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蝉の声が聞えていた。
季節は夏。一年のうちで最も暑さが逞しい季節。
空高くで太陽が頑張り、眩いばかりの日光を絶え間なく降らせている。
負けじとばかりに山中に満ちるのは、夏の象徴とも言える虫達の大合唱。
人里から少しばかり離れた山奥、木々の合間を無形の時雨が鳴り響く。
その声は何処か懐かしく、聞く身としては小さな安心を覚えた。
山の中には一人、少年の姿が在る。
半ズボンに半袖、片手に竹とんぼを持った猫目の少年。
何かを探すようにして、きょろきょろと忙しなく動かされる視線。
目当てのものが見つからなかったか、結局、少しだけ肩を落として去って行く。
遠ざかるその背中を、何処とも知れぬ場所から私は見送った。
もちろん、全ては夢の光景である。
似た景色を何度も繰り返し見た身、そこの所はちゃんと自覚していた。
そして、これが最期に見る夢となるであろう事も、また。
ことここに至って一つ、私は考えていることが在る。
夢を見ていることを自覚しなければ、夢を見ていないのと同じなのだろうか。
在ることを知り得ないならば、それは無いのと同じであろうか。
だが、無自覚な生が命ではないかと言えば
やはりそれでも生は生、生きていることに変わりは無い。
直接に知る術が無くなろうとも、在るという事実に変わりは無い。
そう結論付けた私は、それ故に安心していた。
私が気付けなくなろうとも、きっとこの夢だけは残る。
ずっと見続けた夢だ。今、この時となっても見続けている夢だ。
本来、夢など見ることも叶わない私が抱き続けた時の残滓。
私が終わった後も、きっと夢だけは続いて行く。
夏を彩る合唱に紛れて、にぎやかな笑い声が届いた。
遠くに、ポチを先頭にして、ルシオラ、ベスパ、パピリオの四人が見える。
パピリオにじゃれ付かれて、吹き飛ばされるポチ。力加減を誤ったのか。
そんな妹をルシオラは軽く叱って、ベスパは呆れながら窘める。
何事も無かったかのように復活したポチは、再び彼女らの輪に加わる。
それは他愛も無い光景だった。行為の激しさを別とすれば、何処にでもあるような。
更に離れた所には、アシュタロス様が居た。土偶羅様、ハニワ兵が傍に控えている。
ポチ達の様子を見守るようでもあり、また眩しいものを見詰めているかのようでもあった。
更に離れて、美神令子の姿までが在る。こちらは不貞腐れた様子を隠そうともしていない。
アシュタロス様には露骨に背を向けて、ポチが笑いあっている光景からは顔を背けている。
それでも、ポチ達が進む方向へと付いていくのは、ちゃんと意識をしているからか。
私の傍を、ポチが通り過ぎて行く。
ルシオラが、ベスパが、パピリオが、美神令子が
アシュタロス様が、土偶羅様が、ハニワ兵が
何処かへと向けて一人一人、順番に過去って行く。
私だけが動かずに、彼らの後姿を見送っていた。
次第に暮れ始めた風景の中で、私は願う。
この蟲の魂にも、もし生まれ変りが在るならば
後の世も私として、また蟲として生まれたいと。
そして同じ様な時を、夏の夢を過ごしたいと。
でも今は。
少しだけ疲れたから、少しだけ休もう。
再び暗がりは広がって、世界の輪郭はぼやけて行った。
瞼をゆっくりと閉じるように、夏の夜が緩やかに訪れるように。
心地良い安らぎを伴いながら、受け入れた睡魔に身を浸す。
闇に満ちた世界で、声だけが聞こえる。
零れて行く意識の中で、最後に残された夢との繋がり。
少しずつ遠ざかりながらも、少しずつ薄れながらも
未来へと向かうその声が、過去から今へと届く。
そう―――――――
――――――――蝉の声が、聞こえている。
了
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