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昨日カージナルスの中継ぎピッチャー/ジョシュ・ハンコックが交通事故で亡くなった。
この記事を見てわたしは28年前のことを思い出した。
【サーマン・マンソン、1979年8月2日自ら操縦中のセスナ機が墜落し死亡】
ヤンキース生え抜きキャッチャーとして1969年にデビューしたマンソンは
1970年には新人王に輝き73〜75年にはゴールドグラブ受賞、76年にはMVPも受賞した。
またルー・ゲーリッグ以来いなかったヤンキース・キャプテンにも任命されるほど
チームメイトからの信頼も厚く77・78年には連続ワールドチャンピオンにも輝いた。
その彼がハンコックと同じようにシーズン中に亡くなってしまったのであった。
マンソンの葬儀は6日の午前中にオハイオ州(マンソンの故郷)で行われたのだが
当日ナイターがあるにもかかわらずチームメイトのすべてが出席した。
ボビー・マーサーが「lived, led, loved(生きた、導いた、愛した)」と涙ながらに弔辞を読み
その夜のゲームでもひとりで得点を叩き出し5対4でヤンキースは勝ったのである。
試合終了後「マーサーはマンソンの身代わりで打っているのだ」とマーチン監督は呟いていた。
6代目キャプテン『サーマン・マンソン』享年32歳、あまりにも早すぎる死であった。
※画像は1970年代を代表する名門チームのキャッチャー
左 カールトン・フィスク(レッドソックス)
中 サーマン・マンソン(ヤンキース)
右 ジョニー・ベンチ(レッズ)
この3人の名キャッチャーなんといずれも1947年生まれである。
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ハンコック投手の事故死はホントに残念ですね。カージナルスでは、最近もダリル・カイル投手が亡くしたりと悲劇が多いですよね。ライドル投手(ヤンキース)やダー外野手(パドレス)なんかもホントに早すぎるますよね。
2007/5/1(火) 午後 8:01 [ ゴロー ]
ほぉほぉ・・・NYYのキャプテンさんだったんですね〜。32歳・・・早すぎる不幸ごとですね。去年のライドル選手のセスナ事故にも私はビックリしました。6代目かぁ・・・貴公子ジータ選手は何代目キャプテンなんでしょうね??
2007/5/1(火) 午後 11:16 [ めぐ ]
konbanwakin29さん、やはり日本と違って広いアメリカなので車や飛行機での運転が多いのも原因なんだと思います。いずれにせよみなさん事故には気をつけて欲しいですね(カイルやカミニティのように薬も気をつけて欲しいです)
2007/5/2(水) 午前 9:32
めぐさん、7代目ネトルズ、8代目ランドルフ(メッツ監督)9代目ギドリー(ピッチングコーチ)、10代目マティングリー(ベンチコーチ)、そして11代目がデレク・ジーターです。
2007/5/2(水) 午前 9:35
またまたお邪魔します^^
32歳でお亡くなりになったんですね。12月になると僕と同じ年齢です。。。
マンソンの場合、ゲーリッグ以来いなかったキャプテンに任命されたことがなによりの勲章になってる気がします。
ボビー・マーサーて仲の良かったチームメートですか?
葬儀やその日のゲームのことを想像すると感動です。
2009/8/28(金) 午前 7:11
グリーンライトさん、朝早くからのスターター・セットアップ・クローザーの3連続コメントありがとうございます!
新人王とMVPを獲得し、守備の要キャッチャーとしてチームの中心選手だったマンソンにとって32歳の死はあまりにも早すぎたと思います。
1965年ヤンキースでデビューしたボビー・マーサー外野手は、ボンズの父親ボビー・ボンズとのトレードでヤンキースを出たのですが、この年の途中で再びヤンキースに戻っていました。そんなマーサーの大親友がマンソンだったので黙祷の場面ではひとり泣き続けていたのです。
ちなみにマンソンが亡くなった年のヤンキースにはレジー・ジャクソン、ルー・ピネラ、ウィリー・ランドルフ、トミー・ジョン、ロン・ギドリー、リッチ・ゴセージなど今でも馴染みのある選手がたくさんいましたよ!
2009/8/28(金) 午前 11:57