文花座

歌舞伎、宝塚歌劇団、劇団四季・・・大好きな舞台の感想をつらつらと♪

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追悼・五代目 中村富十郎丈

お正月休みも明けて初出勤の朝。
御屠蘇気分も抜け切らぬ、甘えたな機嫌で半分寝ながら朝ごはんを食べていたのです。
ラジオが言った「中村富十郎さんが亡くなりました」
一瞬で目が覚めた、なんて鮮やかな冗談!けれどニュースは冷静で、そのプロフェッショナルな口調に澱みはなくって、言葉がどんどん現実を積み上げていきました。
富十郎さんの心臓の鼓動が消えてしまった、もう、祈りも奇跡という言葉も無意味なのだという、いやぁ嘘だろう冗談だろうと思うその間にもどんどんどんどん事実が積み上がって、でも、誰もそのことに抵抗もしないのです。
いや、抵抗しないのじゃない。「できない」のだ、事実だからだ、やっと理解しました。
本当に、富十郎さんが死んでしまった。

記憶に、それこそブルーレイ並みの高画質で残っている富十郎丈の演技があります。今も、胸の中に呼びかければいつだって上演できる。
十八代目中村勘三郎襲名披露狂言「盛綱陣屋」、主役の盛綱は勘三郎丈、富十郎丈のお役は和田兵衛でした。
お役のこまごまとした云々はいいでしょう、二人は死をすぐ傍らに控えさせた武将同士、敵対する間柄です。
富十郎丈(演じる和田兵衛)の懐の深さ・・・いや、イメージで言うと「ふところ」なんていう小さな、内向きの範囲に収まりきるものじゃなかった。
青空。それもその向うに暗黒の、永遠の、完全な無であり無限の有である「宇宙」を従えた青空。
あの和田兵衛を、自分の感覚に一点の嘘もつかずに表現しようとしたら、抽象的ではあるけれどまさにこれしかありません。
常に傍らに居る「死」の存在を誤魔化さず、しかし生を諦めていない、あるがままを受け入れ、いささかも怯まず、臆せず、あけっぴろげで、太陽のように明るく、自然体である。
悟りという言葉から抹香臭さを抜いた感じ。
秋の空のように寂しく明るく、涼しく澄み渡って、どこまでも突き抜けて、高い。
盛綱と兵衛は敵同士であるにもかかわらず、敵の目をまっすぐに見据えて、言葉やら利害やらそんな人間にとっての「枝葉」には一切頓着せずに、むきだし裸の魂同士で対話する・・・その骨太の、爽やかさといったら!
そのがっつりとした、いわゆる「漢」の清潔感、究極の意味での童心、それこそ女の出る幕じゃぁない犯しがたい聖域感!
現代的な感覚で言えば、富十郎丈、別に美男じゃありません。
けれど、この和田兵衛に私は心底、惚れました。
私はこんないい男、はじめて見たと思いました。

富十郎丈といえば・・・これはちょっぴりワルクチ!?にもなっちゃうのですが、初日開けてすぐの舞台なんかだと、台詞が入っていないことがよくありました。
後ろで台詞を付けるプロンプターの声がはっきり聞こえて、その言葉をそのまんま富十郎丈のお声がなぞっていく、なんていう、ちょっとギャグみたいなこともあったなぁ。
私が歌舞伎を観始めてすぐの頃。私も若かった・・・というか、カブキズキ界での幼稚園児には、まっすぐな正義感というか、やたら潔癖な真面目さがあって、舞台を極端に神聖視したがるんですね。だから、そういうのすごく嫌だったんです。そんなの舞台に対する不真面目不誠実であると。目に見える部分しか見えないものだから。
でも、悔しいことに、私はそんな演技にさえ心を動かされてしまったことがある。
悔しい悔しいと思いながら、感動してしまった。観劇に求めていた「欲しいもの」を満たされて、満足してしまったんです。
台詞回しの妙に、人間描写の説得力に、その「芸」に。
理性は反発しているのに、本能は満足してしまったのでしょうね。
だから、生意気な悪口なんかで毒づきながらも、富十郎丈の出る舞台は大歌舞伎だと信じてお金を払ったのです。いや、払えたのです。
「お金を払える」って言い方は、潔癖な理想家には俗っぽいし、下世話に感じられるでしょう。けれど自分でお金を取ってくる人ならわかるはず、それがものの価値の真実です。
「芸が若い」人の未熟さも、それを補って余りある情熱に、誠意に抱かれていれば美しいと思います。けれど、はっきり言ってしまえば私は「熱意に対して」だけでは、お金を払えない。そういう舞台のために支払うチケット代に名前をつけるなら「応援」「未来への投資」「ひと時の快楽」・・・時折、競馬の大穴のような万馬券をつかむこともありましょうが、いわば「ギャンブルにつぎ込む捨て金」です。羽根の生えた浮き金、ご祝儀、いわば洒落です。
代金と、精神的な意味での対価が正当なものとは思っていない。
舞台芸術において、それを得る為にお金を払う価値があるのは「芸」に対してだけです。
それは「今」目の前にあるこの時だけじゃない、彼が生きてきた時間、積み重ねてきた稽古、肉体に取り込んできた技術、恨まれた託された夢見られた運命と、才能、先に死んだ人の命ごと。その蓄積に対する、尊敬と信頼。それら全部を内包した「芸」ってもの。

