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ソウルナンバー占いの相性っておかしくない???

最近、ソウルナンバー占いというのがテレビで取り上げられることが多く、その計算方法や相性についての質問がよくあります。

でも、ソウルナンバー占いは、計算方法はこれまでのカバラ数秘術とか、ピタゴラス数秘術とか言われていたものと、ほぼ同じであるにもかかわらず、解釈が??な解釈で「え〜〜〜〜〜?どうしてそういう判断になるの?」とか「どうしてそういう意味が出てきているの???」という疑問が飛び交うことが多々ある回答が蔓延しています。


特に、「5」の人の性格が「安定を好む」とか、「のんびりしている」とか、え???・・です。

もちろん、そういうタイプ人が居るのは認めます。例えば、山口もえさんは「5」です。運命数(ソウルナンバー)で「5」というのは性格というよりは、生き方のスタンスの中心なのであって、山口もえさんのように金星+火星が牡牛座であればのんびりタイプになることもあります。

 で「5」というのは、「4」という「四角形の持つ安定」から更に一歩進めて(進化して)いく数字で、「狭い空間、安定からの脱却」、変化、感覚(五感)、柔軟、刺激を好む、自発性、星形(スター)、自己中心性、自分の信念に忠実といったエネルギーを持つ数字なので、「5」の人で奇数日生まれ(生まれ日を足して奇数の場合も含む)の人は、この解釈だと「は〜〜?」と思う人も多いはず。

安定を好むとありますが、本来結婚向きではなく、(4のような)形式的な縛りや責任感を感じたくなかったり、自由を求めるあまり晩婚が多いタイプ。結婚しても、相手に大きな不満が出ると即離婚するタイプが多いです。磯野貴理子さん、マルシアさんなどは、相手の浮気発覚で一発離婚でしたね。「5」の人は安定よりも、自分の欲求に忠実なのです。

典型的な「5」は磯野貴理子(1964.2.1)さん、大黒摩季(1969.12.31)さん、渡辺美里(1966.7.12)さん、あたりです。他にも国分太一(1974.9.2)さん、竹内結子(1980.4.1)さん、ほしのあき(1977.3.14)さん、黒木メイサ(1988.5.28)さん 松本潤(1983.8.30)さん 等々。

「5」のエネルギーは、五体、五感に通じているので、感覚的な快楽や、肉体的な快楽、開放感を求めるので、料理家や、ダンサー、ミュージシャン、一般人では事務よりも肉体労働派でしょう。

ちなみに、山口もえさん(1977.6.11)は、野菜ソムリエの資格を持っていたり、味覚が優れていて料理の腕やスピードが速かったりします。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B1%B1%E5%8F%A3%E3%82%82%E3%81%88



また、円周に数字を並べて、番号が近い方が相性が良く、番号が遠い方が相性が悪いという、おおよそ数の意味を無視した論理で相性をうたっているのは甚だ疑問が・・・。

ソウルナンバー占いでは同じ数字同志も良いとされていますが、本来の解釈では吉凶半々です。特に奇数同志では、共に能動的な生き方のスタンスが基本になるので、お互いの方向性が違うと判ったら即離れる傾向があります。

検索してみたら2chの数秘術関連の掲示板ログでも、「娯楽用に改悪した」などとボロクソに叩かれていて、「やっぱりな〜」と思った次第で。

伝統的数秘術の解釈はこちらにありますね
http://fanblogs.jp/kinnotamago/archive/23/0


で、ソウルナンバーの質問に、実績のある伝統的手法による解説で、真面目に回答してみたけれど、真面目に解説しても質問者の反応はこれといってないし・・、質問はあくまで「ソウルナンバー占い」だしで、数字の意味も知らない人が「○○といわれています。」と意味不明な理由で相性を語るので、何かバカらしくなって削除しました。(^▽^;

でボツにした理由は、それ以外にもあって、数字同士の相性というのも、数字の特徴を含めて真面目に詳しく書くと2000文字制限の知恵袋では書ききれなくて、かなり端折って回答したものだから、何かいまいちの完成度になってしまって、「やーめた」ということにしました(笑

でも、折角書いたのだし、ボツにしておくのもなんだし、ソウルナンバー占いと、一般的な数秘術は違うんだよということを明らかにしておくためにも、こちらで公開する事にしました。


質問は、「ソウルナンバー占いの2と6について詳しく、そしてその相性は?」

以下回答(加筆あり)
「ソウルナンバー占い」は計算方法自体は伝統的な「カバラ」や「ピタゴラスの数秘術」と同じなのにこれまで「当たる」と言うことで語り継がれてきた伝統的な解釈とは全く違う異質なものなので、私を含めて当たっていないと感じる人も結構いる様に思います。

ということで、伝統的なカバラやピタゴラス的な解釈で説明します。


計算結果はソウルナンバー=運命数=ライフパスナンバーということになります。

運命数=ライフパスナンバーというのは、その人の「生き方の全体像」であり、「一生を通じた傾向」です。「性格」を見るのであれば誕生日の生まれ日の合計で出すパーソナルナンバーの方が実体に即していると思います。ですから相性を見る上では、生まれ日も考慮して見ることが本来のやり方です。

また、生年月日にソウルナンバーの数字が含まれているかどうかでも、単数化する前の合計数でも、その解釈や判断が変わって来るというのが本来のやり方です。生年月日に「3」が含まれている人のソウルナンバー3と、含まれていない人ではかなり性格とかは違います。


運命数が「2」であっても、1900年代生まれで、1日、3日、5日、7日、10日、11日、17日、19日、21日、23日、25日、27日、30日生まれだったり、1、3、5、7などの奇数が多い人は奇数系の性格が強くなりますので、独立心、自立心、自己中心性が強くなったりします。

そういう人は奇数的な能動性、独立性が強くなります。そういう場合で有ればソウルナンバー的な解釈でも当たると思うかもしれませんが、逆に2日、6日などの偶数系の生まれ日の人や、生年月日の数字に偶数が多い偶数系が強い人ではほとんど当たらないと思う人もいるかと思います。


では、伝統的な解釈では「2」の人の生き方とは?

