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欧文社(旺文社)通信添削会の歴史(3)
英語教育
[ 江利川 春雄 ]
2012/5/19(土) 午前 1:26
安井稔先生ののTOEIC論
英語教育
[ ydw ]
2012/5/19(土) 午前 0:12
欧文社(旺文社)通信添削会の歴史(3)
英語教育
[ ふじまる ]
2012/5/18(金) 午前 11:31
日英の言語的距離に気づいた外国人
英語教育
[ もみじまんじゅう ]
2012/5/16(水) 午前 8:27
安井稔先生ののTOEIC論
英語教育
[ sup*ri*ol*00* ]
2012/5/16(水) 午前 1:38
安井稔先生ののTOEIC論
英語教育
[ 江利川 春雄 ]
2012/5/14(月) 午前 0:20
安井稔先生ののTOEIC論
英語教育
[ 伊藤英語の継承者の一人 ]
2012/5/13(日) 午後 11:25
え〜、コメントするのはいつ以来でしょうか?ご無沙汰してます。
「英語という言語は、みかけより、ずっと難しい言語であるからだ」
これは身に染みるお言葉ですね。TOEICや英検などを一つの目標として学習していくことに私は吝かではありません(私は受験英語を肯定してますんで…)が、やれ単位を無条件で認定する(こんなことをするなら、自分の所の入試で一定の点数以上を取った学生に単位を認定したらいかがでしょうかね?)だの、そのスコアを神格化することなどは愚の極みだと考えます。TOEIC900を取得出来た人は、それを達成出来ない人より優秀だとは思いますが、それはTOEICという尺度で測った場合であり、絶対的なものではあり得ません。更に細かく言えば、受験した回が違う人達のスコアを比較しても本来は無意味だと思います。
私が英検やTOEICなどの学習に意味を見出だすとすれば、その過程で得られる学力(語彙力など)や学習法であり、「単なる通過点」なのです。その点で受験英語と何ら変わらないと思います。
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安井稔先生ののTOEIC論
英語教育
[ kou*ch*yo2*01 ]
2012/5/13(日) 午後 7:31
安井稔先生ののTOEIC論
英語教育
[ nog*1*391j* ]
2012/5/12(土) 午後 1:40
個人の意思を尊重することは大切である。
意思のない世界の自由意思活動とは、どのようなものになるのだろうか。
自由意思の普及活動は、勤労奉仕を強制することになるのであろうか。
日本人の英米における教育は語学留学止まりで、本格的な高等教育のための留学にはなっていない。
だから初等教育程度で、英語の再教育 (英米の高等教育) はおぼつかない。
留学生の精神状態は、いぜん12歳の子供のままである。
日本語に基づく序列のメンタリティがしみ込んでいて、日本の国を離れられない。
序列思考を取り除くと、さまよえる日系人にしかならない。この結果は、恐ろしいことである。
外国では日本人と見られ、日本では外国人と見なされている。
http://www11.ocn.ne.jp/~noga1213/
http://3379tera.blog.ocn.ne.jp/blog/
