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2012年2月1日

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感情と理性の狭間で…

昨日もいったが、「理性的判断」というのを自分はよく使う。「人間は感情の動物」と名指しされるくらい、感情は人間の行動の最大の動機となるものだ。その最たるものが「許されぬ恋」であり、近年それは「不倫」という言葉で定着した。一口に不倫といっても状況は多種多様で、20代独身女性と中年既婚男性の不倫は、女性側からすればまさに「許されざる恋」として悩み苦しむ。
 
悩みの根源は相手を想う心という内面の情動で、性的に利用する男とはそこが違う。よく既婚中年と不倫する20代女性を「性に翻弄された」との言い方をするが、皆無とはいわずとも「許されぬ恋」の本質は内面だと思う。男は若い女を性的に虜にしているとの自負や優越感があるが、女心としては「いっしょにいれるだけでいい」というものだし、それが男遍歴の少ない初々しき女性の心情だろう。
 
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男にとって「感情」は理性的判断や行動するのに邪魔になる。かつて男は集団で狩りや戦の場にいることが多かった。そこで一人が感情的になって逃げ出し叫びだしたりするなら、グループ全体が危険にさらされる。というように、感情は安全や成果を遠ざけるものであるからこそ、男は感情を恐れるようになった。逆に女性は「感情を表に出して相手に自分の気持ちを伝える」ことによって信頼関係を構築する。
 
不倫継続中の彼女には、「彼は私の肉体だけにしか興味がないのでは?」みたいな思いも過ぎるが、X'masや誕生日などのプレゼントがそれを打ち消してくれる。女の扱いに長けてる男はその辺りの女性の心を理解しているから、肉体だけではないのだと、思わせないところに気を配る。これも程度問題で、女性に無縁の男なら若い女の肉体に白目を剥いてガツガツするだけだろう。
 
こういうデリカシーの無さは経験の差だから、上記のような男はすぐに女に飽きられてしまう。プレイボーイというのは実にマメだということをガツガツ男は学ぶことだ。昨日の記事のような40代女の不倫にまったくの恋心がないとはいわないし、ただ逢ってやるだけの関係がいかにつまらないものかをその年代くらいになると判っている。判っているし、体型の衰えという年齢的ハンディも知っている。
 
イメージ 7それでも金銭一切合財を負担せねば続けられない関係に、相手男の愛情を読み取れないのだろうし、よほどの淫乱女でない限り体の関係だけでは続くまい。女はやはり恋心を大事にするものだから、デート費用を負担する相手やプレゼントをくれる相手には「愛されてる」を実感する。M的傾向の強い女は相手が遊びでも自分の気持ちが注がれていればいいと、昨日の女はまさにそうである。夫のことはしきりに「いい人」というが、妻のいう夫の「いい人」という言葉は、「可もなし不可もなし」程度であり、生活する上でギャンブルや女関係などで自分を困らせない亭主の見本みたいな意味だろう。
 
「いい人といいながらも生理的には気持ち悪い」となる。自分の夫を正面から「気持ち悪い」と公言する妻もいるが、キャッシュカードを握られてるだけでこのザマだ。省庁にあってもかつての大蔵省、財務省といった予算の配分を握っているところがデカイ顔をするのは当然だが、それにも益してキャッシュカードと別会計のヘソクリが妻の心の拠り所である事を多くの夫は知らないでいる。
 
なるほど通帳をどこにかくしているのやら、女のへそくりの楽しみというのはその数字が着実に増えることだ。こればかりは男も防ぎようがない。かなりの蓄財がある妻は、男なんてチョロイものと見下している。夫婦に隠し事があって悪いとは思わぬが、互いの隠し事を許容するマナー、大らかさは必要だろう。妻はヘソクリに勤しみ、夫は若い女をちちくる、こんなものは上下の隔てのない同列の享楽である。
 
夫の愛人の存在がバレた時に烈火のごとく怒る妻が、へそくった大金がバレたときにどういう言い訳をするのだろうか?「それとこれは違うでしょう」と、おそらくそういうだろう。会社や役所の会計担当者の不正蓄財が許されるはずがない。ヘソクリとは言葉を変えていえば横領だよ。夫婦間での窃盗、横領は刑法の規定で刑は免除されるがどっちもどっち、大差のない非理性的な行為といえる。
 
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『社会契約論』を著したルソーは理性を人間の本質としたし、理性を「真に自己」を作り出すものとみなしている。感情は人によって様々な違いや形態を持つが、何が正しいというのを突き詰めた理性というのはてんでんバラバラとはならない。それは真の利益が何かを教えるものである。それがロックやルソーの言説を支えている。つまり「理性的判断は普遍的」というのが彼らの信念だ。
 
各人は理性に従がって判断をする限り、各人の判断は一致する。例えば、男と女が逢瀬の際に、一方的な支払い負担を強要されたら支払い側が不服なのは当然だ。男の気概で勘定は男が持つのが当然と思うなら別だが、昨日の女性が文句をいいたい理由はよく判る。だから不満を超えて「おかしい」と自分に問うたわけだし、問われた自分も「おかしい」との理性的判断を下した。
 
何人かに問えば「おかしくない」と判断をする者もいるかも知れないが、仮に「おかしくない」と判断で不満が消えるはずがない。不満の根拠はおかしいであるから、それを続ければ不満は増幅される。おかしいことをおかしいと感じてもやる人間はいるだろう。だから自分は止められない限り、文句をいわずに貢ぎなさいといった。「おかしい」ことを理性でさっと止められる人間ならいいよ。でないなら続けるしかない。
 
