ちゃぶ台雑記帳!

今日の言葉:4月ももう半ば…公演も無事終了!

主人の雑記帖

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封印屋蒼一《異人街の吸血魔》其の四

翌日、私は再び異人街へと赴いた。教会の中が気になったからだった。

私が記憶を失っている間に何が起きたのか。
私を殴り倒したのは誰なのか。

可能性は二つ。月島が変身したあの化物がそうさせたのか。
もう一つは犯人は複数人いたのか。
いずれにせよ、事件を解く鍵には今のところならない。

異人街は警官によって封鎖されていたが、富岡警部の名前を出すとスッと中に入れてくれた。
ここにいるのは警備を任された警官、異人街の建築を任されている職人。そして私。

街の区画ごとに数人の警官が巡回していた。特に中央区の教会は警備が厳重で、ネズミの子一匹入れない状態だった。

『ダメだろ。一般人がこんな所に来ては』教会に近づいた時、教会の警備をしているらしい警官が声をかけた。
『いえ、許可はもらっています。富岡幸次郎警部の許可を』
すると警官は身を固くして、申し訳ありませんでした!と言って中へ通してくれた。

教会の軋んだドアを開けると中はまだ、何もしていないのか、被害者にムシロがかぶされているだけで、後は私が倒れていた所に持っていた角材が落ちている。

密閉された空間だったのか、血なまぐさい臭いと鼻を突く腐敗臭が漂っている。

ハンカチで鼻を覆いながら一昨日のような動きで祭壇へと進んでいった。

教会はこんなにほの暗い所なのか?

ステンドグラスから入り込んだ光はやはり赤青緑の光で奇妙な空間を演出している。

どうしても近づきたくは無いが、ムシロの近くを探す事にした。

すると、そこには花びらが落ちていた。何の花びらか分からないがとりあえず持って帰ることにした。


その瞬間、再び教会のドアが開いた。
『そこにいるのは誰だ!』

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封印屋蒼一《異人街の吸血魔》其の三

私が不貞寝をして起きたのは夕刻だった。台所には菊代さんが立って夕飯の支度をしていてくれた。
『すみません。ご飯まで作ってもらってしまって』申し訳なさそうに台所に入る。
『いいえ。これくらい出来なければいけません』菊代さんは振り向かず、包丁を小気味よく動かしていた

それにしても…。

私は様子が気になって再び二階に上がった。今度は気配を察せられぬように一歩一歩神経をつま先に集中させた。そして襖を開ける右手の指先にも集中させた。

襖が開く。灯りは点いていない。西日が窓から差し込んでいるせいで部屋はオレンジに浸っている。

古書で散らかった部屋の中央の続く獣道はくすんだ紙の色ではない赤が、点々と何かの目印のようにつけられていた。
『月島!』私は思わず叫んでしまった。差し込む西日が照らしたものは月島…否、月島であろう物体はギロリと、眼光鋭くこちらを睨む。
月島であろう物体はこちらを睨んだまま動こうとしない。いや、私の動きを読んでいるのかもしれない。
逃げると言っても私の左手には階段、右手は行き止まり、つまり壁だ。どうしたって逃げられない。
『これが俺の正体だ』ふいに物体の口が開いた。
『正体…?』私は恐怖のためか、口はまともな発音が出来なくなっている。
『地獄の八怪の四肢を集めて俺は出来ている。もちろん普段は人間なのだが、その封を解きやがった奴がいる』この封を解いた奴…?

『お二人とも、ご飯が出来上がりましたよ』階下から菊代さんの声がする。
いくら彼女が一度死んで妖怪になったからといってもこの姿を見せる訳には行かない。

『今行きます。月島は調べ物があるというので、食事は上でとるそうです』
『なら、今もって行きますね』
『いえ、私が持ってきます。菊代さんは先に食べていてください』

何とか助かった。

一旦、下へ戻り月島の分の食事を受け取ると、再び上へ上がった。

部屋には物体はおらず、月島がいた。
『見せてはいけないものを見せてしまった』俯いたままか細く詫びた。
『見なかったことにする。とりあえず飯を食え。事件の話はまた後で聞く』

と、玄関の戸が開く音がした。『夜分遅くに申し訳ありません』
男性の声だ。菊代さんが応対してくれているようだ。
『すいません、月島さん、お客様です』
客…?この時間はもうすでに店じまいの時間だが、一体誰だ?
『客…誰だ?』ゆっくりと身を起こし廊下に出た。
『私です。富岡です。』
富岡。聞いた事の無い名前だった。
『警視庁の警部だ。以前世話になった事がある』
私も月島の後を追い、下へ降りた。入り口には体躯の良い中年の男が立っていた。
『あれ?小林さんではありませんか?』
『どうして私の名前を?』
『あなたのお父様に若い時に世話になりまして。お父様は柔道の師範でしたので私もお父様に習いました』そう言う縁か。私も少し父に習った事はあったが本格的に習おうとは思えなかった。