「2」は0+2や1+1で成り立つ数字です。個人と個人の関わり、二人、他者の存在を意識する最初のステップです。ですから、個人的人間関係、パートナーシップ、夫婦関係、(少数の)人間関係・協力関係などに縁が深くなります。

また「No2」と言われるポジションもある様に、トップの下で「フォロー」する役割、マネージメント役、補佐役としてのエネルギーを持ちます。

ですから生年月日の数字の配列や生まれ日等でかなり奇数系のエネルギーが強くない限り、自信家だったり、単独リーダーを取ったり、独立心が強かったりということはほとんど無いと思います。
また感受性が細やかなのも純真な「2」の特徴で、「人と一緒にいたい」、「一緒に行動したい」と思うことも多いはずです。


対する伝統的な「6」の生き方は?
「6」というのは1+5,2+4,3+3の組み合わせで成り立つ数字です。この組み合わせによっても性質が変わってきますが、最も強く働くのが「六角形」の構成要素となる△(陽・上昇)+▽(陰・下降)の組み合わせで「バランス」となります。

すなわち「6」のエネルギーの最も強い象徴は、「バランス」、「調和」です。
常に状況を察知して、総合的バランスを取ろうとする能力、調整役が「6」のエネルギーの特徴です。

「5」の感覚主義(五感)、自己中心性(1〜9の中心)の反省+一歩進めて(5+1)、自分の感受性を駆使して「全体的な調和」を取ろうとするエネルギーが「6」となります。

パートナーシップ、2極性(男女間)の関係を示す「2」と、「関係性の調和」と「バランス」を示す「6」の相性が一番悪いと断ずるというのは、これまで検証されてきたカバラやピタゴラスの数秘術の正反対の解釈となります。

ただ、「2」と「6」の組み合わせで問題が起きる場合は、「2」が狭い範囲でのバランス、組み合わせを求めるのに対して、「6」は「環境」や「状況」、時に「理想的な社会」での「理想との調和」を強く求めるために。「こうでなければならない」という理想像を持ち出し、「2」の人に強要する場合です。

この場合「2」の人は「6」の「理想論を鬱陶しく」思い、「6」の人は「在るべき状態になろうとしない」という「2」の人の「環境に対する調和感覚の弱さ」でストレスを感じます。

とはいえ、共に「相手に寄り添う気持ち」があり、「相手に対しての感受性・心配り」を強く持った性質同士ですから、お互い心を交わせ合える類似的なエネルギーで良い組み合わせの部類で、決して一概に相性が悪いという組み合わせではありません。


むしろ番号が近い組合わせの方が相性が悪いことの方が多いです。

例えば「2」の前後の数字となる「1」と「3」では、「1」は(偶数日生まれなどの偶数系が強い場合で無い限り)、まず「自分ありき」であって、自分以外の存在を気にかけないために「2」の人は「自分を見てもらえない」と感じストレスを貯めがち、「3」の人は「自己満足」に強く傾く傾向があるために他者への気配りが疎かになりやすく、「気配りが常識」の「2」からすれば不満続出となりがちです。

「6」の場合も、前の「5」は、「窮屈さを脱し、自由に生きたい」という強い衝動になりますから、「6」の人の生き方の「理想・こうあるべき」といった「理想や状況に合わせる受動性」に鬱陶しさを感じ、「6」の人は「5」の人の自分勝手さ、自由ばかりを求める姿勢にいらだちを感じます。また「6」の人は「7」の人の「調和を越えた自己主張」に「一言多い」、「場を乱す」というストレスを感じます。「7」は「6」の「調和の為の妥協や事なかれ主義」に「いらだち」や「物足りなさ」を感じます。

全ての数字でこういった1番違いは不調和要素があります。そういう理由で「1番違いの数字」は通常相性が良いとは見なされません。

前後の数字の人は、ある程度距離があればいいけど、恋愛とかは、これまで全然ダメで、これからも多分無理(笑・・

好きな人と一番違いで良いはずなのにしっくりこない人、反対側にあるからって相性悪いと思ってる人、必ずしもあの解釈方法が正しいとうことはありません。

どんな占いの相性だって本格的に見たら、色々な要素を見て相性を考えるので、すごく複雑ですから、単純に「良い」とか「悪い」とかがデジタル的に出るものではありません。

娯楽用にアレンジされた占い相手に真面目に的中率を語るのもどうかと思いますが、計算方法が同じという事もありますので、「一緒にしないでね・・」って感じです。はい(笑)

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続・檀れいさんと及川光博さんの結婚を占ってみました。

さて、檀れいさんの離婚のタイミングでの離婚危機の深刻さを探るために、相性以外の方面から檀れいさんのモチベーション(内的動機)を探ってみたいと思います。

檀れいさんの現在の生き方としての流れを数秘術で見ると、「やること」としての目的テーマは「4」の決められたことをきっちりやること、基盤づくり、規則性、計画性、足場づくり、スペースの運営などで、最後に書いたスペース運営などの意味は、家庭という空間を運営していくという意味で、主婦などがそのエネルギーを使っていくこともよくあります。

また女優という仕事も、基本的に「シナリオ・台本を基に、決められたカットを積み重ね、作品をつくりあげていく」ということであり、俳優さんにとってはとても適したエネルギーです。

そして、より感情的なエリアに関与していく「やり方」のエネルギーも「4」であり、計画的に、段階的に、きっちりとやっていくというエネルギーになります。

この時期の、ウィークポイントとなるエネルギーは「5」の自由、変化、柔軟性、自発性であり、自分から何かを変えていくという事にはちょっと向かない時期となりがちのエネルギーです。