イメージ 5「おかしいなら止める」、「止めないなら不満を持たない」が、最上の理性的判断だ。「おかしくても止めない」、「止めないけど不満は持ち続ける」と、こんなのは判断もなにもない。人の好き好きだから勝手にやってろってことだし、ならば他人に問うことではない。人に問うというのは、正しい答えを求めてるのではない場合が多い。特に女性は、「うんうん、その気持ちわかる〜、彼がすきなんだし」を喜ぶのだろう。男に問うてそんな答えはよもや出まい。何が正しく何が正しくないを決めるのは理性だから、例えば子育て中に子どもにそれができない親は、「親バカですからね〜」と自己弁護をするが、親バカといって自分を甘やかせるほどに子どもがかわいいんだろう。子どもがかわいくない親はいないし、そのかわいいの本質を突きつめると、他人から厭われない子どもを作ることだと思うのだが。
 
デパートなどで床にはいつくばって親に物をねだる幼児がいる。ねだられても買わないのが理性だし、それができる親は先を見通した教育観を持った親だ。買ってやることで親子双方の気持ちを満たす事と、買わないことで親子双方の気持ちを満たさない事と、それでも後者を選択するのが教育かも知れない。よく言われることだが、親は子を持つことで自ら成長するとは、そういうことをいう。
 
理性ではわかっていても感情の支配が強く沸き起こってくる。それは親にとっても何の快楽もない辛いことだ。人間が理性で思考し、それが正しいと結論した事でも、そこに「快」の感情が伴わない限り続かない。それらはダイエットや禁酒・禁煙の失敗例が実証している。このように書くと理性優位、感情下劣という風に聞こえるが決してそうではない。感情を良く知り、不用不急な感情を制御すれば良いだけのこと。
 
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親子関係とか、他人との距離感とかは、理性で判断できないことも多いが、感情優先を妄信した子育ての失敗は、決して親が責任をとれるものではない、そのことを肝に命じておけばいい。理性も感情も有する人間が、人間は感情に支配される動物といわれながらも自己の感情を抑制し、理性的な行動ができるその事を弁証法的にいうなら、人間はやはり感情の動物といえるだろう。
 
「耐乏の精神」は戦時中のスローガンか、「節約は美徳」から「消費は美徳」に大きくかわっていったように、最近の女性は耐えることをしなくなった。忍耐がかつてのような意味での忍耐ならそれを美徳とは思わないが、抑圧から解放された最近の女性をみて思うのは、自由の凌駕にはそれ相当の覚悟がいるという事だ。不倫の代償は大きいし、夫が興信所を雇って素行調査をした例も多い。
 
結婚適齢期というのは近年はいくつなのかわからぬが、仕事一途で対等に男と張り合って仕事をしたと、40歳近くになって慌てふためいてもそれは覚悟の問題と思う。そういう女性は同期の友人が20代で結婚するのを表目線はともかく腹では、「そんなに早く嫁いでどうするの」と、いささか攻撃的な思いを抱いていた。人間は他人を攻撃できるうちは、さして罪の意識を持たないもの。
 
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人間の攻撃心が「外」に向かうことが許される場合、人間はなかなか自分自身を責めないものだ。アラサー独身女性、アラフォー独身女性の苦しい婚活の様子がテレビで放映されるのを見ると、彼女たちは一貫して外罰型であるのが判る。外罰型の特徴は、悪いことは何でもまわりに押し付けること。何かあったとき、あるいはその責任を取る場合に、自分が悪いと思う内罰型で、他人が悪いと思う外罰型だ。
 
いずれも含め今の女性は周囲を責めることに長けている気がする。「この年(40代)だから、どうしても年収は1000万近い相手を望みます。自分が20代ならそこまではいいませんが」と、この言い分は好き勝手と思うが、本人にとっては至極当たり前の条件のようだ。40代の男で売れ残っているのは安月給のしがない男かも知れん。高収入者はとっくに家庭に収まっているだろう。そういう現実認識に疎い。
 
40代まで独身でいれば下手な相手など見つけようものなら周囲から何をいわれるか判らない、あげくバツイチは性格的に問題がありという偏見。こんなことを平然というアラフォー女の神経というのは一体なんなのだ。40代まで独身でいるから残りカスみたいな男しかいないという現実は頭の隅にもないらしい。こんな条件ではお目当ての相手探しも至難と思うが、焦らず、夢を絶やさずと結んでいた。
 
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「焦れよ!」と腹で思ったが、「大学を出てキャリアを積むために総合職を選択し、仕事に邁進してきた結果がこれですからね」と彼女たちのホンネを聞き、夢と現実のギャップで苦悩する彼女たちの悲哀をみた。彼女たちのいう「これ」とは、キャリアを積んでもいい縁談に巡り合わないとの不満だろうが、この国では女性のキャリアより気立てや若さが重要な結婚要素であり、そこを見誤ったというしかない。
 
「いい結婚」とは、「いい出逢い」ではなく、「いい結婚式」でもなく、「いい結婚生活」なのだろう。「いい結婚生活」とは「いい相手」を選ぶことではなく、互いが「いい結婚生活」にしていくことだろう。「いい相手」などは結婚する同士なら誰でもそう思ってるわけだから一種の思い込みだし、離婚したら「いい相手」でなかったことになる。結婚なんてのはとりあえずしてみるもので、してもみずにアレコレいうのは具の骨頂。

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