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お前の文章は長ったらしくて分かり難い!
と言われたので、前回と中身は重複しますが分かり易さを少し追求しつつ、前回のつづき。
15日の本会議で可決されてしまいました『東京都青少年育成条例改正案』。
今までになく注目度が集まっていて、ニュースでもよく取り上げられてます。
有り難い話ではあるんですが、TV報道は尺の都合等で内容が端折られすぎてて、問題点がさっぱり伝わらない、どころか石原都知事の「当たり前のことだ」的発言や、街頭インタビューでの規制賛成意見ばかりが、主張が分かりやすいために伝わってきてウーンと唸ってしきり。
そもそも今回の改正案及び表現規制云々の話というのは問題点が多すぎて、どこを論点にするのかがまた難しいんですよねえ。愚痴愚痴言ってる間に何の話をしていたのかを忘れてしまうと言いますか。
表現規制、というところを論点にすると、そこを取り巻く色々な知識が必要になってきます。
『表現の自由』なんてもの普通に生活してる人が気にする必要が無いので、そんなん知らなくて当然なんですよね。「子どもがエロい漫画を手に取れる状況にある!だから表現規制が必要なんです!」って言われたら「その通りだ!」ってなりますよねえ。
いきなりそんな話題を振られて、理路整然と問題点を指摘し自分の意見を言えるような会社員の方がおられたら一生付いていきますよ。
一応絵を描いて生活させてもらってる立場にいる人間なんですが、今回のことを発端に調べてみるまでは僕自身、気にもしてませんでしたことで。
表現の自由が何故守られないといけないのか→それは表現することは人間として当たり前の権利だからです。
目を覆うような性表現を描かれた書物、社会規範や生命を軽んじ、犯罪を推奨し促すような内容の表現にも、表現されることの自由は存在すべきです・・・ってここを書くからややこしくなんのかな。
いや、でもまあ大事なとこです。どんなに自分が嫌悪感を感じる内容のものであれ、表現されること自体は製作者の自由。もちろんそれを見ない自由もあります。
で、知らずにこういう物を手に取ってしまう子どもがいないようにしよう、っていう試み。
それが改正案の大義名分・・・いやいや目的なんですよね。
理念自体は素晴らしい。僕も感情的には賛成です。
自分の子どもに自分が見せたくない物を見せたくないですよね、
すごく分かります。僕も一児の親ですので。
んでんで、そういった「表現の自由を有する権利」というものを日本国民全員が持っている、というのは事の前提でして。
「自分の子どもに見せられますかこんなもん!」っていうのはまた別の話になるんです。
石原先生の差別発言乙、もまた別の機会にやるとして。
性犯罪表現のある漫画を子どもに見せられるか、見せられないかと問われるなら、見せられないと答えるしかないです。見せたくないです。まだ四歳ですし。
でもですね、その「見せたくない物の範疇」の判断は僕がやりますよ。親ですもん。
行政がそこの線引きを決めるのと、親がそれを決めることの差異は『話し合いをもつためのハードルの高さ』にあると考えます。
何故駄目なのか、何故見せたくないのか、家族であれば思い立ったその時に話し合いができますが、相手が行政になるとそうも行きません。分かり難くなってきましたですかね。
子どもの成長によって「見せたくない物の範疇」は変わってきます。
この素直で可愛らしい時のままで止まって欲しいですが(T_T
残念ながら(?)人は成長していくのです。
いつまでも幼児ではありません。思春期が来れば当然、性に興味も持つでしょう。
そういった、興味を持つ時期、知識を仕入れるべき時期において性犯罪表現のある書物を読むのを「親が禁止している」のと「法律で禁止されている」ではその意味が違ってきますよね?
余計分かり難くなってきましたね。書いてて自分でも分からなくなってきました。
んーと、親が禁止しているのであれば、子どもの成長と知識に応じて段階的な話合いで正しい方向(何が正しいのかはこの際置いておくとして)に導いていくことが可能ですが、行政が禁止している場合そこに話し合いの余地が入らないのです。…と言えばいいのかな。多分に語弊はありますが。
何で読んでは駄目なのか→法律で禁止されてるから駄目→な論法でまともな性知識が身につきますですかね。
エロ漫画云々に関わらず、性犯罪者もどこかに存在するでしょう。そういう人が何を目的にしてどんな手段をとろうとするのか、全然知らないのでは自衛意識も芽生えないのでは?