富十郎丈が教えてくれました。歌舞伎っていう娯楽に対する、観客の(私の)心の中のエゴイズム。清濁併せ呑む、残酷さ、リアルさ、冷徹さ。
そして、舞台の上では「真に価値あるものの存在」だけは何にも犯されないっていうこと。そう、人気にも、美貌にも、若さにも。

富十郎丈を観るためのチケット代、きっちり還ってきました。
記憶の中に収まった財産の、まっとうな・・・いや、そうとう「お買い得な」対価として。

富十郎丈がいつかインタビューで、こんなことを仰っていました。

息子の鷹之資が二十歳になったら、富十郎の名前を彼に譲りたい。
そうなったら自分はなんて名にしようかな。
「富くじ」なんてどうだろう!

「富くじ」丈に、「大当たり!!」なんて機嫌のいい大向こうが掛かって。
その大らかなめでたさに、歌舞伎座につめかけた満場の観客がどっと笑う。
新富十郎丈の清かな凛々しさと、福福しい守り神さまの笑顔。
そんな景色は、未来の現実だと思っていました。根拠もなく、信じて疑わなかったのに。

満81歳というお年を、若すぎるなんて言ったら怒られてしまうかもしれないけれど・・・
富十郎丈は、明朗な芸質ゆえか、溌剌と明るいその存在感ゆえか、とても若く思えました。お体が利かないことなんかあったはずなのに、舞台姿はすごく若く見えて、だから、富十郎丈逝去のニュースから受けた衝撃は、感覚的には50代60代の働き盛りが突然亡くなったと聞かされたショックに近かった。
そして、実年齢を聞いて二重にびっくりしたというのが正直なところです。
人生を全うされた方に、もっともっとをねだるのは浅ましいと知りつつも、もっともっと時間が欲しかった。悔しい、悲しい、惜しい、まだ早い・・・そういう、ガツガツした餓鬼の心を観る者にむき出しにさせるだけ、富十郎丈はなんというか、生命力に溢れていらっしゃいました。
もう、富十郎丈の未来が歌舞伎の板の上にないなんて、冗談きついよう。

思い出したこと、もうひとつ。
富十郎丈を特集したご本を読んだ時、お母様の吾妻徳穂さんが何かのスピーチで「私が、一さん(←富十郎丈のご本名)を産んであげたのですよ!」と仰っていた、というエピソードが載っていました。
舞踊の名手が、息子をこの世に届けたことをこんなに朗らかに誇っている!
舞踊界に中村富十郎の存在があることは真に価値があることなんだって、そうはっきりと親が口にできる存在。
カッコいい!ものすごく。

富十郎丈の舞台を観られたこと、幸せでした。
でも不思議、もう亡くなってしまった方なのに、いつかまた会えそうな気がするのです。それもまた、富十郎丈らしさなのかもしれません。

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【義太夫を読む!】『新版歌祭文 野崎村』 ―その14―

―初めての方は「その1」から順番にお読み下さい―
その1 http://blogs.yahoo.co.jp/hana_yukiyanagi/53216454.html

