げん気はつらつ

毎日、元気をいっぱいもらっています!

パソコン、復活!

パソコンの調子が悪く、ネットにつなげることができませんでした。
原因は、レンタルのモデムの故障でした。でも、パソコンも不調だったようで、6年間フル活用したパソコンを廃棄し、新しいパソコンを購入しました。値段は、前のパソコンの半額以下。能力は100倍。
今は、ノートのほうが安いのですね。
まあ、そんなわけで、久しぶりに投稿できました。

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査定ラウンド 2度も失敗・・・

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9月初旬に、2度目の査定ラウンドがありました。
緊張していたわけでもないのですが、なぜか「査定」となると、OBを連発します。この日も4発たたきました。基準の85に1打足りずに、またしても「保留」となりました。
実は、8月中旬に、初査定を受けました。そのときも緊張していたわけでもないのに、スコアが87。このときは2打足りずに、「保留」となりました。マナー、技術等は条件を満たしたのですが、スコアが足りずに、見送りとなりました。10月に再度査定を行います。
査定ラウンドを実施するということは、直前の数ヶ月間に競技会でアンダースコアを連発したということだから、たいていの人は、一発でパスします。私は、月例杯等クラブ競技会ではアンダーパーが出るのですが、なかなか思うようにいきません。・・・。直後の競技会でアンダーパーを出せたので、再度査定を受ける権利を与えられました。がんばります。
ただ、査定委員さんたちに申し訳ない気持ちです。一緒にラウンドはするものの、私1人のために、何度も召集をかけられて、その上、楽しむことが十分出来ないわけですから。

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「目標」それは・・・

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 昨日の記事に「目標を達成したら・・」とありますが、それは昨年の秋にある広報誌に書いた記事から始まります。「マイ・ブーム」という題名でした。


 今の「マイ・ブーム」、それは“ゴルフ”です。
 ずっと以前からゴルフはしていたのですが、特にこの半年間は、熱を入れてやりました。といえば能動的な表現ですが、たまたま調子が良くて次のラウンド(ゴルフ)が待ち遠しくてたまらなかったことと、夏休みを利用して日頃とれない年休を思いっきりとったこととが、ゴルフ熱に火をつけてしまったのです。
 マイ・ブームとなっている今、目標としていることは、いわゆるシングルプレーヤー(ハンディキャップが「9以下」のプレーヤー)になることです。歳をとってからでは不可能なことだと思われますので、今のうちにチャレンジしてみようかなとひそかにもくろんでいます。
読者の中にもゴルフ愛好者が複数いるだろうと思われますので、その方々は分かると思いますが、ハンディキャップがシングル(一桁)になるってことはたやすいことではありません(と私は思っています)。でも、ハンディキャップ「9」と「10」の間には大きな壁があります。ハンディキャップが10になってから半年以内に70台のスコアカードを3枚提出しなければなりません。それをハンディキャップ委員会で確認後、「査定ラウンド」なるものがありまして、そこで85以下のスコアを出すことが課せられます。85を超えると、また0(ゼロ)からやり直しです。つまり、そこから半年以内にまた70台を3回出さないと次のステージへ進めないのです。私にとってはかなり高いハードルですが、やれるのは今しかないと思ってチャレンジしてみます。
乗用カートを導入するゴルフ場が増えている昨今ですが、私は歩きます。というか、正確には多くを走ります。ただ、今年は違いました。あの炎天下、6時間(1ラウンド半)も歩いたら体がもちませんでした。とにかく暑かったです。が、やっと待ちに待ったゴルフシーズンが到来してきました。来年の夏の終わりまでを自分の修行期間と設定してがんばってみます。愛好者は、お付き合いください。


以上が昨年秋の記事です。
それ以来、切磋琢磨しまして(?)10まできました。ところが・・・。
続きは9月7日頃書きます。
(写真は、五島CCでのものです)

