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(日記6の続き)
*出発の前夜の不思議な夢のことを書き残す。
大きな山門のような処に入ろうとするが、どうしても入れない、ふと見ると山門は柱昌寺(いまでも八幡東区上本町の電停近くにある)山門。それに両肩がつかえている、ふっと気がつくと、それは枕元の、大工の祖父(S8年死亡)が作ってくれた仏壇、それにうんちくいって入ろうとしているが、やはり肩がつっかえて入れない処で目がさめる。まだ暗く明け方の6時頃だったよう。
朝食の時、トシエに夢のことを話し
「俺は死なない、生きて帰る
といったことを覚えている。
戦地では、思い出しもしなかったが、今でも不思議に思っている。
1989年3月11日
(祖父は、生きて帰ってきました。夢の山門は、入り口だったのでしょうか。祖父は私にもよく三途の川の夢を見たと、何度か話してくれました。あちら側で誰か呼ぶけどいつも邪魔されて渡れないといってました。渡れなくて良かった!と私はいつも言ってました。夢とは不思議ですね。科学では解明できない不思議な力を感じます。祖父が生きて帰ってきたこと、感謝します。沢山のこと教わりました。)
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