【第14回テキスト 義太夫原文】

燃ゆる思ひは娘気の細き線香に立つ煙。
「サアサア親子とて遠慮はない。もぐさも痃痞も大掴みにやつてくれ」
「アイアイコリヤマアきつうつかへてござりますぞえ」
「さうであらうさうであらう。ついでに七九もやつてたも。オツトこたへるぞこたへるぞ」
「サア父様すゑますぞえ」
「アツアツアアア、アアえらいぞえらいぞ。ハヽヽヽヽイヤモウモウあすが日死なうと火葬は止めにして貰ひませう。丈夫に見えても古家。屋根も根太もこりや一時に割普請ぢや。アツアツアツ」
「オオ父様の仰山な。皮切はもうしまゐでござんす。ホンニ風が当ると思や。誰ぢや表を開けたさうな。締めて参じよ」と立つを、引止め、
「ハテよいわいの。昼中にうつとしい。ノウ久松、久松、久松、コリヤ久松。よそ見してゐずと、しかしかと揉まぬかいの」
「サアよそ見はせぬけれど、覗くが悪い。折が悪い、悪い悪い」と目顔の仕かた。
「ヤ悪いの覗くのと、足に灸こそすゑてゐれ、どこもおみつは覗きはせぬが」
「サアアノ悪いと言ひましたは、確か今日は瘟こう日。それに灸は悪い悪いとサいうたのでござります」
「エヽ愚痴な事を。このやうに達者なは、ちよこちよこと灸をすゑ作りをする、そこで久作。アツアツやっぱり熱いわいハヽヽヽ。ムなんぢやわい、わが身達も、達者なやうに、灸でもすゑるのがおいらへの孝行ぢやぞや」
「オヽさうでござんすとも。久松様には振袖の美しい持病があつて、招いたり呼出したり、憎てらしい、あの病ひづらが這入らぬやうに、敷居の上へエヽ大きうしてすゑて置きたいわいな」

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【原文】
燃ゆる思ひは娘気の細き線香に立つ煙。

【解説】
久光と恋仲であるというお染の出現に、嫉妬と怒り――その本質は不安と怯え、でもありましょう――カッカとのぼせるお光。「気の細き」とは神経質・気が小さい・臆病という意味。「細き」という言葉が、灸をすえるのにも使う線香の形へとつながります。
さらに想像を膨らませれば、若い娘の細い体のてっぺん、つまり頭から、ぷんすか煙(=湯気)をたてる様子と、線香のてっぺんが真っ赤に燃え、ちりちりと自らの身をすり減らし、ひと筋の煙があがっていく様が重なって見えますね。

【原文】
「サアサア親子とて遠慮はない。もぐさも痃痞も大掴みにやつてくれ」
「アイアイコリヤマアきつうつかへてござりますぞえ」
「さうであらうさうであらう。ついでに七九もやつてたも。オツトこたへるぞこたへるぞ」

【解説】
久作の台詞。
「親子なんだから遠慮は要らない。気を遣ってちまちまやられたって効かないから、思いっきりやっちまっておくれ!」
『もぐさ』とは灸につかう治療薬(=ヨモギの葉を干し、臼でついて作る綿状のもの。灸を据える際に燃やす材料)のこと。たくさん盛れば一層熱いわけですが、その分キクんでしょうね。
『痃痞(=痃癖、けんぺき)』とは肩凝りを治す按摩術のこと。強めマッサージを御所望というわけ。

久松の台詞。
「はいはい、わかりました(と、揉み始める)うわっ固い!こりゃ凝ってますね!!」

久作の台詞。
「そうだろう。ついでに頭痛のツボも押してくれ・・・おっと、こりゃ効く、効くねぇ!」
『七九(=糸竹空、しちくくう)』とは眉毛にあるツボのこと。眉尻あたりにくぼみがありますでしょ。このツボを押すと、目の充血、結膜炎、頭痛、頭痛に効くと言われています。
長い解説、読みつかれたらぐいっと押してみて(笑)

【原文】
「サア父様すゑますぞえ」
「アツアツアアア、アアえらいぞえらいぞ。ハヽヽヽヽイヤモウモウあすが日死なうと火葬は止めにして貰ひませう。丈夫に見えても古家。屋根も根太もこりや一時に割普請ぢや。アツアツアツ」

