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2010年4月9日

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ピリスのソナタ&バレンボイムの協奏曲

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こんにちのCD全盛時代、レコードはADと表記されている。CD(コンパクト・ディスク)に対抗したAD(アナログ・デスク)という訳だが、別段対抗しているのでもなく、多くの面においてCDの優位性は認められる。ノイズのないきれいで澄み切った音だが、それイコール良い音というのは違う。日本でCDが発売されたのが1982年10月1日、自分が始めて購入したCDは、グレン・グールドの「ゴルトベルク変奏曲」だった。
 
とにかく利便性という点においてCDは革新的である。カセットテープも後年、無音信号を自動感知した頭出しを可能にしたが、任意のトラック(無信号場所)まで走行する待ち時間が煩わしい。それに比べトラック内をインデックスで分割されたCDの頭出しは瞬間といっていい。ところが、グールドのゴルトベルク初期版は、51分18秒のワントラックという珍品である。
 
最初から最後まで通して聴かなければならず超不便。その理由はCD開発過程で、曲の分割・頭出しはトラック(上位)・インデックス(下位)という2段階方式で 、トラック 内をインデックスで分割している 。CD開発メーカーSONY傘下CBSは、初期には積極的にインデックスをつけたディスクを出したし、 グールドのゴルトベ ルク初期版もワントラックとはいえ、インデックスで全変奏の頭出しは可能である。
 
ところがインデックスの普及が芳しくなく 、ハードメーカーではインデックスを省略するプレーヤーが多く出 現し、 CD開発メーカーのユニバーサル( フィリップス、デッカ 、グラモフォン)が最初からインデックスに熱心でなく、連続の長 い曲をトラック分けで出すようになったことで、他社もトラック分け方式に追従したものの、便利なものは圧倒的にその便利さを追求すればいい。
 
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グールドはゴルトベルクのデジタル録音を1981年に完成させ、CDが初めて発売された1982年10月1日の3日後10月4日に亡くなった。彼の演奏家としてのデビューがこの「ゴルトベルク変奏曲」(1955年録音)であったことを思うと、この曲とグールドの深い因縁を感じる。謎の多かったグールドは、多くの文献で大方解明されたが、今後現れることもない不世出のピアニストであるのは間違いない。
 
初めて購入したCD、「ゴルトベルク変奏曲」の第一音、左右ユニゾンG音の輪郭のあるクリアーな音の余韻はいまだに残っているし、演奏中に不気味な唸り声をあげるグールド盤の特長は、分離のいいデジタル録音でより鮮明に浮きあがることとなった。エンジニアたちは演奏中歌い癖のグールドに困り果てたろうし、進言もしただろうし、それでも彼の唸り声は止む事はなかった。
 
デジタル録音がどれだけ音楽界に革新を与えたか、それはクラシック音楽のような弱音に富み、アコースティックな自然音楽器のジャンルでは効果が大きい。ロックなどの大音量出っぱなしのうるさい音楽にそれほどにメリットはない。ただし、デジタル録音だからといってもアナログ盤では、必須のスクラッチノイズが減少することはないが、そのノイズを超えたクリアな音に聞き惚れる。
 
アナログ盤はカートリッジを換えることで音の変化を楽しめる利点があった。アンプやスピーカーは早々換えられるものではないが、カートリッジ、つまり音の入り口を買えるだけで、音の出口(スピーカー)に影響する。Ortofon、Shure、Audio-Technica、Denonなどのカートリッジが懐かしい。オーディオマニアは過度特性の優れたカートリッジが、音盤のスクラッチノイズを軽減させることを知っていた。
 
イメージ 1アナログ録音の終焉から、やがてデジタル録音主流に変わるだろうCDメディアに先駆け、デジタル録音機によるADも話題になった。菅野沖彦氏といえば知る人ぞ知る録音技術の達人だが、彼は朝日ソノラマ退社後フリーの録音技師を経て、1971年オーディオラボというレコード制作会社を設立した。自分の所有する彼の手になるピアニスト宮沢明子のディスクは、アナログ録音でありながらも実に奥行きのある、ワイドレンジの素晴らしい録音である。60年代のアメリカンポップスに多重録音手法でヴォーカルに厚みや立体感を出した名プロデューサー、フィル・スペクターのクラシック版といったところだろう。 ここに二枚のレコードがある。二枚というより二セットというべきだろう。マリア・ジョア・ピリスの「モーツァルト・ピアノソナタ全集」と、ダニエル・バレンボイムの「モーツァルト・ピアノ協奏曲全集」だ。オーディオ装置に拘る「音派」という道楽は卒業したが、それでも高性能管球式アンプと、タンノイの同軸フルレンジスピーカーで、ゆったりこのレコードを聴きたいとの願望は捨てきれないでいる。
 
