hamlifeな日常

趣味の「アマチュア無線」ネタ。あくまで個人的興味で…。 Copyright (C) 2012 hamlife

ご無沙汰、誠に申し訳ありません。

ところで2013年8月23日に、“アマチュア無線の今がわかる総合ニュースサイト”という触れ込みで、
「hamlife.jp」(http://www.hamlife.jp/)が開設されたようです。

え、hamlifeですか。どこかで聞いたような…(爆)。
“hamlifeつながり”で、ご贔屓にヨロシクお願いします。m(_ _)m

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2012年も本ブログをご覧いただきましてありがとうございました。

後半、身辺事情等から更新が行えず、またアマチュア無線活動も停滞してしまい、大変ご心配をおかけしたことをお詫び申し上げます。

2013年、皆様のご多幸とFBDXをお祈りいたします。
                                      12月30日 hamlife

※写真は通販で購入した「貨車Tシャツ」です(笑)。

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▼「1970年代に発売された国産アマチュア無線機を、全国のコレクターや無線ショップの協力のもと、美しい写真で撮り下ろした渾身の一冊」と銘打った豪華写真集、「アマチュア無線機コレクション <FT-101の時代>」(A4サイズ、128ページ)が8月21日に全国発売されます。
アマゾンへのリンクはこちら(アフィリエイトに非ず)。 → http://amzn.to/QAGWAh

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▼初代のFT-101が登場したのが1970年。それから10年のあいだに、HF機はファイナルが半導体になって小型化し、2mのリグは水晶からPLLシンセサイザーに進化。また周波数メモリーやスキャン、混信除去といった機能も当たり前になっていきました。アマチュア無線機にとって、おそらく一番変化(進化)が激しかった時期が1970年代でしょう。写真集には、この1970年代の歩みがわかる無線機が63機種(初代FT-101からIC-2Nまで!!)掲載されているということで注目です。

▼実はこの写真集の中に、私の秘蔵コレクションも数台登場しています(どの機種かはナイショ♪)。「ハムフェア2012」の会場でも販売(ただし少数)するそうですので、ご注目を!

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▼5月17日、当ブログで「BCL歴57年 ヨゼフ・ナジ氏の消息」を書いたところ、大変多くの皆様からのアクセスをいただきました( http://blogs.yahoo.co.jp/hamlife_5973/62869065.html )。改めてヨゼフ・ナジ氏が当時のBCLファンに親しまれていたことを実感した次第です。
またヨゼフ・ナジ氏に関する追加情報もいただき、それらを整理してみると、これまでベールに包まれていた同氏の足跡が見えてきました。…というわけで、今日は「続編」です!

●ヨゼフ・ナジ氏の「帰化」と「生年月日」
「ヨゼフ・ナジ氏は1959(昭和34)年10月27日に帰化し、同日の官報で告示されています」と教えてくださったのは、アマチュア無線におけるコールサイン史研究の第一人者、JJ1WTL・本林OM。
添付いただいた官報を見ると、なるほど、昭和34年10月27日付けで日本への帰化が認められています。またこの官報告示によって、ヨゼフ・ナジ氏の生年月日が「明治41(1908)年10月20日」であることや、出生地とされるハンガリーの地名が判明しました。