【解説】
今度はお光が灸にとりかかります。
お光の台詞。
「さ、お父さん、お灸すえますよ・・・じっとしててね・・・」
ツボにもぐさを盛り、線香で火をつけます。

久作の台詞。
「熱っ!熱い熱い、うわぁこりゃ大変だ大変だ。あはははは(と、もう熱過ぎて笑っちゃう(笑))いや、こりゃ、明日死んだとしても火葬はやめてもらいましょ。あつっ、熱い!」と強がりつつの軽口。
そして「丈夫そうに見えても古家」と自分の老体を家に例えて。
『割普請』とはひとつの普請をいくつかに分担して行なうこと。つまり、屋根も根太も、とは頭(肩)には久松のマッサージ、足にはお光の灸と、自分の体を総取っ掛かりで治療をしてくれていることをユーモラスに表現しているわけです。

【原文】
「オオ父様の仰山な。皮切はもうしまゐでござんす。ホンニ風が当ると思や。誰ぢや表を開けたさうな。締めて参じよ」と立つを、引止め、

【解説】
久作の大げさな軽口を受けて、お光の台詞。
「もう、お父さんったら大げさなんだから〜!皮切(=最初に据える灸のこと)はもうおしまいよ」
灸が熱くなる原因といえば、燃えるもぐさに風が入るということ。燃えているところに空気(=酸素)を吹き込むと一層よく燃えますでしょ。
その連想から、戸口を開けて中を覗きこんできたお染の姿を思い出し、むらむらっと怒りの炎が大きくなったお光。
「そうそう、なんだか風が入るわねぇ!誰かさんがまた戸を開けたんじゃないかしら!閉めてこなけりゃぁ!」と立ち上がろうとする。
それを久作は引き止めて。

【原文】
「ハテよいわいの。昼中にうつとしい。ノウ久松、久松、久松、コリヤ久松。よそ見してゐずと、しかしかと揉まぬかいの」

【解説】
久作の台詞。
「どうしたお光、戸が開いていたって別に構わなかろうに。昼間からそんなに締め切ったら、風も通らずむさくるしいじゃないか――」
なぜか戸口にばかり気を向けるお光を不思議がる久作。久松も、お光の態度に「?」と思ったのでしょう、ふと戸口に目を向けて・・・あぁっ!そこにいるのはお染お嬢様!!
お光ちゃん(^^;・・・残念、完全ヤブヘビです!!

久松は動揺に気もそぞろ、目は泳ぎ、手がおろそかに。久作は「どうした?久松、よそ見してないでしっかり揉んでくれ」とダメだしします。

【原文】
「サアよそ見はせぬけれど、覗くが悪い。折が悪い、悪い悪い」と目顔の仕かた。
「ヤ悪いの覗くのと、足に灸こそすゑてゐれ、どこもおみつは覗きはせぬが」
「サアアノ悪いと言ひましたは、確か今日は瘟こう日。それに灸は悪い悪いとサいうたのでござります」

【解説】
ダメだしされた久松、しどろもどろで言い訳。
「い、いえ、よそ見しているわけじゃないんですが・・・覗いちゃまずい、今はまずい、まずい・・・」
ボソボソとつぶやく久松に?な久作は「お前さん、何いってんの?誰が覗くというのだ。お光は覗いちゃいるまいが・・・」
墓穴を掘った久松は必死に言い訳。
「えっ、あの、まずいって言いましたのは・・・あっそうそう!確か、今日は瘟こう日だったと思い出したんです!今日は灸をしちゃいけない日だった、だからまずいって言ったんです!」
『瘟こう日』って何でしょう?良くわからないんですが、まぁ、お日柄なりお縁起なりで、灸をすることがよくない日なんでしょう(←いいかげん(^^;)

【原文】
「エヽ愚痴な事を。このやうに達者なは、ちよこちよこと灸をすゑ作りをする、そこで久作。アツアツやっぱり熱いわいハヽヽヽ。ムなんぢやわい、わが身達も、達者なやうに、灸でもすゑるのがおいらへの孝行ぢやぞや」

【解説】
久作の台詞。
「何言ってんだ、灸が悪いなんてことありますかいな。俺がこんなに元気なのは頻繁に灸を据えて健康作りをするから、それで久作って名前なんだよアッハッハ(とオヤジギャグ。)
あっつ、熱い・・・ん、なんだな、お前達も健康づくりに灸でもすえて、元気でいてくれるのが親孝行ってものだよ」

【原文】
「オヽさうでござんすとも。久松様には振袖の美しい持病があつて、招いたり呼出したり、憎てらしい、あの病ひづらが這入らぬやうに、敷居の上へエヽ大きうしてすゑて置きたいわいな」

