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針供養 12月8日
昔はこの針供養だけでなく、いろいろ道具類・品物で使い込んだものが寿命でだめになった時、
その物に感謝の気持ちを込めて捨てる、奉納するという「供養」の日がいろいろとありました。
ちょっと調べただけでも、全国津々浦々で以下のような「供養」が行われています;
針供養…折れた針や古い針をとうふやコンニャクに刺して、供養。12月8日/2月8日
人形供養…役目を負えたあらゆるお人形の供養。毎年10月
靴供養……東京台東区にて毎年靴供養マラソンが開催されている。
下駄供養…
鉛筆供養…愛媛県宇和島や長野県などで行なわれている。
野菜供養…山梨県身延山久遠寺などで行なわれている。
たまご供養…カステラ業者が2月8日(鶏に因んで)行う。
めがね供養…徳島市めがね商連が10月初旬に行っている。
箸供養…若狭の塗箸業者による供養毎年8月4日(箸に因んで)
紙供養…熱海市医王寺にて10月1日行なわれている。日本全国の
花供養…4月8日の花祭り(潅仏)に行われる用済みの生花の供養
それで、以前は家庭に入る女性の嗜みとして、針仕事というのがありましたので、折れたり、
曲がったりした針を、豆腐やこんにゃくに刺して供養するという針供養は大変良く行われました。
針供養を行う時期もいろいろあります。関東では2月8日、関西では12月8日に行う所が 多いと言われています。12月と2月のどちらを事始め、事納めとするかは一定していません。
それに到ったいわれは話が長くなるのでやりませんが、なぜか針供養というと淡島神社が起源と いわれています。淡島神社は、浅草の浅草寺境内にも勧請されて、ありますが、
ここでの針供養は12月8日ではなく2月8日に行われます。関東風なのでしょう。
この浅草・淡島神社の「針供養」について、脇役の名女優といわれた沢村貞子さんの
随筆「私の浅草」にいい味のものがありましたので、ここで敢えてご紹介させて下さい;
二月八日は針供養の日である。浅草の女たちは、この日連れ立って、観音さまの境内にある「淡島明神」へお参りする。お針の神さまである。その頃の下町娘にとって、裁縫はなにより大切な稽古ごとだった。
「針がもてない女は、亭主や子供にボロをひきずらせることになるんだよ。そんなことしたら、それこそ女の恥だからね」それが母の口癖で、私も雑巾から始まって、着物、羽織、袴の縫い方まで、とにかく一通り仕込まれた。針の運び方から指貫(ゆびぬき)のはめ方まできびしいものだった。
「裁ちものをするときは、まず、おまじないおし」反物の尺をはかって、それをつもって、裁ち鋏(ばさみ)をとりあげたら、まず、その鋏を胸にあてて、「淡島さま、淡島さま。お願いでございます。どうぞ、裁ちそこないをしませんように」これを三遍唱えれば心が落ちつく。その上で、もう一ぺん、つもり違いがないかどうかを確かめて鋏をいれれば、眉山をザックと切って、青くなるようなことは決してない。
淡島さまはやさしい神さまで、お針子たちの願いはいつもちゃんと叶えて下さるけど、針を粗末にすると。お怒りになる。仕事にかかるときは、まず、針差しの針の数を確かめ、終わったとき、もう一度数え直す。一本でも足りなければ、どんなことをしても探し出す。そうすれば、うっかり畳に落とした針で歩く人を傷つけることもないし、着物の衿に残した針で、着る人に怪我をさせることもない。
「針を粗末にする娘は罰が当たって、一生裁縫がうまくならないよ」私は母にもらった小さい空き缶に、折れたり、曲がったりした針をていねいにしまっておき、それを年一度の針供養の日に、淡島さまへ納めに行った。
母の姉――おとみ伯母さんは、仕立物の名人だった。この伯母の縫った着物は、どんなに着ても着崩れしないと言われ、水商売の人たちからも、一年中注文が絶えなかった。人前で、ろくにものも言えないほど内気なこの伯母は、大勢のお弟子さんたちにいちいちやさしく教えながら、小柄な体を前にかがめ、朝早くから夜遅くまで、せっせと針を運んでいた。ひどく口やかましい、芸者あがりの養母を、その針一本で養って、とうとう嫁にもゆけなかった人だが、「どっち道、私はこんな風に生まれついているんだから、いいんだよ」と、愚痴ひとつ言わず、いつも姉思いの勝ち気な私の母を歯がゆがらせていた。(中略)
そのおとなしい人が、年に一度、シャンと顔をあげ、嬉しそうに外へでるのは、淡島さまの針供養の日だけだった。髪結いさんへ行っておばこに結いあげ、一張羅の縞お召の重ねを着て、いそいそとお詣りする、この日の伯母さんの顔は、別人のように生き生きとしていた。
「....折れた針を、こうして重箱のお豆腐にさして納めるのは、長いこと固い布地と一生懸命たたかってくれてご苦労様、って針をいたわる気持ちなんだよ...」そう言って、かたわらの私を振り返り、ニッコリ笑った。その顔には、自分の腕一本で暮らしをささえてきた女の、ひそかな誇りがあふれていた。
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