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官報に記載された、ヨゼフ・ナジ氏の帰化告示。


●ハンガリーの文献に見る、ヨゼフ氏の業績
本林OMはさらに、出身地であるハンガリーの地名(Szabolcs県 Nagyvarsány村)と、サレジオ会所属のクリスチャンであることを意味する「Salesian」という単語などで検索し、「Made in Hungary」という文献にたどり着きました。ここにヨゼフ・ナジ氏の業績が記載されていたそうです。これは貴重!(以下に抜粋します)
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Jozsef Nagy (1908, Nagyvarsany - 1990, Miyazaki, Japan) became an electrician and then joined the Salesian order. In 1936 he was sent to Japan to work in the Tokyo - Suginami mission school of the order (since 1963 Ikuei Junior College of Technology) where first he worked as a printer and then as a teacher. He learned Japanese and four other languages, obtained several academic degrees. He was appointed university professor in the 1950’s. His book on Western style printing, written in Japanese in 1954, is a classic. He worked as a consultant for Matsushita Corporation, developing Panasonic and NEC radio and stereo systems (e.g. RJX-4800D, RF-9000). Allegedly he also worked on the development of the Japanese stereo postcard. In 1968 he was sent to the Salesian mission home in Miyazaki, where he served as a librarian until his death.
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●ヨゼフ・ナジ氏の「帰天(逝去)日」が判明
匿名希望の女性からは、「イタリアのサレジオ修道会のWebサイトに、サレジオ会関係者の物故者検索コーナーがありますよ」という情報をいただきました。
さっそく調べてみると、確かに「IN MEMORIAM Defunti SDB」というコーナーで、氏名などから検索できるようになっていました。ここで「Nagy」と入力してみると、日本管轄のサレジオ会(GIA)に所属する「Nagy Józef」という修道士が、1990年2月16日に81歳で帰天(逝去)したという情報がヒットしました。先にサレジオ高専OBの方からいただいた「1990年2月に逝去」という情報と一致します。

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イタリアのサレジオ修道会のサイトにある物故者検索コーナーでヒット。

●日向学院では「有名な先生」だった
また宮崎県・日向学院高等学校の卒業生の方からは「学校には数人の外国人宣教師の方がいらっしゃいました。ヨゼフ先生は学生にも有名人でした。私が卒業した後で残念ながらお亡くなりになったと聞きました」という情報をいただきました。

−−情報をご提供いただきました皆様、ありがとうございました。ここで、これまでに判明した情報をまとめて、ヨゼフ・ナジ氏の足跡がわかる年表を作成してみました。参考になれば幸いです。



★ヨゼフ・ナジ氏の生涯(判明分で構成)

1908(明治41)年10月20日 ハンガリーのSzabolcs県 Nagyvarsány村で生まれる

1920(大正9)年 12歳で鉱石ラジオを自作以来、BCLの魅力に取りつかれる(氏の「BCL歴」はこの年から起算)。後年、海外放送受信を通じ、日・英・伊・西など5か国語を習得

1928(昭和3)年 電気技術者を目指しイタリアのボローニアにおいて、マルコーニ(無線研究家。無線電信を開発)の講義を受ける

時期不明 イタリアに本部があるカトリックの「サレジオ修道会」に参加

1936(昭和11)年 サレジオ修道会の指示で来日。開学2年目の東京育英工芸学校(後の帝都育英学院、育英高等専門学校。現・サレジオ工業高等専門学校)に印刷技術者として着任

1950年代 帝都育英学院の教授(注・同校では教師のことを「教授」と呼ぶ)に任命され、同校の工高印刷科、高専印刷工学科で教鞭を取る

1952(昭和27)年〜1954(昭和29)年 帝都育英学院の「工業高等学校印刷術教科書」、第1学年用、第2学年用を日本語で刊行

1959(昭和34)年10月27日 日本への帰化が認められる

1968(昭和43)年 サレジオ会傘下の学校法人日向学院(宮崎市)に移る。以降、逝去まで司書(librarian)として勤務

1977(昭和52)年〜1980(昭和55)年 松下電器産業のBCLラジオ「クーガ」「プロシード」の広告に「日向学院名誉教授」の肩書で登場。同じ頃、同社のコンサルタントとして、ラジオやステレオの開発に助言。RJX-4800D、RF-9000などにかかわる

時期不明 立体(ステレオ)印刷ハガキの開発に取り組む?