【解説】
若い二人の健康、幸せを願う久作の言葉の尻馬にのっかって、お光はぷりぷり怒りの口上!
「その通りよ!お灸が必要だわ。久松さんには『振袖の、美し〜い』バイキンがくっついてるのよね!招いたり呼び出したりしつっこくまとわりついて、憎らしいったらないわ。あのバイキンがうちの中に入ってこないように、敷居の上におっきい灸でも据えて悪いモノをおっぱらっちゃいたいわ!!」
と、痛烈なあてこすりを言います。

――その15へ続く――

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【お茶会Review】宝塚宙組 北翔海莉 「クラシコ・イタリアーノ/ナイスガイ!」お茶会―Final―

――はじめての方はその1からお読みください――
その1 http://blogs.yahoo.co.jp/hana_yukiyanagi/61570941.html

《My Way》

ひな壇に戻った北翔さんは、傍らの譜面台に目を落とし、次の準備をはじめるようにそれの位置を整えながら話し出しました。

「専科入りの発表があってからというもの、たくさんの方が私に声をかけて下さいます。
紫吹淳さんや――いちばんは大空さんなのですが、観劇にいらした湖月わたるさんも楽屋に来て下さって、新専科でのご自分の経験や、アドバイスを色々と教えて下さいました。
たくさんの言葉を頂いた中で、皆さんが口を揃えて仰るのは「新専科で得た経験は、それからの自分を支えてくれる」ということでした。
宝塚にいる間はもちろん、宝塚を巣立った後にこそ、それを痛感すると。
間違いなく、苦労はするよ!って(笑)でも、得るものは確実に大きい。
同じ道を行った先輩方がそう、教えてくださいました。

誰一人、楽しいだけで生きてる人なんていないです。
誰だってそうです。
皆さん一人一人、それぞれの立場で、状況や悩みは共通じゃないですけど、毎日、頑張ってる。
体調が思わしくない方だっていらっしゃる。大きなプレッシャーの中で過ごしている方もいらっしゃる。
そんな皆さんを劇場にお迎えして、そのひと時を私たちに託して下さるのだから。
舞台が終わって帰るそのときに、その方の記憶の中で歌い、踊る私を「北翔も、しっかりやってたな。よし、私も!」そう思って頂けるように、私、心を込めて、精一杯やりますから。
前に進みます、皆さんと一緒です。
一緒に行きましょう。私、ここにいますから。

今の私の気持ちに一番ぴったりな歌です。『My Way』、聞いてください。」

源兵衛先生のピアノの音色、それだけを伴って、何にも持たず身一つの、歌そのもの。
それだけで。

歌は、優しく始まります。
過去への、うっすらと甘い追憶。
がむしゃらに、導かれる道を走った記憶・・・胸で暴れる心臓の鼓動も、限界にたどり着いたと信じたその瞬間も、今思い起こせばやはり幼く、未熟なものだった。
ただ、その過去だけが、幼い記憶だけが、今ここにいる「自分」を愛しいと認めてくれる。
縋り、委ね、自分を支えることのできる唯一の存在―「自分」を創ってきた、記憶。

甘く、優しく懐かしく歌う声は、なんというか、自分を、赦しているかのように聞こえました。愛しんでいるかのように。
それは自己愛というのじゃなく、なんと表現したらいいのだろう・・・厳しい人が、特に芸に厳しい人が、一番嫌悪し憎むのって、自分自身をじゃないかと思う。
自分の未熟を、自分の弱さを、今を作り上げてきた自分の過去を。
けれど自分は自分でしかない、逃れたくとも魂が肉体を捨てることができない以上、その内面の愛憎劇は、血を噴いたことだろうと思うのです。
その上でたどり着いた赦し。愛しさ―――
北翔さんは、今、自分を信じることを得たんだとわかりました。
そして、自分に、ほかならぬ自分の未来を委ねることをも、決めたんだとわかりました。

導かれた道は、自分の後ろにだけ。
ここから歩む道は、自分の目が見、自分が体を向け、自分が決めて踏み出す一歩一歩。
その道が、どこに繋がるのか。なにに向かうのか。
冷静な傍観者として、今、タカラジェンヌとしての北翔さんの前に、誰かが準備してくれた既成のレールはないように思います(これは私一個人の感覚で、本当のところはわかりません)
遠くにぼんやり、夢だけ残して。
ファンそれぞれが胸に抱く夢と、期待と、希望は、いろんな方向に、いろんな場所に埋まっている。
北翔さんは、どこを目指すの?
地図もないままに――イヤ、地図はありますね。彼女の胸の中に――歩き出そうとしている。

