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このところ仕事が忙しくて、小説の執筆時間がなかなかとれない。忙しいのは結構なことだと周囲の人間には言われるが、この時代、忙しくても決して業績が上がるわけではない。何事も我慢が肝要の時代だ。
忙しいのが小説のほうならいいかといえば、必ずしもそうではない。双方が忙しければ、私の場合、ますますパニックに陥ることは目に見えている。いままでも編集者にあれこれ言われると、かえって自分を見失うことが多かった。その意味では、いまのほうが気楽なのかもしれない。
現在は新作「(仮)海辺の廃レストラン」の大改稿(?)を進めているのだが、これが遅々として進まない。1月末を目標としていたのだが、ちょっと難しそうだ。版元も「焦らず、じっくりと、完成度の高いものを」と言ってくれているので、その点はありがたいが、間を置くとその存在が忘れ去られるのではないかと不安になるのが、卑小な書き手の悲しいところだ。
ところで、この長編小説「海辺の廃レストラン」は、実際にあった舞台を想定して話を作ったのだが、勝浦の某所にあったその廃レストランが、少し前、すっかり解体されて影も形もなくなっていたのは、寂しく残念でならなかった。廃レストランはもう‘廃’ですらなくなってしまったというわけだ。
その廃レストランの下には、空海作との伝承がある小さな薬師堂(磨崖物)があるのだが、そこへ降りる階段も閉鎖されているので、今後その薬師がどうなるかも心配だ。薬師の前の砂浜も年々減少し、磯遊びもしにくい状態になっていたようだ。
先日は「潜水服は蝶の夢を見る」を見て、ジュリアン・シュナーベルという監督に興味を持ち、この監督作品を続けて3本観た。「潜水服は蝶の夢を見る」「バスキア」「夜になるまえに」。どれも素晴らしく、じつに見せ方がうまい。この監督、高名な前衛画家でもあるそうで、映像にもそうした部分がほどよく出ている。いずれも実話だけに説得力満点だが、3本ともテーマや舞台がまったく違っているあたりも、芸域の広さを感じさせる。たとえば、フランスが舞台の「潜水服は蝶の夢を見る」は、実際あまりにもフランス的で、フランス人が撮ったとしか思えない。
「潜水服は蝶の夢を見る」は、以前に買ったままになっていた原作本(ジャン=ドミニック・ボービー著、講談社)を現在、追って読んでいる。
さらに、昨日はクリント・イーストウッド「チェンジリング」を観た。これまた、胸を締め付けられる傑作だった。イーストウッド監督、老いてなお盛ん。素晴らしい作品を提供し続けている。
とりわけこの作品は私の琴線に触れた。同時に、アメリカ映画の底力を感じさせられもした。内容は一言で言えば、“母は強し、されど悲し”というところ。この時代のロス警察の腐敗はよくテーマにされるが、これほどひどいとは……。
音楽では、「潜水服は蝶の夢を見る」に使われていたトム・ウェイツの「トム・トラバーツ・ブルース」を聴いて感動し、さっそくCDを購入。なんと、この曲はテレビドラマ「不毛地帯」のエンディングにも使われていると知る。テレビは観ないので、まったく知らなかったが、これだけ素晴らしい曲なら、あちこちで使われるのも頷ける。
しかし、いままでまともに聴いたことのなかったトム・ウェイツ。まったくもって天才詩人としか言いようがない。その歌声も胸に迫るが、その歌詞がまた人生そのものだ! CDを聴きながら、久々に目頭が熱くなった。
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