1990(平成2)年2月16日 宮崎にて逝去。享年81歳、BCL歴69年



引き続き、皆様からの新情報をお待ちしています。

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5月24日「BCLラジオカタログ 完全保存版」刊行!
BCLブームを彩った14社58機種のBCLラジオを掲載。詳しくは→ http://amzn.to/J7PD3n

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▼BCL(海外放送受信)ブームだった1977〜80年頃、松下電器産業(現・パナソニック)のBCLラジオ、「クーガ」や「プロシード」の広告に、ヘッドホンをした年配の外国人の写真とコメントが出ていたことを覚えていますか?
この人の名前は、ヨゼフ・ナジ(Jozsef Nagy)氏。
広告によるとヨゼフ氏は宮崎県日向学院名誉教授で、BCL歴57年。(1977年の広告による。1980年の広告では「BCL歴60年」と書かれていたので、1920年=大正9年からBCLをやっていたという意味らしい。ちなみに1920年はアメリカで最初のラジオ商業放送がスタートした年)
また広告には必ず、ナジ氏の写真の横にコメントが添えられていました。例えば「クーガ2200(RF-2200)」では「イタリア時代の恩師マルコーニに、クーガ2200を見せたら、何と言っただろう。この直ダイ・メカに値する賞賛の言葉を、いま私は見いだせない」。またプロシード2600(RF-2600)では「輝かしい偉業を達成したプロシードに、私は新しいBCLの楽しみを見いだした」といった具合です。

▼ある日ふと、ヨゼフナジ氏のことが気になって、わかる範囲で調べてみました。
過去の広告から判明していることは、
・1908年ハンガリー生まれ
・1920年、12歳で鉱石ラジオを自作以来、BCLの魅力に取りつかれる
・1928年、イタリアのボローニアでマルコーニ(イタリアの無線研究家。無線電信を開発)の講義を受ける
・海外放送受信を通じて、日・英・伊・西など5か国語をマスター
・1936年来日
・宮崎県の日向学院の名誉教授(1977〜1980年の時点)
−−といったことでしょうか。来日の目的、現在までの経歴、教授としての専門分野、そして今もご健在なのか、といった点が気になるところです。

▼手がかりを求め、まず宮崎県にある日向学院のWebサイト http://www.hyugagakuin.ac.jp/ を訪問。同校はカトリック系の中学・高等学校のようですが、残念ながらヨゼフ・ナジ名誉教授に関する記述はありませんでした…。
そこで検索エンジンで「Jozsef Nagy」で検索。残念ながら同姓同名の人物が多すぎ、ご本人と思われる記述にはたどりつきませんでした。改めて日本語で「ヨゼフ・ナジ」で検索すると、掲示板サイトでBCLファンが回顧する多数の書き込みに混じって、こんな物を発見しました。

ヨゼフ・ナジ「工業高等学校印刷術教科書」 売り切れ
http://kuroneko-zacca.seesaa.net/article/21975479.html

どうやら古書店の方が運営しているブログサイトのようですが、このお店で「ヨゼフ・ナジ」という人物が書いた工業高校用の印刷の教科書(古書)を販売したことがあるらしく、次のような説明が書かれています。

横浜市のカトリック系男子校「サレジオ学院」の前身である「帝都育英学院」の、昭和27年刊行の高等学校第一学年用印刷術教科書です

私は、この「カトリック」という単語が気になりました。
そういえば宮崎県の日向学院もカトリック系の中学・高校です。昭和27(1952)年に横浜のカトリック系高校のために印刷の教科書を執筆したヨゼフ・ナジ氏と、1977(昭和52年)年に日向学院で名誉教授を務められていたヨゼフ・ナジ氏は同一人物ではないかと…。

▼そこでもう一度、日向学院のWebサイトに戻って「日向学院のあゆみ」というコーナーを確認してみると、
・1854年 サレジオ会誕生
・1926年 サレジオ会 宮崎にて宣教開始
と書いてあります。
そう、横浜の帝都育英学院も、宮崎の日向学院も「サレジオ会」という、同じカトリック系の団体の下にあったのです。しかも調べてみるとサレジオ会の本部はイタリア! どうやら線が繋がってきたようです♪
ちなみに帝都育英学院ですが、1934年にサレジオ会によって設立(開学は翌1935年)。その後「育英工業高等専門学校」などいくつかの校名を経て、現在は「サレジオ工業高等専門学校(サレジオ高専)」という名前になっています。
この学校、昭和の時代は印刷関係に強く、日本で初めてラテン語の辞書を活版印刷したことでも知られているそうです(そう言えば、昔の「聖書」はラテン語でしたね)。