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思っていることと出来ることは別だが、思っていてもしないことは、「出来ない」というより、「しない」のだと思っている。思ったことを即実行する情熱、若さが廃れたのだろう。CD全盛の時代でもアナログレコードに対する評価は強く残っているし、それは懐古主義的なものではない。やはりアナログレコードは音があたたかく、それが有機的空間を醸し出すからだろう。人は有機体である。
 
ピリスは最近の表記ではピリシュとされ、マリア・ジョアン・ピリシュで統一されているが、1974年当時の表記はマリア・ジョアオ・ピリスとなっている。デンオンがデジタル録音機を開発し、それで当時無名の29歳のピリスがソナタ全集録音に抜擢された経緯の詳細を知らない。が、このレコードに初めて針を落とした時の驚き、感動は今でもハッキリ覚えている。
 
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既存ディスクでモーツァルト弾きとして、ギーゼキング、ヘブラー、クラウス、クリーンらとは違う、正統的というよりは、自由な、いかにも少年モーツァルトの作品を奏でる29歳女性の音楽は少女のようであった。コンクールのような丁寧で端正な演奏でありながら、グルダに匹敵する奔放さがある。彼女はモーツァルトを手中にしているのか、長年の間弾いて弾いて、弾きまくったような、そんな我がモノの自由さである。全集のブックレットには吉田秀和氏がピリスのモーツァルトをこう述べている。
 
「要するに、どこにも「うつろな」、ただ音をころがしているようなところがない、また、折衷的で、いろいろなスタイルが混ざって、結局、灰色になってしまったような、そういう演奏は、たとえまちがってもしまいと決意した人の姿が、私にはみえるような気がする。この人のモーツァルトは、実に生きている。生きて、動いているモーツァルトであって、仮面をかぶった、自己を殺したモーツァルトではない。」
 
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何よりもデジタル録音(PCM録音)による、音のリアルさには所有する普通のアナログレコードとはまったく異質であったこと。キーのこつこつとした雑音までもが聴こえてくるようだった。当時は音楽を楽しむというより、学習していた時期もあって、全集すべてをカセットに録音した意外は針を落とした記憶がない。持っていても仕方がないので、お宝ではあるが、オークションに出品しようかと思案中だ。
 
手放せば二度と手に出来ないが、持っていても使わないなら聴きたいファンには喜ばれるだろう。この全集はCD化もされているが、CD特有の倍音感のない冷たい音に変わっていた。一本の弦をハンマーで叩く時の、88鍵ピアノに張られた全ての弦が共振する複雑な音やダイナミズムはCDでは無理だし、優れた録音であっても、再生音楽のトランジェント特性が生よりよくなることはあり得ない。
 
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ダニエル・バレンボイムの協奏曲全集は、ECO(イギリス室内管弦楽団)を自ら弾き振りしたもので、これも針は一回落としただけ。音楽を聴いて楽しむ、音のリアル感を追求するという姿勢はなく、ピアノの学習という命題が当時の実情であった。が、今は純粋に音楽を聴いている。いるけれども、熱い聴き方は今も変わらない。
 
バレンボイムはこの協奏曲全集の後も、モーツァルト・ソナタ全集のCD化と映像化、ベートーベン・ピアノソナタ全集のCD化及び映像化、そして指揮者として交響曲に、オペラに獅子奮迅の多忙さに頭の髪の毛が日増しに薄くなっている。まあハゲと多忙は関係あるまい。彼のオヤジのキンカン頭に近づいていってるだけだろう。他にも沢山レコードはあるが、この二枚はなぜか宝物って気がするのだ。
 
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花瓶にあふれるような花もいいが、モーツァルトは一輪挿しの花瓶である。彼の音楽が心地いいのは一輪挿しの良さだろう。ベートーベンのような、いかつい厚みのある音楽は、ソナタ一曲聴くだけで疲れてしまうのは自分だけではないと思うが・・・
 

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