― 釜山旅行1日目 ―後編
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まず 引越しのため更新が遅くなりごめんなさい <(_ _)> では では 前回は釜山について昼食をとり、韓国チームは休息 んで、われらジャパンチーム(Cちゃんと私)は釜山探索へ カジャ〜(行くよ) 宿を出てまず右方向へ ⇒時計と反対周りで探索しました そこで目指したのが釜山タワーのある竜頭山公園(ヨンドゥサンコンウォン)でした この公園、日本とかかわりのある=因縁のある公園なのでした 「龍頭山公園は日本の植民地時代が終わりに近づく1944年公園とされ、記念碑が建てられました。1957年には朝鮮戦争当時、釜山に臨時政府が置かれたことに由来して、李承晩(イ・スンマン)の号をとって雩南(ウナム)公園と呼ばれ、1966年に再び龍頭山公園の名に戻りました。植民地時代には日本式の神社もあったそうで、韓国の激動の歴史をこの公園は見守ってきたのでした」 だそうな! 公園の中に鐘があったのですが帰ってきてから鐘の意味を知り心痛む思いでした 釜山タワーと共にそびえ建つ銅像=李承晩(イ・スンマン)将軍とは 「豊臣秀吉が朝鮮半島に攻め込んだ文禄・慶長の役の時の李氏朝鮮側の将軍。朝鮮水軍を率いて日本軍との戦いに活躍し、その功績から韓国では国民的英雄となりました。」 ・・・前回ソウルに行った時、道のど真ん中に立派な銅像が建っていましたが この銅像もイ・スンマン将軍だったようです〜 ←Cちゃんへ ※ 旅行当時は東京タワーを見るような気持ちで眺めていた釜山タワーや公園 韓国は昔日本の植民地、日本ではあまり当時の内容を詳しく勉強させませんが 韓国人はしっかりと勉強されています。 3日目の夜も韓国の方と一緒に訪れたこの公園、このブログを書くために調べた公園に こんな意味合いがあったなんて、今とても複雑な心境です。 龍頭山公園まではエレベーターで行くほど高い所にあります その為天候も下界とは違って急に大粒の雨が降ってきました 慌てて下山??して 今度は 国際市場(クッチェシジャン)へと歩き出しました 国際市場にも やっぱり日本が関係してたんですね 「国際市場の歴史 国際市場がその姿を現したのは1945年の韓国独立の時だと言われています。その当時、この地に居た日本人が立ち去る際に戦時統制物資を売り始め、その当時はただの空き地であった場所に自然発生的に常設市場が生まれたんだそうです。その後、1950年の朝鮮戦争以後、北部からの避難民が商売を始め、市場としての形が形成され、大きくなったと言われています。」 またまた、そんな歴史も知らない私たちは 物があふれる市場を探索! 世代を問わず、歩いているだけで楽しいところです。 急に雨が強くなり入った洋品店で 面白い出来事が発生!!(*^。^*) 店員の女の子が日本語の勉強中なんですってヽ(^o^)丿 私は韓国語の本を、彼女は日本語の本を持って 記念撮影☆ 1ヶ月後に新宿に買い付けに行くとやらで、私たちは雨宿り兼ねて日本語の指導中??? 変な日本語表記の本を書きなしてあげるなど、楽しかったですぅ 顔は日本人と似ている韓国人だけど 気づいたことは髪の色 日本のブディックのお姉ちゃんなら茶髪のイメージ 韓国人は全体的に髪の毛を染めている人はあまり見かけません あと、歩き方が違うんですって 日本人は内股、韓国人はがに股 うんと楽しみ、うんと歩き、うんと雨に濡れ 日もすっかり暮れてジャパンチームは宿へと戻りました〜゚+。:.゚ヽ(*´∀`)ノ゚.:。+つづく
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