ここまで書いて来た段階では、自我を抑制して生きていく流れであり、結婚生活に向いている時期であるといえますから、離婚は無さそうな感じがしてきますが、2年後の「完了」のタイミングというのは、これまで流れが変わっていくという時期でもあるので、次の流れ次第で別の決意が生まれる可能性もあります。

檀れいさん41歳以降の流れは「やること」のエネルギーは、それまでと変わらずの「4」のままで、決められたことをきっちりやって、ひとつの形を作っていくという流れですから、大きくは変わりません。

しかし、感情につながりが深くなる「やり方」のエネルギーとしては「7」の「追求」のベクトルのエネルギーが入ってきます。このエネルギーは「調和」を突き破る自己主張でもあるエネルギーでもあり、追求の場を家庭以外に作れない場合は、家庭の安泰を壊す可能性の高いエネルギーとなりがちです。

結婚しては見たけれど、「自分を殺さないとならない」ということに対して、どう考えるのかが決断のポイントになりそうです。

ただし、追求のベクトルのエネルギーの流れに切り替わったからと言って、すぐにそのエネルギーが全開になるということはないので、2013年の4年後の「7」のエネルギーが「生き方」の大きなウェイトとなり始める時期、6年後2017年になる可能性もあります。



では、檀れいさんの内面のエネルギーについて、より深く追ってみます。

時系列毎に色々な流れを調べてみました。とりあえずは、最初の離婚の危機となる2013年まで。


2010年11月下旬〜   したいこと
170 人々と協力して、新しい世界を目指す段階。自由で、刺激的な生活。仲間と助け合いながら夢を実現する

2010年12月下旬〜   情熱を傾ける
359 人生の様々な状況は、基本的な法則の上に従っていることを理解する

2011年03月中旬〜   自己変革
231 反骨の精神。権力に対して反抗する激しさが生まれてくる。信念を曲げず自分の道をつき進む

2011年06月下旬〜   趣味・愛情
175 世間での地位を上手に生かし、より高度な精神的な世界に入っていこうとする。新しい道をさがす。終わり際の大切さに気づくこと

2011年10月上旬〜   究極・魂
219 自然な状態では乗り越えることの出来ない障害を、優れた技術で乗り越えていく。失敗を恐れず強い意志で前進。

2011年10月上旬〜   対人・仕事
153 精神的にギリギリの所に立たされても、目に見えない助けを得られる。積極的に視野を広げ、可能性にチャレンジ

2011年11月下旬〜   チャレンジ
106 自分の心身を統合している原理について深く考える。心や宇宙の基本的な原理に触れる段階。自分の心にあるものを表現する

2011年12月上旬〜   したいこと
171 仲間と協力して、今までよりも高い目標に向かって進んでいく。よりレベルアップするため、何が何でもがんばるとき

2011年12月下旬〜   情熱を傾ける
360 心の中で描いていた、理想を実現する段階。自分自身の夢の中に自分を投げ込むことが必要

2012年03月上旬〜   自己変革
232 内面の攻撃性をゲームや、スポーツによって発散することが必要。豪遊することで何かを学ぶべき

2012年04月中旬〜   趣味・愛情
176 右も左もわからない世界に参加して、学習していく段階。新しい道を求める。本当の人間性とは何かを探る

2012年08月下旬〜   対人・仕事
154 無垢な心の持つ。あらゆる偏見を捨てて人とコミュニュケーションを取る。偏見を捨て純粋な子供の目で物事を見てみる

2012年10月上旬〜   究極・魂
220 共通の目的に向かって努力した人に対する共感を大切にする。困難、援助。自立してこそ真の友情を実感

2012年11月下旬〜   チャレンジ
107 積極的な行動によって次の可能性を生むチャレンジ精神の旺盛な段階。いろいろな可能性を試してみる

2012年12月中旬〜   したいこと
172 社会的なステイタスを手に入れる。それに応じた責任も発生する。自分らしさとは何かを考え、選ぶとき

2012年12月下旬〜   情熱を傾ける
001 無意識の世界の象徴を示す。まだ自我が明確になっていない段階。新しいスタート、とにかく行動

2013年02月上旬〜   趣味・愛情
177 威厳あるものに仕え、助ける優れた能力を発揮する。秘書的な能力。リラックスして楽しみを追求することに価値

2013年03月上旬〜   自己変革
233 自分の持っているエネルギーを単なる発散ではなく、より高度なエネルギーに転換する為には何が必要なのかを考える。穏やかに上質を好む

2013年06月上旬〜   対人・仕事
155 目に見えないものが形になるプロセスを理解。物事に名前と形を。夢と現実を見わけ、確実な第一歩を踏み出す

2013年10月上旬〜   究極・魂
221 自分の生きる基盤を失うことで、新たな貴重な人間関係を築く。情の世界につかって甘える。溺れ、助けられる。

2013年10月下旬〜   社会的発展
280 自分とは種類の違う人々に対する警戒心を持たずに、協力しあっていく。異質なものと打ち解ける

2013年11月下旬〜   チャレンジ
108 実生活の中で、本当の自分の願望を生かすこと。そのために自分の身を置く環境に注意をする。希望と現実を融合させる 希望と現実を融合させる

2013年11月下旬〜   趣味・愛情
178 物事を飾りではなく、本質から見つめようとする。強烈な意志力。ほんとうの生き方をめざしてあらたな挑戦

2013年12月下旬〜   したいこと
173 最も大切にしていたものを捨てることで、本当の自由を手に入れる。自分の適性を見極め、没頭する。教える。

2013年12月下旬〜   情熱を傾ける
002 先入観のない幼児の様に人を観察する事で自我を確立する。観察、学習、すなおに取り組む



項目が多すぎて判り辛いですが、一般的に人生の流れを追うときに重視するのは、「したいこと・すべきこと」、「チャレンジ」、「究極・魂のテーマ」の3項目です。これら3つは人生を決定づけるものになりやすい、テーマ・目的のエネルギーです。