▼ここまでの断片的な情報を、想像を交えながらつなぎ合わせてみました。
・ヨゼフ・ナジ氏はマルコーニにも師事した技術者で、印刷技術の知識が豊富だった。
・キリスト教(カトリック)の信者で、イタリアに本部があるサレジオ会に所属していた。
・サレジオ会の指示により(聖書の)活版印刷技術啓蒙と高校運営のため、1936年、28歳で日本に派遣された。
・昭和27(1952)年当時は帝都育英学院(現在のサレジオ高専)に勤務し、印刷術教科書を執筆。
・その後、何らかの理由で同じサレジオ会傘下の日向学院に異動し名誉教授を務めた。
−−ということではないかと思っています。

▼では広告で見かけなくなってからの、ヨゼフ・ナジ氏の消息は?
ダメモトでFacebookで呼びかけてみたところ、なんとサレジオ高専の卒業生の方が、確認・調査に動いてくださいました。以下がその結果です。

「お尋ねのヨゼフ・ナジ先生(修道士)は1990年2月に逝去しています。
高専では工高印刷科、高専印刷工学科で教えられ、日本における印刷界の草分けのような方でした。
古い印刷業界の方は知っている方がいます。」

−−ああ。修道士だったヨゼフ・ナシ氏は、今から22年前、81歳で帰天され、70年に及んだ氏のBCL歴も閉じられたようです。ご存命のうちに一度お目に掛かりたかったです…。慎んでご冥福をお祈りいたします。


では最後は、ヨゼフ・ナジ氏が遺した、この言葉と共にお別れしましょう−−。

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イタリアで私が学生だったころ、恩師マルコーニが教室で語ったことを思い出します。“古人いわく、書をひもときなさいと。しかしいまや見聞を広めたくば、ラジオを聞くことだね”。私たちBCLにはまさしく金言だと思います。BCLの良いところは、世界はひとつ、ということがわかることです。電波を通じて伝わってくる友情、私はこのつきせぬBCLの大きな楽しさを、少しでも早くあなた自らが体験することを望みます。 受信室にて Jozsef Nagy



消息調査にお力を貸してくださった方、関連資料をご提供いただいた皆様にお礼申し上げます。
なおヨゼフ・ナジ著「工業高等学校印刷術教科書」ですが、実は日本の印刷界における名著らしく、東京都中央区にある「一般財団法人 印刷図書館」が所蔵しており、一般人でも閲覧が可能です(入場は有料)。興味のある方はご覧になって、氏の業績に思いを馳せてみてはいかがでしょうか。

<追伸>
この件をTwitterでツイートしたところ、ある方から「(ヨゼフ・ナジ氏が印刷技術者で日本の高専で指導していたという)この話、何かで読んだ記憶があります。雑誌“短波”だったかも。」というレスをいただきました。もしヨゼフ・ナジ氏のプロフィールに関する記事が掲載された雑誌等をお持ちの方、ヨゼフ・ナジ先生の指導を受けたことがある卒業生の方は、ご一報いただければ幸いです。

★ヨゼフ・ナジ氏の消息の「続編」はこちら → http://blogs.yahoo.co.jp/hamlife_5973/62873011.html


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5月24日「BCLラジオカタログ 完全保存版」刊行!
BCLブームを彩った14社58機種のBCLラジオを掲載。詳しくは→ http://bit.ly/JKdDeN

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▼秋葉原電気街のメインストリート・中央通りを南(東京駅方向)へ少し進んだ、須田町交差点の角に老舗の果物店「万惣(まんそう)」があります。創業160年を超えるというこのお店が、3月24日に全館営業を終了することになりました。
併設されたフルーツパーラーの名物、ホットケーキが味わえるのもあと数日。秋葉原に寄った帰りに、行列覚悟で入ってみることにしました。

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須田町交差点のランドマーク「万惣ビル」の外観。

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1階が高級果物店、中2階と2階がフルーツパーラー。

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この看板もあと数日で見納め。

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閉店が発表されてから連日大混雑。3月10日の土曜日は行列が建物の裏側まで延びてしまったとか。。