『同じ事件が相次いで?』月島はさほど驚いたような素振りではなかった。
『ええ。数ヶ月ほど前から同じような事件が起きていまして…』
今まで被害者は10人近く出ていて、手口は全て同じだった。胸の辺りに斜め一文字の裂傷、この時点で被害者は亡くなっているという。そしてその後首を切り取り持ち去るのだという。
『致命傷の傷を負わせて首を持ち去ることで十分、狂気の沙汰としか考えられないのですが、さらに被害者の血液がほぼ全部抜かれているんです』警部の顔からも若干血の気が引いているように見えた。

私が見たのは…その途中、だったのか?
でも私は後頭部を殴られて…

『ですから、これは人間の仕業だとは思えず、ここへ来たのですが…』
『問題ありません。すでに目星はついています。警部はなるべく夜は異人街に近づけないで下さい。
『分かりました。通達を出しておきます。』
『それに、何か不審者や不審物があれば逐一ではなくとも、ある程度まとめて教えて下さればとてもありがたいです』
『わかりました。何かあれば、使いの者を出します。それではよろしくお願いします…』
警部は店を出て行った。菊代さんが差し出したお茶と茶饅頭には一口も手を出さなかった。

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封印屋蒼一《異人街の吸血魔》其の二

電話を切ると私は慌てて異人街へと向かった。この時間は備え付けの簡易ガス灯しかなく、ぼんやりと薄暗く、それがかえってこの雰囲気を不気味な味に仕立てている。

『こんな時間に呼び出してすまない』月島が息を切らして駆け寄ってきた。
『何があった?』
『教会の中だ。急げ!』よく見ると月島が着ているシャツは正面から裂け、血が滲んでいる。

私は落ちていた角材を拾い上げるとそのまま教会の中へと入っていった。
木の重厚な扉が重苦しい断末魔を上げるような音で開いた。教会の中には人の気配は無く外よりも暗い闇がこの空気を飲み込もうとしていた。
音を立てぬようにゆっくりとその闇に飲み込まれていった。10歩と歩かぬうちに闇に目が慣れた。
角材を握る手が震える。角材は汗で手から逃げようとする。

私の鼻はある匂いを嗅ぎ取った。血。生臭い血の匂い。まだ温かさを感じる。
その血の匂いがする方へ歩いていった。
すると敏感になった足が何かに当たった。
スッと腰を落とし、その物に触れてみた。

人だ。人が倒れている。
うぅぅ…。うめき声がした。まだ息がある。

ドン。

その瞬間、私の背後で鈍い音がした。同時に後頭部に鋭い痛みを感じて意識もその闇に溶け込んだ。

しかし、意識を失う直前、床に倒れる私は何か大きな黒い影を見た気がした。

眩しい…。

意識が戻った時には朝になっていた。色の付いたガラスから染められた朝日が差し込んでいる。
あの人は!まだ後頭部に痛みを引きずりつつ声のした方へ向かった。

遅かった。私が意識を失う前にすでに死んでいた。この人物に首は無く、月島と同じような斜めの傷を受けて死んでいた。鮮明な赤を基調とした絨毯は上塗りで染められた血で赤黒く染められていた。

そのまま私は教会の外に出た。
そこに月島の姿は無かった。ただ、月島がいたと思われる場所には血で不可解な言葉が書かれていた。


私はそこで再び意識を失った。

また意識を取り戻すと視界には木目の天井が見えた。
『大丈夫ですか?』その視界に菊代さんが入ってきた。

驚く気力は私には無かった。ええ、何とかとしか答えるしかなかった。

『月島はどうしましたか?』起き上がろうとしたが菊代さんに制止された。

『月島さんは今朝方ここに帰られて、手当てをするとそのまま二階へ上がられてそれから…』

午後、具合が良くなり、立ち上がれるほどになると私は二階の月島の書斎へと向かった。

襖を開けようとすると中から『開けるな!』と月島が叫んだ。
『どうしてだ。お前だって怪我しているだろう』
『いいから開けるな。大人しく寝ていろ』

人が親切にしているのに…何という男だ。
『勝手にしていろ』
私は下へ降りていった。
『どうかなされたのですか?』菊代さんが心配そうに聞く。
『気にしないで下さい。いつもの事ですから』
私はふてぶてしく布団に入った。