今回は愛情問題の変化を追うということも大事ですから、「趣味・愛情のテーマ」も重要になりそうです。


で、ざっと見てみると・・・・

2012年10月上旬〜   究極・魂
220 共通の目的に向かって努力した人に対する共感を大切にする。困難、援助。自立してこそ真の友情を実感

2013年10月上旬〜   究極・魂
221 自分の生きる基盤を失うことで、新たな貴重な人間関係を築く。情の世界につかって甘える。溺れ、助けられる。

2013年11月下旬〜   チャレンジ
108 実生活の中で、本当の自分の願望を生かすこと。そのために自分の身を置く環境に注意をする。希望と現実を融合させる 希望と現実を融合させる

2013年11月下旬〜   趣味・愛情
178 物事を飾りではなく、本質から見つめようとする。強烈な意志力。ほんとうの生き方をめざしてあらたな挑戦


気にかかるのは221で、精神的な辛さ、離婚のエリアとも言われる段階で「魂の目的」であるが故、決定打に十分なりえます。可能性的に十分残りそうです。約1年間のテーマですから2014年10月までこの流れは続きます。

「生きる基盤を失うこと」これが何になるのかがポイントとなりそうです。生き方の主幹テーマなので、女優業などの仕事である可能性も高く、現在ある情報だけでは判定は困難です。

ただし、221以外は、離婚や別れというようなエネルギーではないので、これだけであれば、かなり微妙です。ただタイミングの「完了」と、及川さん側の「魅力の薄れ感」も重なりますから、50%強という感じでしょうか。

となると、「2013年内は乗り切れるのかも」という感じがしてきます。


で、2013年の流れを引き継ぎながら新規スタートのタイミングとなる2014年は


2014年03月中旬〜   対人・仕事
156 ダイナミックな生命力の躍動感を楽しみ、トラブルさえも楽む。意味など考えず、思いきりよく遊ぶ

2014年09月中旬〜   趣味・愛情
179 自分にとって何が大切なのか確認をする。自分の心の啓発。素直に思ったことを表現してみる

2014年10月上旬〜   究極・魂
222 より優れた世界に行きたいという願望が強くなる。自分の弱い面を隠す傾向。社会的上昇。


2014年11月下旬〜   チャレンジ
109 聖職に向き、日常に対して神聖な価値をを与える。人生の転換期を見つける事が上手く、それに自分なりの意味を与え生かす事の出来るようになる段階。盛り上げ役をこなす

2014年12月上旬〜   対人・仕事
157 愛着や、欲望に捕らわれてしまう段階。微妙に屈折した愛に束縛されるかも。玉の輿、棚からぼたもちを期待して待つ

2014年12月下旬〜   情熱を傾ける
003 集団に同化することで自我を確立しようとする段階。 周囲に身をまかせながら 時おり自分を振り返る。

2014年12月下旬〜   したいこと
174 子供のような純粋さで物事を考える。表面的な物事にごまかされない。やるべきことだけこなして、あとは力を抜く



新たな流れに入るまでは前年の流れの続きですから、「究極の目的」の「離婚」のトリガーの流れは2014年になっても続いています。

2014年中盤までは、なかなか難しそうな時期が続きそうな感じです。

ただ、色々ありそうな流れですが、2014年に始まるテーマでは「別れる」「再スタート」という感じはないようです。


相手となる及川さん側も追わないと、外の世界に現れる事がどうなるのか、2013年、2014年にどういう状況になるのかの判断は難しそうです。

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檀れいさんと及川光博さんの結婚を占ってみましたが・・(^▽^;

檀れいさんと及川光博さんの結婚報道があって、宿曜と四柱推命では相性がいいらしいです。

で、「とっても最高の相性のカップルが・・・・最高のタイミングで・・」と知恵袋の質問であったので、ホロスコープを見てみました・・そして、回答しましたが、有名人の占い鑑定に批点的な占いビリーバー方の回答があったことと、質問者が何か放置で期限切れになったので取り消し(^▽^;

私からすれば、そのビリーバーの方の方が失礼発言連発なんですがね(^▽^;
「私の知っている開運術を使えば運命は自由自在・・」てな感じで他の占い師などを批判していますが、「開運術を使えるかどうかすら、運命という流れの中の・・」ですよ。


さて、本題、出生時間不明のホロスコープを見た感想としては、あれ?大丈夫????という感じでした。相性が悪いとまでは申しませんが、火種のあるリスキーな組み合わせの感があります。

でも、あとでシナストリーをちゃんと出したら、それ程悪くないかも・・・(^▽^;;;;

以下、回答にちょっと手を加えて・・ちょっと追記しただけ。(笑



正直なところ現実感覚のない「微妙な相性のカップルが、タイミング良く恋愛になり、勢いで結婚した」様に見えます。


http://astrosmiles.blog69.fc2.com/blog-entry-257.html

こちらで、西洋占星術でおおむね解説してありますが、同感で山あり谷ありの相性ではないかと思います。


惹かれる理由はよくわかります、ただ太陽と月という部分での不調和、基本的な価値観、本音がずれた関係がどれぐらい続くのかというのが・・・、早ければ、2年後には離婚危機の予感がします。もちろん詳細をみてみないと結論は出せませんが。


さくっとみるために星の配置をみてみると

[ Astrologia 5.4.0.2 ]

(及川光博) − ネイタル基音(0歳)
日本時間 1969年10月24日 12時 0分00秒0
太 陽 さそり 0°31′54.3″
月 おひつじ 15°10′31.0″
水 星 てんびん 15°55′12.0″
金 星 てんびん 8° 5′39.0″
火 星 や ぎ 21°44′26.6″
木 星 てんびん 19°29′31.3″
土 星 おうし 5°51′44.7″
天王星 てんびん 6° 2′16.2″
海王星 さそり 27°25′24.8″
冥王星 おとめ 26°12′27.7″
Dヘッド う お 20°38′54.0″
Dテイル おとめ 20°38′54.0″