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やっほっ

昨日、実に半年振りに更新しました。
アクセス数もほとんど増えていませんでした。なんてったって自分自身、開くのが久しぶりでしたから。

昨日の写真には、11年前の自分が写っています。まだ筋肉が力強い感じです。今は昔・・・
また、気が向いたら更新します。

去年の秋に立てた目標が達成できたら、そのときには更新します。あと一歩まできました。

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初マラソン あれから20年

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 11月に下関海峡マラソン大会が開催されます。その参加申し込みを済ませました。ランナーとしてではなくて、ボランティアスタッフとしてです。
 3年前にマラソンを走ったときに、「これが最後の走りだ。」と感じました。それと同時にフルマラソンとはもう縁がないと思っていました。でも今年、下関市でマラソン大会が開催されることになり、その文字を見ていると、初めて走った時のことが走馬灯のようによみがえり、あの時の恩返しが少しでもできたらいいな、いや、したいと強く思うようになりました。そこで、ボランティアスタッフとして参加することにしました。
 ちょうど20年前のことでした。鹿児島県指宿(いぶすき)市の大会に出場しました。私は陸上競技の経験者ではありません。でも、「人生の縮図」と言われるマラソンを一度は走ってみたいと思ったのです。
 今でこそ多くの市民ランナーが、気軽に出場できる大会が増えてきましたが、当時はそうではありませんでした。身近にも経験者は一人もいませんでした。私の不安の膨らみと反比例して周囲は盛り上がっていきました。同僚から、マラソン用のウエアをプレゼントされました。道中、ラジオの深夜放送が昭和の終わりを繰り返し告げていました。中止になればいいとさえ思いました。車でコースの下見をしました。2時間近くかかりました。なんと長いことか。不安が恐怖心に変わりました。
 でも、とうとうスタート地点に立つときがきました。先頭は見えません。ピストルの音からおよそ1分で動き始めました。スタートラインを通過するまでに2分はかかりました。でも、走り始めると恐怖心を周りの空気が柔らかく包んでくれました。一緒に足を進めているうちに体が軽くなりました。10km〜30kmあたりは軽快に走れました。33kmあたりから、そのつけがきました。足の付けねからその先の感覚がほとんどなくなりました。足は惰性で前に動くのですが、歩道を歩く人と同じスピードにまで落ちていました。
35km地点の給水所に、鎮痛薬が置いてありました。塗るためにしゃがもうとしても膝がいうことをききません。そんな私の様子を見て、そこのスタッフが私の足に薬を塗ってくれました。す〜っとしてきて、足に感覚が戻ったような気がしました。丁重にお礼を言おうとしたのですが、その方はすでに次の人に塗ってあげていました。まともにお礼も言えずにランを続けました。37.5kmの給水所でもそうでした。40km地点の標識が遠くに見えました。もうここまで来たらはってでもゴールできると、そう思いました。ゴールで待っている家族、クラスの子ども達、同僚たち、いろいろな人の表情が目に浮かびました。ゴールの瞬間よりも、このときのことの方が強烈な記憶となって残っています。
あれから、ちょうど20年。あのときできなかった丁重なお礼の代わりに、その恩返しとして海峡マラソンのボランティアスタッフに応募しました。このたびの大会が、ランナーにとって何年たっても忘れることのできない記憶となってくれるように力を貸したいと思います。

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なわとび大会、完敗

一昨日のなわとび大会は完敗でした。
あとから、悔しさを子ども達にぶつけました。
悔しさが増してくれることを願いながら。

頑張れ、来年は優勝してみせなさい。

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DVD&写真集CD完成

刺激されて、ついにブログを更新することにしました。
これまで、何度か更新しようとパソコンに向かったのですが、なぜか指と頭が働きませんでした。
ブログに投稿されると、刺激が大きいですね。
やっと、指が動いてくれました。

ところで、冬の自然教室のDVDビデオが完成しました。2時間の大作です。 写真CDは、500枚を超える写真が収納されています。
今年は、子どもに手がかからなかったことと、職員に余裕があったためにこんなことが可能になりました。実に運がよかったといえます。来年からの約束は全くできません。その年の「運」です。そこのところ、ご理解いただきたいと思います。

明日のなわとび大会、がんばろー!