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封印屋蒼一《異人街の吸血魔》其の一

あの事件からすでに数年が経っていた。
あれ以来、区画整理の為竹森の屋敷を含む武家屋敷街は壊されて今は異人街が造成されている。
関東大震災の折に横浜にあった異人街が壊れてしまい、改めて地盤の強いこの地に作られることになったのだ。耐震性のある煉瓦の壁をセメントで丁寧に積み上げている。
2階建ての建物が並ぶ街に一際大きな三角屋根の建物があった。赤青緑、色とりどりのガラスで女性がかたどられていた。一部ではすぐに人が入れそうなほど完成していた。

月島も事件以降は店を閉め、姿を消していた。行方を知るものはいなかった。

私はその異人街を抜けた、小高い丘にある杜月院へと足を向かわせていた。
杜月院は戦国時代に中国からやって来た僧、慶宣が建てたもので、慶宣が没した後は何人かの僧が後を継いだそうだが現在では誰も継ぐものがおらず、廃墟と化している。

雨上がりで、泥の匂いが残暑の熱気と合わさり不快感を感じながらコケの生えた石段を登っていく。
一段一段階段を登ると朱色の塗装のはげた鳥居が見えてきた。

『遅かったじゃないか。時間を守る君にしては…』
月島だ。この声はそうだ。
『すまない。出掛けに来客があった。』
月島はあの事件から姿を消していたが昨日突然私の家にやって来て、ここに来るように言った。
『相変わらずじゃないか。君もそうだが、屋敷も立派だ』
数年ぶりの皮肉はいつ聞いても軽くこめかみに青筋が浮く。
『話を変えよう。急に呼び出してすまなかったな。』
この手の平の返し方もそのままだ。
『実は君に話したいことがある。君は今年で幾つになる?』
唐突な質問だった。わざわざここで聞くような質問ではないと思ったのだが、
『29だが。』答えてしまった。
月島は私の答えを聞くと私に背を向けて境内の奥へと姿を消した。
彼は森の奥深くへと身を隠すように歩いていった。

するとすぐに月島は戻ってきたが、その横には女性が顔を隠すように寄り添っていた。
『誰だ?』私は訝しげな顔で聞いた。
月島は一言『見覚えがあるだろう?』何を言っている。
女性は下に向けていた顔を上げると私は思わず短い悲鳴を上げてしまった。
『お久しぶりです…』女性の正体は店に来たあの女だった。

数刻の後、私と月島、女性は仙石町に出来たカフェに来ていた。
月島が言うには、この女は一度死んだそうだが、魂がまだ若いので不安定ながらも体に固定させる事に成功した。そして、妖怪のエネルギーが一度満たされた人間の体はそのエネルギーが作用して生前よりも丈夫な体になるという。つまり、この女性は一旦病死したが、妖怪のエネルギーを借りて生前よりも元気になって蘇ったというのである。

『記憶はそのままなのか?』それが気がかりだった。妖怪だった時の記憶があっては困る。
『いや、死ぬ前の記憶だけだ。…そうだ、紹介がまだだったな。彼女の名前は…』
『棚橋菊代、と申します』女性は月島の言葉を遮り、頭を下げた。
菊代さんは遊郭にいたそうだが、肺結核を患いすぐに亡くなってしまったそうだ。
月島はいい娘だろう、と自慢げに言った。父親気取りか。
『悪い話じゃないだろう?お前はもうすぐ三十路。小林財閥の跡取り息子だ。嫁の1人くらいいないでどうする』痛い所を突かれている。確かに両親からも早く結婚しろだの何だのと口うるさく言われているがまさか月島までにも言われるとは…。
『余計な世話だ。君に世話されなくとも相手ぐらいいる』
私はそのまま店を出て行ってしまった。