[ Astrologia 5.4.0.2 ]
(檀れい) − ネイタル基音(0歳)
日本時間 1971年 8月 4日 12時 0分00秒0
太 陽 し し 11° 6′12.9″
月 や ぎ 5°51′58.0″
水 星 おとめ 7°30′35.9″
金 星 し し 4°36′13.5″
火 星 みずがめ 18°35′59.6″
木 星 さそり 26°45′33.7″
土 星 ふたご 4°41′59.3″
天王星 てんびん 10°23′56.7″
海王星 い て 0°19′21.4″
冥王星 おとめ 27°49′43.4″
Dヘッド みずがめ 14°32′49.7″
Dテイル し し 14°32′49.7″


特徴的なのは、檀れいさんの天王星が及川光博さんの水星・金星・天王星と近いこと。これは、とても刺激的な関係を示し、天秤座ですから、及川さんのナルシスト的なちょっと変わった部分、現実よりも雰囲気、実体よりも体裁的な面が、檀れいさんには珍しく感じ魅力的に映るということです。

しかし、及川さん自体がハードアスペクト優勢で、妥協できない激しい面があり、自己矛盾を多く抱えている上、檀れいさんの独立心を刺激する要素も多分にあり、安定した関係かどうかということには疑問を感じます。

お互い、仕事優先で家庭でも距離があって、時々会う恋人レベルの関係であればよい状態が続くでしょうが、接する時間が長いと本音のずれが大きくなり、埋めることが難しい溝を作りがちです。

特にこの二人は不動星座同士ですから、自分のスタンスを容易に変えるタイプではないですから、溝ができてしまったら、結構やっかいではないかと思います。

檀れいさんの愛情の星である金星と、及川さんの自我の核である太陽、抑制と制限の星である土星が90度。これは及川さんが檀さんの愛の形、愛情を理解することが難しいということであり、この関係では檀れいさんは自分の理想の愛情や楽しみ、理想の女性像を手放さなければなりません。

結婚生活はそういうものだと、割り切れればいいですが、檀れいさんの生き方のスタンスは「無理せず自由、自分なり」という色合いが強いのでどこまで続くのだろうかという疑問が残ります。

また及川さんも基本的な生き方のスタンスは「自分の欲求に忠実」ですから、互いが相手の関係を無理してつなぎ止めるよな要素もそれほど強くありません。


タイミング的には、1年前の出会いの時、及川さんがリセット・新規スタートのタイミング。檀れいさんが、奉仕と愛の成就のタイミング。今年及川さんが、パートナーシップで寄り添い合いへという感じです。檀さんが分流というタイミングに入る直前に入籍。
タイミング的には良くあるタイミングの組み合わせです。

ただ2年後、及川さんが自分の理想論にこだわりが強くなり、相手への協調精神が低下するタイミングと、及川さんの太陽−土星の合が重なります。太陽−土星の合というのは、責任感が高まるというプラス面もあるけれど、本人の目的の達成や自我の維持には、とってもマイナス効果。

小泉総理以降、歴代総理(安倍・麻生・菅)がこのタイミングで窮地に陥ったりしています。

妊娠、出産というイベントがあれば、「責任が重くなる」や「自我が抑圧される」という運気を現実化させるので、離婚という現実が避けられるかもしれませんが、離婚というパターンに陥るという例もいっぱいあります。(広末凉子さん・岡沢高宏さんの例など、太陽−土星の合側の高岡さんの意志が否定される)

また、檀れいさんの金星も土星の90度の影響を受けます。これは既にある愛情や女性性の「否定の強化」になります。その上、檀れいさんにとって2013年は完了のタイミング。
これだけ考えれば「離婚」という答えしか出てきませんが、檀れいさんは4日生まれで家庭やしきたりに入るのは割と好きで、「スタンスは変えない」、しかも「愛しぬくことに酔ったりする傾向」もあります。このバランスでどちらが勝るかが完了というタイミングの結果に大きな影響を与えそうです。2014年の新規スタートの頃までに二人の中では一波乱あることは間違いないでしょう。

不動宮同士で、お互いなかなか態度を変えないことから、問題を感じても確定的な答えが出るまでは2〜3年縺れる可能性もあります。良好な関係を続けるためには、結構な努力が必要な組み合わせです。

もっと突っ込んでみないと結論は出ませんが「危ない時期」がそれほど遠くないのは確かです。出生時間が不明なので、月の位置が不明で、断定するのは難しいですが、出生時間によってかなり危機の度合いが変わります。

檀れいさんが、遅い時刻の生まれであればあるほど、逆に及川光博さんの出生時刻が早い生まれであればあるほど、リスクが高くなります。
逆に、及川さんが23時などの遅い時間の生まれ、檀さんが未明などの早い時間の生まれであれば、リスクは大幅減で、問題ないぐらいのレベルかも知れません。

西洋占星術では出生時刻が不明の場合は判断してはいけないという掟があるぐらいです。まあ、私は数秘術を併用するのでそういう場合でも割と可能性を見やすいのですが・・・。

基本的に檀さんが辛い組み合わせ。どこまで頑張れるかは?でしょうか?



時間が取れたら、数秘のチャートを追加してもう少し本格的に見ます。

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回答したけれどやはり取り消し2の続き

前のエントリーの続きです。


そこで、補足に対して以下のように、回答にも補足を入れました。


以下回答補足文

補足

>問題がある度「本当の自分じゃない」と否定して作り替えるのではなく追い求めていく自分探し」になっています

この行動が間違いであるとしてしまう理由は何でしょう?

自己実現をしようとすると自分で問題を創り出し、問題を抱える自己矛盾をもった人は多く存在します。
あなたはそういった人に該当しないから理解できないのかも知れませんが「あなたには意味が無いように見える」という以外にそういった人達の行動を否定する理由がありますか?

そしてそれらの行為が「その人達の豊かな生き方達成に無駄なこと」となぜあなたに判るのですか?

