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昨日と今日の週末を利用して宮城県亘理町の実家に帰ってきました。
実家は東日本大震災時の津波に襲われず、実家は無事に残っていましたので安心していましたが、実は実家の米蔵が被害を受けておりました。
実家には2棟の倉庫(米蔵)がありますが、昭和の時代に建てた倉庫は無事でしたが、昭和初期(築80年)の米蔵は石作りのために各所にひびが入り、次の地震が来たら崩壊するだろうとの判断で取り壊しが決まりました。
もっとも今の時期ならば取り壊しは公費でまかなってくれるそうです、そのことも取り壊しの判断になったようです。
・・・写真・上・・・
ついに取り壊しのための重機が自宅に入りました、ですがすぐには取り壊しにかからないそうです。
まずは瓦をはがしてからになるそうで、数日はこのままだそうです。
重機の右奥が石蔵の倉庫です。
収穫時の秋にはここにお米の袋(昔は俵)が運び込まれました。
・・・写真・下・・・
石蔵の石です、右上と左下にひびが走っています。
こんなふうに地震から一年たとうとしている今ごろになって建物の取り壊しが入るのは我が家だけではありません、当然ながら多くの家庭で被害が発生しています。
母屋が崩壊して納屋で生活している人や、屋根の瓦が落ちていまだにブルーシートを懸けて暮らしている人など様々です。
海の近くに住んでいた人は、家族を亡くしたり自宅が流されたりと大変な被害を受けており、そういった人たちから見ればまだまだ甘いと言われそうですが、ですがもっとつらい人がいるのだから我慢しろでは物事の本質が見えてきません。私や私の家族がつらいのは、私たちの財産が消えることではなく、我が家の歴史がなくなることです。このことが大変つらいのです。
何時までも、あるべきものがそこにあるということはうれしいことです。この日常が続くことを思い日々頑張っているようなものです。
家族も、仕事も、職場も、隣近所も変わらずそのままでいてほしい、これに勝る幸せはないでしょう。
来月はついに一周年になります、この一年でなにが解決してなにが問題なのか、被災地以外の方が考える必要があると思います。
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