家路への数キロ、私は後悔の念で頭が満たされていた。
相手なんかいない。親が持ってくる見合いなんてどうせ政略結婚の類だろうからと言って全て断った。

そう、この時からすでに事件は始まっていた。

いや、始まっていたと言うのは適切ではないだろう。

すでに事件は進行していた。

その日の晩、電話が鳴った。月島からだった。

『今すぐ、異人街へ来てくれ。』

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朽ち果てる脆い物

月島は竹森隆久の屋敷の前に着いた。門は朽ち果て、漆喰の塀も崩れ落ち中の様子がうかがえた。
正門は蹴破ると湿ったバキッ、と音を立てて簡単に壊れ、中に入ることが出来た。
空気は生温くかつ異様なものだった。鼻には微かにだが血の臭いが感じられた。
肺に吸い込まれる空気は月島の薄い服の生地を通してからだった。
そうでもしなければ肺は腐って、自分が朽ち果ててしまう。
「出迎えは頼んでない」月島は一喝した。少しだが肺の中に空気が入り込む。
胸が圧迫されるように心拍数を上げ、鼓動が内側から聞こえる。
「そんな怖い顔しないでよ。怖いじゃない」妙齢の女の声が闇からするが姿が見えない。
「女の死体は何処から手に入れた。墓場か」月島は辺りを見渡す事無く…むしろ一点を見据えていた。
「病死した女の体を借りてるわ。こんなに若い体の中に入るのは久しぶりだわ」声は廃墟の奥から蚊の鳴くような声で聞こえた。
「貴様が復活したのはいつだ」尋問をする様な口調で闇を睨む。
「あなたのお父様に接触した時よ。あなたもお父様に似ていたぶり甲斐があるわ」
「生憎、その趣味は無いんだ、否お前のような奴らをいたぶるのは大好きだがな」顔は笑っていなかった
「おお、怖いわ。でもあなたに一度でいいからいたぶられてみたいわ」悩ましい声をあげる。
「これからいたぶろうじゃないか。さあ、出て来い。せっかちなんだ。貴様のような女に時間をかけるほど封印屋も暇ではないんだ。と、言うよりかはこんな奴を倒すのに時間をかける俺がまだまだ尻の青い男だということなのかもな」
初めて月島は笑みを浮かべた。仮面のように作られた笑いだが。
「そうね。私もあなたに封印されるほど力を失ってしまったようね」女は笑う事を止めない。
「いい加減にしろ。椿は何処だ」段々と声が大きくなる。
「裏の庭よ。あなた、いい体だわ。私の力が何倍にでも増幅しそうで楽しみだわ」女の声は全身を嘗め尽くすような陰湿さがあった。
蒼一は裏庭へと向かう。崩れた漆喰の壁から何かがはみ出ている。
人骨だ。恐らく過去の主達だろう。
角を曲がると屋根から椿の木の一部が見受けられた。
白い木肌は真っ直ぐに伸び、枝分かれを繰り返し細部までに葉をつけ花を咲かせている。特異なのは椿の色。赤いとかそういった表現よりも相応しい言葉がある。血だ。血と同じ色をしている。
「やっと来てくれたのね。あの男はお友達なの?何にも感じないけど良い男じゃない。でもあなたの方がもっと良い男よ」
「黙れ。化物に言われるなんて俺も魅力がないな」
女は唇を動かさずに笑い、その着物を一枚づつ脱いでいく。月島は直視するが何も感じない。内側に潜む正体を見据えていた。
「私は人間よ?あなたが信じないから脱ぐのよ」
女は全て脱ぐと月島の下へ歩み寄る。白い肌が露わになり、上半身が斜めに照らされる。月島は一歩も動かない。
女は腕を伸ばし、月島に口付けをした。椿と同じ色をした女の唇が触れる。
「これで、あなたは私のもの。そして内側から朽ち果てていくの」女が高笑いをする中で月島は自分の唇に触れ、唇から空気を漏らすように不敵に微笑んだ。
「その体、早く捨てたほうがいいんじゃないか。朽ち果ててるのはお前のほうじゃないか。そうだろう?」
言葉の直後、女は突然その場にひざまづいた。口からは血が流れた。
「もう限界ね。あなたも」今度は大量の吐血をした。
髪は抜け落ち、皮膚は変色し紫の斑点が浮く。顔は半面に女の顔、もう半面はこの女に憑いていた正体であった。凄まじい形相で月島を睨む。
「見破ったか。この女はもう死んでいた。死体に宿りお前をここまで誘き寄せた。お前もこの椿の糧になるはずだった」もう妙齢の女の声ではなかった。濁った化け物の声だった。
「親父が俺に残した結界がお前の体の中で徐々に壊れて、人間で言う、毒が回ったと同じ状態になる。つまりお前の体の中には毒が完全に回りきったようだ。お前はそれを分かっていたのか、俺に口付けをしたようだが俺には免疫がある」
女と怪物の目は焦点を失い、息絶えた。体は朽ち果て骨を残すのみとなった。

月島が見上げた空には青い月が浮かんでいて、深紅に燃える椿の木は照らされていた。じきに枯れる事を悟った月島は軒下に落ちていた壷に女の、いや怪物の骨を詰め込み、小林のいる骨董屋へと急ぎ足になって帰った。

その影に潜むのはもう一人の自分と、物怪しかいない。   −終−

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開設日: 2005/8/19(金)


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