「自分が変わればそういうものに囚われなくて済む。それを自分は経験したから知っている。だからその人達の行為は無駄だ」とあなたが感じるのかもしれない。

それは自由ですが、それがどういう場合でも正しいと言える程、あなたは魂の存在する意味や価値を理解しているのですか?



あなたの周囲の人達がどのように振る舞うのかと、「本当の自分探し」が何なのかは何の関係も無いことです。


そもそも本当の自分とは何?

どういう状態を本当の自分を生きているというの?

問題から逃げていたら本当の自分は達成できない?

簡単?難しい?

どれぐらい時間がかかる?

誰でも同じ期間で出来る?

誰でも同じ方法で達成できる?

このケースだけでも、これらは十分検討しないと正しく推測する根拠に満たないと思います。


引き寄せを教えようとしたなら判るはず


回答補足ここまで



字数制限で追記分を投稿直前に、大幅削除を余儀なくされ書き足らない部分も多いですが、質問責めになっています。

 判断できる材料(根拠)もないのに、他人を批判している姿について一考を促すために、そういうスタイルにしました。



問題は、ここまででは、それ程ではありませんでした。決して愚かな質問者でないだろうと思っていましたから、自分で色々考えていくだろうと。


しかし、その考えは以下の質問でのやりとりで吹き飛びました

決定的にダメだと思うやりとりがあったのです。


http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1348321743

この質問の補足欄と締め切り後のコメントで「ああ、ダメだなと・・」この人は自分の聞きたいことしか求めていないと判断しました。

以前から、そういう傾向は感じていましたが、今回の発言は決定打になりました。



この質問の回答者は、最初にリンクのある自分探しの質問の所にも回答をしていて、質問者の批判的な態度に乗じて、自分探しを徹底的に批判・否定しています。

その内容が、納得がいくような正当なものならいいのですが、嘘、騙しのテクニック満載のひどいものです。自分の結論に都合良く、書籍の内容や言葉の意味などをすり替えて「自分探しはいけない」とボロクソに自分探しをする人達を否定しています。


また、真意を理解していると質問者は思ったようですが、その回答者の回答は、批判に同意して書きたいことを書き並べたに過ぎず、文章をよく読んでみれば、真意の「自由に自分を作っていける」ことの論理立ての肯定にも、補助にもなっていません。



突っ込みを入れると、全部突っ込むことになりそうなので、一部にしますが、精神科医の書籍の行を引用している所の、「実体」を調べてみれば、


>精神科医春日武彦「本当は不気味で恐ろしい自分探し」という本があります。
>この本を読めばいかに現代的な自分探しが無駄であるばかりか、自分という者
>を崩壊させる行為であるのかがわかります。

と、精神科医の書籍を引き合いに出し、自分探しは危険だというようなイメージを植え付けています。


でも、これどう考えても「嘘」としか思えません。



まず、amazonの書籍紹介から、この書籍がどのような本なのかの「紹介」を引用します

http://www.amazon.co.jp/%E6%9C%AC%E5%BD%93%E3%81%AF%E4%B8%8D%E6%B0%97%E5%91%B3%E3%81%A7%E6%80%96%E3%82%8D%E3%81%97%E3%81%84%E8%87%AA%E5%88%86%E6%8E%A2%E3%81%97-%E6%98%A5%E6%97%A5-%E6%AD%A6%E5%BD%A6/dp/4794215959

商品の説明

内容紹介
人間心理を知悉する奇才精神科医が、
「自己」という不気味な存在の正体を徹底的に解き明かす。
自らの心の闇を知る覚悟がある人のための、
究極の自分探しマニュアル。

内容(「BOOK」データベースより)
「本当の自分」の正体、ほんとうに知りたいですか?表に現われてこない「本当の自分」とは、じつはあなたが「封印している自分」なのかもしれない…。臨床医としてあらゆる患者に接してきた精神科医が、心の奥底に深く下りていって見つけたものとは?エッセイと不穏な小説でつづる、不気味な自分探しマニュアル。

引用ここまで



「自分探しマニュアル」という説明がある通り、「自分探しは不気味だ」と述べられていますが「自分探しが無駄で、自分を崩壊させるようなものだと述べた書籍ではない」ということが伺えます。



Amazonでは読んだ人のレビューもあります。

以下レビュー

レビュー対象商品: 本当は不気味で怖ろしい自分探し (単行本)
 編集者の発案なのか、あざと過ぎるタイトルから連想されるどろどろとした恐怖や、いかにも挑発的な指摘を期待していたが、本を開くとあっさり裏切られた。代わりに、もっとぼんやりとして、紋切り型ではない、自己と他者の認識のずれにまつわるエピソードが淡々と語られていく。

 珠玉は「本当の自分は実は自分の外に偏在している」という文章に代表される終章だ。正直、タイトルの印象が強かったこともあって、ここへ来るまでは少し物足りなかった。が、ここへ来て急に目を開かされるようになる。

 ※ちょっとネタばれ的なので、読みたい人はこの段落飛ばして下さい。
 今では多くの著作を発表しているが、かつて筆者には自分の言いたいことをうまく言えないもどかしさに苦しんだ時期があったそうだ。日常暮らしていて出会う、はっとする、琴線に触れる鮮やかな出来事を、どうにか表したいと思いながらも的確に言葉にすることができず、思い悩んだという。そこで大学ノートに、他者が書いた文章の中で、自分の表現したい感覚にフィットする秀逸な言い回しを抜き出すことを始めた。とくに島尾敏雄の文章が多かったという。ある時そのノートを読み返していたら、そこにこそ「あるべき本当の自分」の姿があるとに気づいたということだ。