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負けました・・・

今日は負けました。ビデオで見ました。結果を知っている試合のビデオでも涙が出そうでした。
幸運、不運といいますが、これもすべて人生の一部分です。でもその小さな一部分が将来に大きな花を咲かせてくれるといいなと夢を描いています。我が子にも、学級の子どもにも。
一生懸命な姿っていいですね。我が子のあんな一生懸命さに出会ったのはひょっとして初めてかも。仲間に頼られた姿を見るのは、きっと初めてです。
みんなの役に立てる、力になれるって充実感があるものです。
先日勝った時にも人生の大きなステップになったと感じました。今日の負けたときは、さらに大きなステップになった、なると確信しました。「悔しかった。」その一言を聞いただけで、親の私は嬉しかったです。
頑張れ、子ども達。

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高校野球観戦(応援)

アマチュアの野球の試合で、これほど感激したことはありませんでした。
最終回、1点リードはしているものの、ノーアウト満塁という絶体絶命のピンチ。そんな状況で息子が再びマウンドにあがりました。この子を助けてやって欲しいと、神にすがる思いでした。祈る思いでした。結果は、三振、三振、ピッチャーゴロでゲームセット。息子がこれほどたくましく、頼もしく見えたのは初めてでした。(涙でちょっぴりかすんで見えました)

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ヒーローになった日(そんな気持ちにしてくださった皆様へ)

 感動の駅伝でした。沿道の応援の多さ、声援の大きさに、走りながらあたかも自分がヒーローになったような気がしました。
 子ども達が中継所にきてくれました。(ありがとう) 中継所にだんだんと緊張した空気が流れ始めました。「7番!」というコールがありました。そして、ほぼ予定時刻通りに襷(たすき)を受け取りました。
 下り坂を勢いに任せて走りました。最初の1kmが3分34秒という練習では考えられない速いペースでした。オーバーペースで入ってしまい、島戸に近づいた頃から苦しくなってきました。そんなとき、応援の声が届きました。車からの声援、沿道での応援、ありがとうございました。苦しいはずの自分に力を与えてくれました。
 島戸漁港にたどり着くと、派手な横断幕が目に飛び込んできました。そして、大声援。そこからの登りに元気をもらいました。元気はもらったものの、この登りはきつい。そこから600m地点にまたも横断幕と大声援。私のきついところを分かっているかのように、ポイント、ポイントで声援をもらい、元気と力を与えてもらいました。
 登り切ってからは、リズムを無視して、とばせるだけとばしました。そこでもたくさんの声援を受け、まさにヒーロー感覚でした。最後の登りも上の方からの「先生〜!」の声に後押しされ、走りきることができました。そして、ゴール会場へ。
 駅伝は、特別なチームプレーです。チームプレーなのにその瞬間に競技しているのは自分だけです。でも襷をつけていると、みんなが一緒にいるような気がするのです。場所は離れていても心がつながっているような気がします。不思議なチームプレーです。
 チームの順位は、過去最高の19位。私の区間順位は、チーム最下位の24位(だったと思います)。私にとって過去最高は、順位だけではありません。沿道の応援の数と支援の大きさも過去最高でした。応援メールも複数いただきました。何から何まで過去最高でした。そんな中で走ることができた私は幸せ者でした。
 ゴール会場には、たくさんのヒーローがいました。走り終えて、皆いい顔をしています。私も単なるその一人でしたが、心の中では、自分が主人公だったと思っています。そんな気持ちを味わわせてくださった皆様に、心よりお礼を申し上げます。ありがとうございました。
 そして、選手をサポートしてくださった方々に感謝申し上げます。

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