私には愛する歌があるから
信じたこの道を私はゆくだけ
すべては心の決めたままに

激情が乱れた奔流となって、毅然と整った曲を破って溢れたのはこの歌詞の一瞬です。
迸るように力強かった熱唱の記憶が、今も鮮やかです。
すごかった。
本当にすごかった、北翔さんの『My Way』。

ファンができることは応援だけです。道を切り開くのは舞台成果だけです。
望むべくは、彼女が自ら選んだ道を、力強く全うすることが叶いますように。

《フィナーレ!》

腹の中にあるものを全部、全部押し出すような力強いロングトーンを断ち切った時、会場はもう、興奮とも呆然ともつかぬ異様な気配に包まれました。
泣いている人もいる、すぐにはものも言えない雰囲気の人も、ただめちゃくちゃに拍手する人も。
声を断ち切った一瞬後、パッと、まるで仮面を外したかのように北翔さんが笑顔になった。
ちょっと恥ずかしそうな、照れくさそうな、素の笑顔。
これがフワッと白くて、もうすっごいかわいらしくて、客席もつられて笑顔にならざるを得ません(笑)
一瞬前の歌手の姿が、別の次元の夢のように思えました。

そしてそのまま、お茶会はグランド・フィナーレ!

終宴を飾るいつもの歌。

♪お名残惜しいけれど お別れの時です
楽しいひと時に時間を忘れました
流れる時をとめられるなら
でもそれはできません またお会いしましょう♪

ちょっとクラシカルなメロディラインで、言葉をそのまま音楽に乗せたみたいな、子供たちがお別れに歌う「みんなのうた」的な印象の歌。
コレを北翔さんが歌うと、なんというかなぁ、「アー終わっちゃう!」っていう残念とか、寂しさとか、そういう「ちょっぴりネガティブ」をもう不思議なくらい「今日も楽しかった!」という100%の喜びに変換させちゃうんです、これホント、もはや魔術!!
面白いよー!何がって自分の感情の流れが(笑)
あっけないぐらい気持ちを手玉に取られて笑っちゃうぐらい。
次回、実際に体験してみたい方は、0120−○○―○○○○へ今すぐお電話を〜♪

そして、客席を練り歩きながら・・・
先ほどの抽選会で、最後の当選者が座っていたお席に歩み寄り、その方を覗き込むようにして。

♪楽しい時でした
○○さんと知り合えて 嬉しく思います♪

お名前入りのお歌をプレゼント(>▽<)これが抽選会で一番ビッグな、大当たりです!

ノリノリの北翔さん、最後は最後尾列の端に座っていた若い男性と息のあったハイタッチでパーン!と手を合わせ、会場を振りかえると、大きく手を振って元気に扉の向うに消えていかれました。

楽しいひとときは、これにて終宴。
今回も、笑って、泣いて、ジーンとして、背筋もシャンとさせられる。
とっても素敵なお茶会でした(^^)

―ついにFin!お読み下さってありがとうございました♪―

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【フリーペーパー:metropolitana(メトロポリターナ)】雪組トップスター・音月桂さんインタビュー記事『舞台への想いはますます強くなっています』

今日はウキウキ、宝塚観劇♪・・・と東京メトロを利用しまして、ふと目についたフリーペーパーのマガジンラック。

毎月10日発行『metropolitana(メトロポリターナ)』

コレ、特集記事なども凝っていて、無料とはとても思えないクオリティの逸品!
蘭♪蘭♪機嫌な帰り道、パラパラとめくっておりましたら・・・

インタビュー記事のグラビアに、尋常じゃなく綺麗な少年!?イヤ、この透明感とうっすらした甘さ、描線のなめらかさは男性のものじゃない。
思わず二度見の美貌は、雪組トップスター・音月桂さんでした!

