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木村聡/文・写真
出版社名 : 新泉社
出版年月 : 2010年12月
ISBNコード : 978-4-7877-1016-1
税込価格 : 2,625円
頁数・縦 : 285p・20cm
■ロマの自由な生き方
写真家による、ロマ=ジプシーのルポルタージュ。「放浪の民」ロマを求めて、旧ユーゴスラビア、パキスタン、ルーマニア、フランス、スペインを巡り、そこで定住する「ロム」たちと生活を共にし、彼らをフィルムに収める。
ユダヤ人とともに、アジアから来た異民族としてヨーロッパで差別されるロマ。しかし、ユダヤ教という強固な宗教によって結束するユダヤ人と、その土地の宗教に同化して自由に生きるロマとの違いは際立つ。商業の民として財をなし、それゆえに迫害されたユダヤ人。かたや、下層民としてチャボーラなどの貧民窟に住み、白眼視されるロマ。もちろん、貧困に苦しむユダヤ人も大勢いるし、フラメンコで人気を博して高級車を乗り回すロマもいる。それでも、ヨーロッパ人のイメージとしては、金持ちのユダヤ人と貧乏なロマ、ということになるのではないだろうか。ロマは、地域によっては泥棒の代名詞でもあるようだ。
しかし、本書では、貧困にあえぐロマの悲惨な姿ではなく、囚われることない自由な生き方が随所に描かれている。収められた写真や文章には、そんなロマへの共感と憧れすら感じられる。
【目次】
1 ミュロと少年―ユーゴスラビア「血の戦争」のかたわらで
2 少数民族「ロマ」が刻んだ足跡―タール砂漠から始まった物語
3 ツィガーニの村で―ルーマニアの音楽師と「ジプシーの王」
4 バルカンの鏡―コソボ紛争と二つのジプシー
5 巡礼と祭りと再会―南フランス・サントマリーの守り神
6 アンダルシアで出会った日なた―フラメンコのゆりかご
7 流浪の果ての先に―マドリッドの「チャボーラ」と「ピソ」
【著者】
木村 聡 (キムラ サトル)
1965年生まれ。フォトジャーナリスト。新聞社の写真記者を経て、1994年からフリーランス。国内外のドキュメンタリー取材を中心に活動している。
【雑記】
●ロマという呼称(p58)
1971年、第1回世界ロマ会議、民族の呼称を「ロマ」に統一。ロマーニ語で「人間」の意味。単数形は「ロム」。
欧州に1,000万人、全世界に1,500〜2,000万人?
●初めて文献に登場するジプシー(p61)
『パリ一市民の日記』(1505〜49)。
1427年にパリで目撃されたロマの記述。
自分たちの出自について、「低地エジプト出身のきわめて善良なキリスト教徒」と説明した。
「ジプシー」という呼称 ← エジプト。
他の自称・他称……ツィガーニ、ツィゴイネル、ヒターノ、ジタン、ボヘミアン、マヌーシュ、カルデラシュ、シンティ、カロ
●ロマの出身地(p67)
ロマの出自は、インド北西部(タール砂漠?)で遊牧生活を営んでいたある民族集団? ハナバドゥーシという、チョリスタン砂漠にいる遊牧民。
1,000年ほど前に放浪を始める。
トルコまで行き、そこから大きく3つの流れ。
(1)西へ行き、バルカン半島へ渡った一団
(2)南へ行き、エジプトからジブラルタル海峡を越えてスペインまで渡った一団
(3)北へ行き、ロシア、北欧に拡散した一団
●アウシュビッツ(p172)
第2次世界大戦の終戦までに、約50万人のロムたちがナチズムの犠牲になった。
アウシュビッツにもロム専用の収容施設があり、2万人がガス室に送られた。
●サラ(p195)
ジプシーの守り神「サラ」。
南仏プロバンス、サント・マリー・ラ・メールの教会に、白い衣服の間から褐色の肌を見せる木像。
キリスト処刑後、西へと漂白した二人のマリアに従って行った侍女「サラ」。エジプト人。
春と秋、ロムの祭りが行われ、欧州各地からロムが集まる。
キリスト教徒の巡礼と名乗ることで、欧州内の移動を容易にした。
(2011/4/17)KG
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なるほど、まとめていただいてありがとうございます。
参考になりました。読んでみたいです。
2011/9/12(月) 午後 5:58 [ Camel ]