新・こんなところにこんなものが!

02/04 昨日は豆撒きの「節分」、今日は年が明けて「立春」です。大雪もひとまず小休止だといいんですが!

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宮沢賢治忌

イメージ 1

ネコが注文した「トロイメライ」の代わりに「インドの虎狩り」を弾いたゴーシュ

賢治を偲ぶ人々は毎年9月21日の今日を賢治忌として、彼の童話を、詩を、思想を偲んでいる
のではないかと思いますが、今年は賢治とチェロの事を考えてみました。

賢治の亡くなったのは、75年前の昭和8年(1933)の今日、9月21日でした。享年37歳。
賢治は大正4年(1916)に初めて上京して以来、八度に亘って上京しています。

この間の賢治の足跡を手短に要約した記述があります;
賢治は、度々上京して神田の旅館に滞在した。20歳のとき猿楽町の東京ドイツ学院で
ドイツ語の講習会に参加。22歳の時には小川町の水晶堂と金石舎を訪れ宝石商を志した。
30歳の時には、チェロを抱えて上京し、錦町の上州屋に滞在し、
エスペラント語を学んだり、オルガンやチェロを習っている。

昭和6年(1931)、35歳の時には、駿河台の八幡館(今の御茶ノ水スクエア・カザルスホール辺り、
曾っては雑誌「主婦の友」の本社ビルであり、現在は日大のホール)に滞在するも病に倒れた。

賢治のチェロの腕前がどの程度であったかは、知る由もありませんが、チェロへの取り組み具合は
自分をモデルにしたと思われる「セロ弾きのゴーシュ」に取り入れられています。

短編の「セロ弾きのゴーシュ」は、福音館書店から絵本としても刊行されていますが、
その絵を担当したのが、日本橋生まれの 茂田井 武(もたいたけし)でした。

茂田井は明治41年(1908)に日本橋で大きな旅館を営んでいた茂田井家の次男として生まれ、
画家としての道を歩みましたが、昭和56年(1981)に惜しくもこの世を去りました。

今日は、その茂田井 武が、死の病で苦しんでいた最晩年に、病身を押して創作した
絵本「セロ弾きのゴーシュ」の一場面を描いた作品をご紹介します。

リハーサルの時、ゴーシュがチェロの遅れを指摘され、家で一晩中猛練習を繰り返している最中に
訪ねてきたネコが、「インドの虎狩」という曲で、背中からパチパチ火花を出して苦しんでいる所。

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