カラーグラビア+インタビューで1ページ。
ご自分の宝塚との出会いから語る「宝塚の魅力」、そしてアットホームな雪組の風通しを支える「コミュニケーションの秘訣」、そして「最新作への抱負」。
公演に、更なる期待の膨らむお言葉です♪

『metropolitana(メトロポリターナ)』公式HPでグラビアお写真が見られます!
記事全文は本誌のみ♪↓
http://www.metropolitana.jp/contents/1203/interview.html

売切御免(無料だから売ってないけど)の先着配布!
東京メトロユーザーの皆様、音月ファンの皆様、ゲットはお早めに♪

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【お茶会Review】宝塚宙組 北翔海莉 「クラシコ・イタリアーノ/ナイスガイ!」お茶会―その10―

――はじめての方はその1からお読みください――
その1 http://blogs.yahoo.co.jp/hana_yukiyanagi/61570941.html

《「おたのしみ」は、ご一緒に。》

次なるプログラムは「おたのしみ」。
コレは何かといいますと、毎回、北翔さんがご自身で!プロデュース企画される趣向の一幕。
その時々によって、ドキドキの最接近戦!?握手会、公演のお役をキッカケにお稽古を積んだ楽器の演奏、もはやミニ・コンサート!のボリュームでたっぷり聴かせてくれるお歌・・・とさまざま。
毎回プロデューサーの胸一つですので、なにが飛び出すやら!?の文字通り「お楽しみ」メニューなんです。
今回は、ゲストに迎えた源兵衛先生に、据えられたグランドピアノ、譜面台・・・そりゃもちろん「お歌」です!いやったぁ!!(>▽<)

「今日は、皆さんとご一緒に歌いたくて。
ちょっと早いですが『きよしこの夜』を。プログラムの裏表紙が歌詞カードになっていますのでご覧下さい。
まず私がお手本で歌いますから、聞いていてね。次は皆さんですからね!」

そう言いながらひな壇から降りてきて、客席をゆっくりと歩きながら歌い始めます。
歌い上げる、っていう感じじゃなくて、まるで先生が目の前の生徒達に歌を渡していくかのような、かんで含めるような優しい、綺麗な声。
ボーカルに個性の芯がびしっと通った「北翔海莉」の歌じゃなくて、美しく優しい「この歌そのもの」を伝えようとするかのような歌声です。

曲調のクライマックス。
それまではまるで目の前の人に照準を合わせて歌っている印象だった声を張って、視線を上げて会場全体を仰ぎ、歌声そのものをばーっと広げるように、扇状に放つみたいに歌う。
なんというかね、その瞬間、ふわーっとした、あたたかい、優しい声の膜が会場全体に広がり、客席の上にふんわり落ちてくるような感じがしました。
一瞬ぼんやりする客席に「はい!次、皆さん!!」
会場が歌い始めます。
歌詞を先んじてちょっと早口で歌いながら、うん、いい!みたいな笑顔で会場を歩き回る北翔さん。すると当然のことながら客席の視線は・・・

「ちょっと皆さん、私のこと見なくていいから!歌詞カード見て!!」

会場から笑いが起きます、そりゃ無理です先生(笑)
そしてだんだん・・・完全ワタクシゴトなんですが、客席を歩いて北翔さんが近づいてくる!!
そうなるとね、視線はもう強制的にそっちにいっちゃう。でも先生厳しいし(笑)妙にテンションは上がっちゃうから、自分の歌声スピーカー調節が狂っちゃって、結構、しっかり歌っちゃいました。
大人仕様の口パクレベルじゃなく、完全に乗せられちゃって。
でも、こんな綺麗な歌を、自分の中にある綺麗な声で(上手い下手じゃなくてね)、歌うことって最近なかった。
北翔さんは「ご一緒に、歌いたくて」と言いました。
なんというか、彼女は、歌のもつ美しさとか、浄化作用じゃないけれど、そういうものを、客席にいる人たちに体感して欲しかったんじゃないかって、プレゼントしたかったんじゃないかって、って感じました。
歌の力を、ご自分こそが知っているから、信じているから。
イングリッシュバージョンから日本語バージョンと歌い繋いで、客席の声がかなりしっかりと盛り上がっていることに、北翔さんはとても嬉しそう!
歌い上げたとき、客席に向かって拍手しながら「ありがとうございます、すばらしい!」とお褒めの言葉。
客席も、一度くらい熱が上がったみたいな(笑)あたたかい高揚感に包まれました。

―ついにFinal!へ続く―
http://blogs.yahoo.co.jp/hana_yukiyanagi/61726789.html

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