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店内には混雑を詫びる張り紙がたくさん。「お召し上がり下がりいただけます」という記述に混乱の一端を感じさせる。

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平日午後。2時間待ちでようやくたどりついたフルーツパーラーの入り口。

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1,150円のホットケーキセット。表面がカリッとした独特の味わい。

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▼定期購読している月刊誌から「定価ならびに年間予約購読料金改定のお知らせ」という案内状が届きました。
それによると、月刊誌の通常号定価は3月号から940円に改定。年間予約購読料金は2012年の6月号から改定し、更新契約分から適用になるそうです。

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ラジオライフDX Vol.2

▼三才ブックスから「ラジオライフDX Vol.2」が発売になりました。
昨年12月19日に発売された1冊目の「ラジオライフDX」が大好評で、今年から年4回(3、6、9、12月?)の定期刊行が決まったとか、決まらないとか!?
例によって許可をいただきましたので、表紙の写真を掲載します。

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ラジオライフDX Vol.2の表紙。JVCケンウッドの新製品、TH-K40を掲載。


▼第1特集は「マニアの個人輸入」。為替相場が円安に動いている今が、個人輸入の享受を受けられる“最後のチャンス"かもしれませんね。
第2特集は「デジタル無線」。…といっても解読方法ではなく、主要な無線のデジタル化の現状、アマ無線におけるデジタル音声通信(D-STAR、八重洲無線のC4FMのFDMA方式)、351MHz帯のデジタル簡易無線登録局のインプレッションと飛距離実験でした。この351MHzのデジタル簡易無線は、誰でも無資格で使えて出力は5W、外部アンテナも使用可能で通話チャンネルは30ch(CQを出して不特定多数とも交信可能)というシステムで意外に面白そうです。
さらに第3特集は「AKB48コンサートワッチ」。秋葉原のAKB48劇場から漏れるワイヤレスマイクの音声をワッチしたり、握手会の会場をウロウロしたりと、いにしえのRL誌っぽいテイストで安心して読めました。

▼私が興味深かったのは、第1特集の「マニアの個人輸入」に出ていた“昔のJA局のQSLカードが海外オークションで高値で取引されている"というネタ。こうしたカードを一生懸命落札し、コレクションしている人がいることに驚かされました。

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オークションで落札した、昔のJA局のQSLカードに関する記事。


▼もう一つ。個人輸入なら3,000円台で入手できる、中国製の144/430MHz帯のハンディ機・UV-3Rシリーズ(通称:中華ハンディ)が人気です。このモデルの内部解析や、“合法アマ無線機"として使うための改造や免許申請術が掲載されていたのですが、これはIC-2NやIC-02N、C500、C520といった機種を次々に解析・改造した1980年代のRL誌の記事を彷彿とさせて面白かったです。

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UV-3Rシリーズ。合法で使うには国内法に合わせた変更(改造)と申請が必要。


★ラジオライフDX Vol.2
・Amazon→ http://www.amazon.co.jp/dp/4861994535/
・三才ブックスのサイト→ http://www.sansaibooks.co.jp/cgi-bin/list.cgi?detail=700

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▼コナミは子会社のハドソンを、3月1日付けでコナミデジタルエンタテインメント(KDE)に吸収合併することを決定。ハドソンという社名の消滅が確定しました。
このハドソンのルーツが、1973年に創業した札幌市のアマチュア無線ショップ「CQハドソン」であることをご存じでしょうか。同社キャラクターとして長年活躍した「ハチ助」君は、1974年当時「JA8スケ」という名前で、無線雑誌の広告にも登場していました。 合掌…

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月刊「Hamライフ」誌広告より。当時はJA8スケクラブも組織されていたのですね。

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あけましておめでとうございます。
2012年も当ブログをご愛顧いただきますよう、よろしくお願い申し上げます。

2012/01/01  hamlife

※写真は2011年の北海道移動運用中に遭遇した、野生のオジロワシ(中川郡豊頃町幌岡南9号地先にて撮影)。

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