祇園カトリック教会のブログ

主日(日曜日)ミサでの司祭の話<要約>

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2月19日 J.カトレット神父

2月19日 年間第7主日

■マルコによる福音書 2:1-2:12

 数日後、イエスが再びカファルナウムに来られると、家におられることが知れ渡り、大勢の人が集まったので、戸口の辺りまですきまもないほどになった。イエスが御言葉を語っておられると、四人の男が中風の人を運んで来た。しかし、群衆に阻まれて、イエスのもとに連れて行くことができなかったので、イエスがおられる辺りの屋根をはがして穴をあけ、病人の寝ている床をつり降ろした。イエスはその人たちの信仰を見て、中風の人に、「子よ、あなたの罪は赦される」と言われた。ところが、そこに律法学者が数人座っていて、心の中であれこれと考えた。「この人は、なぜこういうことを口にするのか。神を冒涜している。神おひとりのほかに、いったいだれが、罪を赦すことができるだろうか。」イエスは、彼らが心の中で考えていることを、御自分の霊の力ですぐに知って言われた。「なぜ、そんな考えを心に抱くのか。中風の人に『あなたの罪は赦される』と言うのと、『起きて、床を担いで歩け』と言うのと、どちらが易しいか。人の子が地上で罪を赦す権威を持っていることを知らせよう。」そして、中風の人に言われた。「わたしはあなたに言う。起き上がり、床を担いで家に帰りなさい。」その人は起き上がり、すぐに床を担いで、皆の見ている前を出て行った。人々は皆驚き、「このようなことは、今まで見たことがない」と言って、神を賛美した。


■カトレット神父さまのお話(要旨)

※本日は、神父さまのお話の録音が非常に聞き取り辛いため、要旨のみでご容赦ください。

 イエスが中風の人に「子よ、あなたの罪は赦される」と言われた時、律法学者たちは「神を冒涜している」と心の中でつぶやいた。イエスが神の子であると信じていなかったからだ。しかし、イエスは神の子である。第二朗読「コリント信徒への手紙 二」にあるように「神の子イエス・キリストは、「然り」と同時に「否」となったような方ではありません。この方においては「然り」だけが実現したのです」。すなわちイエスは神の御心に完全に従われた。
 私たちもイエスのように、神の御旨に「然り」と答える者にならねばならない。そのためには汚れのない、美しい心を持たねばなららい。清らかで善い心があれば、たとえ身体が弱くても、健やかに生きられる。しかし、どんなに身体が健康でも、心が病んでいたら幸福にはなれない。私は司祭に叙階されたばかりの頃、東京で、病気のためにミサに来られない人にご聖体を届けていた。そのうちの一人の年老いた女性は、寝たきりで歩くことさえ困難だった。にもかかわらず、私が家を訪ねて「イエスさまが来られたよ」と声をかけると、喜びにあふれる表情を浮かべた。その顔の美しさは、今でも忘れられない。
 もう一つ、大切なのは、四人の男が中風の人をイエスのもとに運んだ、という点である。私たちも四人の男たちのように、家庭において、社会において、人々をイエスさまのもとに連れて行く使命を負っている。そのためにも清らかな善い心を持てるよう、神さまに祈ろう。

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