぎて、哀れ何処へ、巡りゆくらむ」 という「拾玉集」の慈鎮の短歌がよまれます。果たして、何人の人が理解出来たでしょうかね?ここはテロップを入れてちょっと説明をしてほしかったところです。 さて、このドラマ。早くも映像がネットにアップされています。下記で見る事が出来ます。多分、直ぐに削除されそうですから視聴はお早めに。 | ||||||||
