布施明さん
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趣味と日課の芸能人ブログめぐりですが、 と有りましたのでもちょっと気になり私もとばかり思い出を書きます。 昔、昔、布施明さんの結婚前のお話です。 クリスマスデイナーショーの日本での長く最高額は 布施明さん でした。 とっても人気で、50,000円という高額値でしたが、発売と同時に完売。 大阪は中ノ島のロイヤルホテルでもデイナーショーがあって、 こちらは"つて"で、チケットを手に入れてもらい、毎年参加させて頂いていました。 お客様の層も流石で、私たちも気合を入れてタキシードにイブニングドレスでの 参加でした。 当時、ロイヤルホテルには世界的に有名な写真家がいらっして、 その先生も存じあげていたので、お気持ちに甘えて、 写真も一杯撮っていただきましたので、いい思い出となっています。 布施明のデビュー当時の『ホイホイ・ミュージック・スクール』こともはっきり覚えています。 布施明さんはオリビア・ハッセーさんとの間にもうけたお子様について、離婚後ライブで 面会交渉権を得たが、その権利には義務が生じる。会いたいときに会えばいいというものではなかった。そのうち帰国して子供とは夏休みにまとめて日本で会うことになった。そこで2ヶ月ほどの間は幼い子供との生活で自分には夏休みというものがなくなった。
空港に迎えに行くと一人での飛行機の旅に緊張したのか車の後部座席ですぐ眠りに落ちる。 ところが帰国する時の車の中では助手席に座り、こんなことあんなことがあったねと、いつまでもいつまでも日本の夏の出来事を話し続ける。 成田空港で息子を見送った後の一人だけの車の中で決まって口ずさんでいる歌があります。しかも口に出るのが不思議と同じ場所なのです。それはダニーボーイという歌です。 ご子息が大学を卒業されて、養育費の支払いが終わったが、寂しいとも語っていたことがあります。 今年、布施明さんも64歳だものね。そして、ご子息が29歳。 ザ・ピーナッツさん達と『ザ・ヒットパレード』に出演されていた、布施明さんのスタイルは深いサイドベンツ side vents の背広。きっちりと7:3に分けられたヘア。 石津謙介氏の 『VAN』流行ったものね。 VANロゴのついた横25cm位で幅7cm位の真っ赤なボックスバックが私のお気に入りでした。憧れて、ちょっとおすましして、持ち歩いていました。コーティングはしてあるけど、厚紙でした。でも、とっても丈夫で、大事にしまっておいたのですが、母に捨てられたのかな。 お買い物するときは、お札で支払う。 家に帰ると、あっちのポケツトから、こっちのポケットから小銭がざくざく出てくる。 って話もしてた事思い出した。 当時の歌謡界で楽譜を見て直ぐに歌えるのは、布施明さんと小柳ルミ子さんしか居ないとまで言われていました。 本当かどうかはわかりませんが、加賀まり子が、布施明さんをからかって、 ご実家のご職業はと訊ねたら、三鷹の畳屋なのに、「インテリア関係」と答えたと聞いたことがあります。 若い頃のお話、微笑ましいです。 横浜市立大学学長を務める布施勉は実兄だそうです。 wikipediaより |

とても懐かしく読ませていただきました。
同じ年代ではないかと思いました。
オリビアとの生活は決して楽しいものではなかったと思います。
布施さんがさびしくなる気持がとてもよくわかりました。
2012/2/21(火) 午後 8:42
僕の同級生はインテリアの仕事をすると言って東京に行ったけど・・
結局はロッテリアのアルバイトをしていました・・・
2012/2/22(水) 午後 2:13