 結果的に、この本を通じて自分にとって自分がなぜ貴重な存在であるのか、そして孤独なのかということが一挙にクリアになってしまった。

amazonからの引用ここまで


ここでも、この本は自分探しの本であり、自分探しは精神を崩壊させるとは書かれていない内容でしょう。



他にもこの書籍にはレビューがあって、「タイトルの意味合い」に触れた内容があります。


http://recordofmemories.blogspot.com/2010/07/blog-post_3372.html

これは最近の著作なので、著者も少し書き方のスタイルが出来たせいか、前回の本ほど、嫌悪を感じませんでしたが、やはり著者との相性ってあるのだなあ、と思わずにはいられません。というのも、私は氏の著作のタイトルはすごくいい、と思う。あ、こんな本読みたい!というタイトルなのだけど、いざ読むと、「何か違った。。。」と思ってしまう。タイトルから喚起される内容が氏と私とでは、かなり違うようです。

でも、今回は前回ほど、「周りはみんなバカ」的態度がなくてホッとしました。内容も、自分の経験と、フィクションとが混ざった形で、読みやすかったし、氏のフィクションの才能も垣間見ました。でも、書くことが、氏にとってはセラピーになっているのだなあ、とも。



http://tentennonikki.blog102.fc2.com/blog-entry-14.html

自分探しなんてしても意味はない、曖昧で不確かなのが当たり前。
本気で自分探しをすると、自分の中の気持ち悪い正視できない部分を見ない訳にはいかない。

そんな感じでしたかね。
題名からして著者さんが自分探しを否定しているのは分かります。
そんなことより、文章が面白かったですよ。自分が腹黒いと自覚している方にはおすすめの本です。


レビュー引用ここまで


さて、ここまで紹介やレビューの記事を読んでみれば、

>この本を読めばいかに現代的な自分探しが無駄であるばかりか、自分という者
>を崩壊させる行為であるのかがわかります。

もしこの回答者がこの本を読んでいたらこういう結論にはならず、こんな内容の回答が書かれるとは思えません。
自分はそう理解したと言われればそれまでですが、どちらにせよ客観的な自分探しの否定根拠にはならず、そういう内容の本ではないのは明らかでしょう。


九割方、本もレビューも読んでいない「タイトルのインパクトだけを使った嘘」であることと思われます。


その他にも、自分探しと民主主義は同じで、他人の利益を無視し、個人の利益を追求するものでしてはいけないとか、騙すための嘘としか言えない内容の連発。

私だったら、速攻BL(ブラックリスト)登録ですね。



こういうトリックだらけの嘘も見抜けず、「自分の真意を認めてくれた」と喜んでいるのなら、理解する見込みはないだろうと思いました。


真意が伝わっていないと感じるのなら、補足で「言い訳」するのではなく、真意を伝えれる努力をすればよいことです。

書かれた回答の内容を精査して理解せずに、文字面から気分で判断するのなら、時間を掛けて回答する意味がありません。

今後、この質問者に回答することはないだろうなと思いました。

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回答したけれどやっぱり取り消し2

自分の回答内容に問題があったという理由ではないですが、質問者の態度で「理解する気がないのなら、答える価値がない」と判断し削除しました。

何故、そう判断したのかについては多くの理由があるので、順次回答を書いた理由などを含めて書き記していきたいと思います。



質問内容は以下の通りで、要約すれば本当の自分探しの書籍に対する間違いや批判的なことを並べ、結論として「本当の自分なんてない。でもだからこそ、自分は自分でいくらでも作っていける」という考え方をしたい。それについて、意見をくださいというようなものです。


http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1248307492

以下上記より引用


「本当の自分探し」について・・・

精神世界が好きなので、良くその手の掘り出し物を探しに書店に行ったりします。

そこで必ずと言っていいほど見かけるのが、「本当の自分探し」的な書籍だったりするのですが、

自分的には「う〜ん・・・」と思ってしまいます・・・



「本当の自分」というものは、ないんじゃないだろうか?本当のところは「自分はこうだ・・・」という「自己信念」があるだけなのではないだろうか?だとすれば本来の「本当の自分探し」というのは、「本当の自分だと思い込んでいた自己信念」を探すことが大事なのであって、通り一辺倒の書籍にあるような「違った自分、幻想の自分」を探すことではないのでは?と考えてしまいました・・・



↑ここのツボを間違えて「本当の自分探し」をしてしまうと、下手をすると一生「本当の自分探し」だけで貴重な時間を無駄にしてしまうような恐れも出てくるような気がしてしまいます・・・


※ただ、それとは別に「真我」というのはあるような気はします。でもそれは「本当の自分」を知るということではなくて、正確には「万人に共通している法則」からきている真理を知る、そして自分をより良く作り替えるということではないか?と思ったりしています・・・


↑何て、ここまで書いてきてしまうとまるで「本当の自分なんてないから諦めろ!」と否定的な見解に聞こえてしまうかもしれませんが、自分の言いたいことは差に非ずで、「本当の自分なんてない。でもだからこそ、自分は自分でいくらでも作っていける」という思考に結び付けていきたいわけなのです。


今回のことにつきましても、ご見解をいただければ幸いです。よろしくお願いいたします。




引用している質問本文ここまで


質問者としては、

>通り一辺倒の書籍にあるような「違った自分、幻想の自分」を探すことではないのでは?と
>考えてしまいました・・・

上記の文にある通り、本当の自分探しという系統の書籍の内容が気に入らない面があり、自分探しの書籍の内容を『「違った自分、幻想の自分」を探すこと』と記しています


この文章にある通り「幻想の自分」を探すという言葉が使われています。
幻想なんて探しても意味が無いというのは誰でも判りますから、質問者の上では「自分探し」について決して好意的ではないのは明らかです。

そして最終的に自分の考えた、「自分は自分でいくらでも作っていける」という結論を得たいようです。
でも、他人の意見も聞いてみたいということで、質問になっています。


まあ質問者が、どう思おうと他人の否定につなげなければ、「思想の自由」ということで、それはそれでいいのです。

「自由に自分はいくらでも作っていける」・・これもあるレベルでは真実です。
しかし、誰でも、いつでもとは行かない事が多いです。少なくとも、これまではそうでした。
地球のエネルギーが変わってきているので、これから、そういった方向に行きやすくなることは予測されますが、全ての人が同じペースで変わっていけるようなことではないでしょう。