法律で禁止されてる事を描いてる本だから、この本自体が駄目→性犯罪表現は描いては駄目。
とまあ表現の自由を阻害する考えもいっちょ出来上がりましたね。
「子どもが知る権利」については調べたことないので割愛しときます。
「子どもが知ってもいい性表現はこういうものだよ!」っていう話がそもそもふざけんな…いやいや、感情論で喋ったら駄目ですね。
よく聞く、「エロが規制されることの何が問題なんだよ」的な意見への参考になりましたですかね。
エロがエロがと言いますが、こっちはエロだけの話をしてるわけじゃないのです。
出版社の方が報道で答えてらっしゃる「表現活動の萎縮の恐れ」も漫画描いたりしない人にはピンとこない話でしょう。
「エロ漫画を区分陳列しろと言ってるだけじゃないか、そんなにエロが大事か、エロばかり描いて金儲けしているのか」な話になりますよねえ、うん。
例えば秋元治先生が仰られておりました「両さんが普通の生活をするようになると漫画として成り立たない」が分かりやすいですかね。
こち亀にこそそんなシーンはありませんけど、「性犯罪表現を不当に賛美、誇張」っていう曖昧な規制の範囲に、テーマとして性犯罪を描く場合になど、どういった表現が可でどういった表現が否であるのか、それが分からないのでより安全な表現を模索するようになっていきます。
結果キャラに、それが極悪人という設定で、倒されるべき対象として描かれていたとしても、「可否を判断する人によっては駄目かも知れない」という判断で、過激なセリフなどを言わせられない、という事が起こり得るわけで。
実際今もかなり漫画は差別表現には神経質なほど気をつかってます。
もちろん、そういう表現を避けて作ることは可能ですし、規制の範囲内で作品を作り上げることも作家には必要な能力であるでしょう。規制が怖くて描けないような表現なら描かなくても良いというのも事実でありますね。
でもそれは、描き手が自分で思うことであって、他人が指図するこっちゃないですよね。
作品に必要ないから描かない事と、描いてはいけないから描かない事っていうのは全然違うことなんです。ってまあこの辺は関わりのない人にはホント分からないと思われますんで、そこから流れた次の段階への危惧。
青少年の、健全な育成。が大義名分です。性のお話の次に来るのは何かというと暴力表現ですね。
実際んとこ性犯罪より暴力沙汰の方がよっぽど身近な問題でしょう。「子どもの健全な育成」を建前に性表現規制を進めた人達が暴力表現の規制を言い出しませんかね?
杞憂であると思いたいですが、現にどこかの県でそんな話が実際に出てた気がします。
さーそうなると少年漫画は絶滅の危機に扮しますよ?「性犯罪」表記から「性」の一字が取られたらどうでしょうか。そしてその全てを「不当に賛美・誇張した」という曖昧な表記で恣意的、とまでは言わずとも、知らない誰かの主観的な判断で規制されてしまうのです。
本当にそうならないと思いますか?考えすぎだと言えますか?
まあ、今のところこれは杞憂です。
でも実際にこんな馬鹿なことを議会が言い出してきた時に、今回のようにいきなりで、審議期間も短く、反対派の意見は黙殺され、体の良いお題目を掲げられ反論を封じられ、嘘をついて一部の世論を煽り、強行的に採決まで運ばないという期待も持てないのもまた事実。実際にやられましたからねえ。
今回の条例案がそういった表現規制強化への布石、橋頭堡にならないよう漫画家の先生達は反対表明をされていたわけです。
次は携帯規制だ、インターネット規制だ、と色々言われておりますが、その辺りの事の真偽は僕には分かりません。
でも何度でも、しつこいくらい書きますけど、今回の条例改正にあたっての都議会の在り方は明らかに異常であり、「青少年の健全な育成を促す」以外の目的があったと考える事は、そんなに変わった事でもないと思ってしきりでございますよ。
ああ、結局長いし分かり辛い。うーん。
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