私がこの質問の内容の展開方法で、疑問に思うのは「自分は自分でいくらでも作っていける」という結論を得たいために、なぜ自分探しを批判、否定する理由があるのか?ということです。


なぜなら「本当の自分というもの」が在ることは、「自分は自分でいくらでも作っていける」という結論を得ることの障害にはならないのです。


そして、「自分探し」ということについても色々な考え方があります。「本当の自分探し」には「今とは違った自分を探す」というよりは、「自分の本質とずれていない自分の理想の状態を探す」という状態を含む場合もよくあります。


でも、質問文で「幻想の自分」という表現を使っているとおり、「無駄なことをしている」という事を示唆しています。

これがとても、気になりました。




ということで、以下のような回答をしました。(取り消し済み)



>「本当の自分なんてない。でもだからこそ、自分は自分でいくらでも作っていける」
>という思考に結び付けていきたいわけなのです。

「自分は自分でいくらでもつくっていける」という結論を得たいがために、「本当の自分探し」を否定する必要があるのでしょうか?

質問の主題でもある「本当の自分というものの定義」が曖昧なので、質問の論点も曖昧になってしまいます。


この質問を読んで疑問に思うのは、「本当の自分」というのものが、なぜを固定されたものであるというように定義されているかということです。

なぜ、本当の自分というものが「固定されたものだと、考えなければならない」のでしょうか?
なぜ、その時々の状況によって「本当の自分」というのが変化するものではいけないのでしょうか?
本当の自分というものも変化しながら、その時々の本当の自分を捜すことは無駄でしょうか?そして、それをしながら生きることは無駄な行為でしょうか?

さらに、本当の自分というのは全て変化していくものでしょうか?

事実、本当の自分と認識されているものは固定されている部分もあるでしょうし、変化していく部分もあるでしょう。変化してからまた元に戻る事もあるでしょう。

その時々で、変わっていったたプロセスの期間は、その人の本当の自分ではなかったのでしょうか?「その時々の本当の自分を生きた」というだけではないのでしょうか?


私にとって「本当の自分というもの」の定義は「その時々にもっとも自分にしっくりする生き方である」ということです。

本当の自分探しというのは、固定概念を探すためだけのものではありません。

その時々にもっとも豊かになれる生き方を生きることこそが、その時々の本当の自分を生きることであり、それを探すことは何の無駄もありません。


>「違った自分、幻想の自分」を探すことではないのでは?

この手の書籍で、「違った自分」を強調するのは、「他人と同じでなければならないという幻想」から自由になるためである場合が多いようですが、そういう意図を理解した上で発言されていますか?

「幻想の自分」というのは、あなたが本当の自分を「思いこんでいる自己信念」と決めつけているから、「幻想」になるのであって、本当に人は幻想の自分を探しているのでしょうか?



>それとは別に「真我」というのはあるような気はします。でもそれは「本当の自分」
>を知るということではなくて、正確には「万人に共通している法則」からきている
>真理を知る、そして自分をより良く作り替えるということではないか?と思ったり
>しています

万人に共通している法則というものが何を表すのかが、抽象的すぎて意味が判りにくいですね。

まあ「天分法則的な個性というものはある」という意味なのでしょう。
でも、個性を変えられると考えるために、個性を否定する必要があるでしょうか?


自分を自由に変えられることと、いくらでも変わりたいと思うことは別であり、本当の自分が変われるものとしなければならない理由は何でしょう?それはあなたが勝手に作り上げた幻想ではないのですか?

変われたとしても変わる必要がないと感じる「本当の自分」があってはいけないのでしょうか?それを探すことは間違いでしょうか?

私かられみれば「本当の自分」という不必要な敵をつくって、そこに自分の制限を見ているように思います。

それ以外に「本当の自分というものの存在」を否定する必要がありますか?



取り消し済み回答ここまで。




上記に書いたとおり、「本当の自分探し」というものの多様性と、「自分探しを否定する理由の無さ」を指摘しました。



すると、質問に補足が付きました。

以下補足文引用



補足

少し言い訳させて下さい

知人にも何人か「本当の自分探し」にハマった人がいて「その時々の自分を受け止め肯定的に作り替えていく方向」にいくなら良いですが「問題がある度「本当の自分じゃない」と否定して作り替えるのではなく追い求めていく自分探し」になっています

酷い人は「あっちのカウンセラー、こっちの教祖様」と双六になってしまい、精神疾患がある人は段階としてありでしょうが他の場合は曲解されやすいと感じました


引用ここまで




自分が「自分探しを気に入らなく感じた理由」を述べています。
そういう事実があったことは理解できます。

しかし、色々な人達がいるのも事実です。自分が生きている理由が判らない人というのも結構います。

占星術では牡羊座の人にこういう人達が多いとされます。

知り合いの牡羊座さんも、「自分が何で生きて(存在して)いるのかが判らない」といっていました。また、牡羊座の人達は、ちょうど今、そういった不安が高まる時期でもあります。

牡羊座以外にも、ホロスコープ上で90度や180度のアスペクト(生まれた時の星の位置関)を持つ人は、下手すると一生、自分というものの生きる姿に納得がいかず、苦しむ場合もあります。

それこそが、その人の「人生の最大の課題」であったりする場合もあります。そうでない人には簡単であったとしても、そういう人達にとっては自分というものの意義を理解できたり、自分を簡単には変えられないから、人生最大の課題になるのです。

一生自分に納得がいかず、苦しむかも知れません。占いをやってみれば、そういう人が多いのに驚き、人ながら大変だと思います。


はっきり言って、上記のような質問での発言は、そういう人達を軽んじて居るようにも思えます。




字数制限で、これ以上はアップできないので続きは次のエントリーで。

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