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音楽(classic)

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ピリスのソナタ&バレンボイムの協奏曲

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こんにちのCD全盛時代、レコードはADと表記されている。CD(コンパクト・ディスク)に対抗したAD(アナログ・デスク)という訳だが、別段対抗しているのでもなく、多くの面においてCDの優位性は認められる。ノイズのないきれいで澄み切った音だが、それイコール良い音というのは違う。日本でCDが発売されたのが1982年10月1日、自分が始めて購入したCDは、グレン・グールドの「ゴルトベルク変奏曲」だった。
 
とにかく利便性という点においてCDは革新的である。カセットテープも後年、無音信号を自動感知した頭出しを可能にしたが、任意のトラック(無信号場所)まで走行する待ち時間が煩わしい。それに比べトラック内をインデックスで分割されたCDの頭出しは瞬間といっていい。ところが、グールドのゴルトベルク初期版は、51分18秒のワントラックという珍品である。
 
最初から最後まで通して聴かなければならず超不便。その理由はCD開発過程で、曲の分割・頭出しはトラック(上位)・インデックス(下位)という2段階方式で 、トラック 内をインデックスで分割している 。CD開発メーカーSONY傘下CBSは、初期には積極的にインデックスをつけたディスクを出したし、 グールドのゴルトベ ルク初期版もワントラックとはいえ、インデックスで全変奏の頭出しは可能である。
 
ところがインデックスの普及が芳しくなく 、ハードメーカーではインデックスを省略するプレーヤーが多く出 現し、 CD開発メーカーのユニバーサル( フィリップス、デッカ 、グラモフォン)が最初からインデックスに熱心でなく、連続の長 い曲をトラック分けで出すようになったことで、他社もトラック分け方式に追従したものの、便利なものは圧倒的にその便利さを追求すればいい。
 
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グールドはゴルトベルクのデジタル録音を1981年に完成させ、CDが初めて発売された1982年10月1日の3日後10月4日に亡くなった。彼の演奏家としてのデビューがこの「ゴルトベルク変奏曲」(1955年録音)であったことを思うと、この曲とグールドの深い因縁を感じる。謎の多かったグールドは、多くの文献で大方解明されたが、今後現れることもない不世出のピアニストであるのは間違いない。
 
初めて購入したCD、「ゴルトベルク変奏曲」の第一音、左右ユニゾンG音の輪郭のあるクリアーな音の余韻はいまだに残っているし、演奏中に不気味な唸り声をあげるグールド盤の特長は、分離のいいデジタル録音でより鮮明に浮きあがることとなった。エンジニアたちは演奏中歌い癖のグールドに困り果てたろうし、進言もしただろうし、それでも彼の唸り声は止む事はなかった。
 
デジタル録音がどれだけ音楽界に革新を与えたか、それはクラシック音楽のような弱音に富み、アコースティックな自然音楽器のジャンルでは効果が大きい。ロックなどの大音量出っぱなしのうるさい音楽にそれほどにメリットはない。ただし、デジタル録音だからといってもアナログ盤では、必須のスクラッチノイズが減少することはないが、そのノイズを超えたクリアな音に聞き惚れる。
 
アナログ盤はカートリッジを換えることで音の変化を楽しめる利点があった。アンプやスピーカーは早々換えられるものではないが、カートリッジ、つまり音の入り口を買えるだけで、音の出口(スピーカー)に影響する。Ortofon、Shure、Audio-Technica、Denonなどのカートリッジが懐かしい。オーディオマニアは過度特性の優れたカートリッジが、音盤のスクラッチノイズを軽減させることを知っていた。
 
イメージ 1アナログ録音の終焉から、やがてデジタル録音主流に変わるだろうCDメディアに先駆け、デジタル録音機によるADも話題になった。菅野沖彦氏といえば知る人ぞ知る録音技術の達人だが、彼は朝日ソノラマ退社後フリーの録音技師を経て、1971年オーディオラボというレコード制作会社を設立した。自分の所有する彼の手になるピアニスト宮沢明子のディスクは、アナログ録音でありながらも実に奥行きのある、ワイドレンジの素晴らしい録音である。60年代のアメリカンポップスに多重録音手法でヴォーカルに厚みや立体感を出した名プロデューサー、フィル・スペクターのクラシック版といったところだろう。 ここに二枚のレコードがある。二枚というより二セットというべきだろう。マリア・ジョア・ピリスの「モーツァルト・ピアノソナタ全集」と、ダニエル・バレンボイムの「モーツァルト・ピアノ協奏曲全集」だ。オーディオ装置に拘る「音派」という道楽は卒業したが、それでも高性能管球式アンプと、タンノイの同軸フルレンジスピーカーで、ゆったりこのレコードを聴きたいとの願望は捨てきれないでいる。
 
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思っていることと出来ることは別だが、思っていてもしないことは、「出来ない」というより、「しない」のだと思っている。思ったことを即実行する情熱、若さが廃れたのだろう。CD全盛の時代でもアナログレコードに対する評価は強く残っているし、それは懐古主義的なものではない。やはりアナログレコードは音があたたかく、それが有機的空間を醸し出すからだろう。人は有機体である。
 
ピリスは最近の表記ではピリシュとされ、マリア・ジョアン・ピリシュで統一されているが、1974年当時の表記はマリア・ジョアオ・ピリスとなっている。デンオンがデジタル録音機を開発し、それで当時無名の29歳のピリスがソナタ全集録音に抜擢された経緯の詳細を知らない。が、このレコードに初めて針を落とした時の驚き、感動は今でもハッキリ覚えている。
 
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既存ディスクでモーツァルト弾きとして、ギーゼキング、ヘブラー、クラウス、クリーンらとは違う、正統的というよりは、自由な、いかにも少年モーツァルトの作品を奏でる29歳女性の音楽は少女のようであった。コンクールのような丁寧で端正な演奏でありながら、グルダに匹敵する奔放さがある。彼女はモーツァルトを手中にしているのか、長年の間弾いて弾いて、弾きまくったような、そんな我がモノの自由さである。全集のブックレットには吉田秀和氏がピリスのモーツァルトをこう述べている。
 
「要するに、どこにも「うつろな」、ただ音をころがしているようなところがない、また、折衷的で、いろいろなスタイルが混ざって、結局、灰色になってしまったような、そういう演奏は、たとえまちがってもしまいと決意した人の姿が、私にはみえるような気がする。この人のモーツァルトは、実に生きている。生きて、動いているモーツァルトであって、仮面をかぶった、自己を殺したモーツァルトではない。」
 
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何よりもデジタル録音(PCM録音)による、音のリアルさには所有する普通のアナログレコードとはまったく異質であったこと。キーのこつこつとした雑音までもが聴こえてくるようだった。当時は音楽を楽しむというより、学習していた時期もあって、全集すべてをカセットに録音した意外は針を落とした記憶がない。持っていても仕方がないので、お宝ではあるが、オークションに出品しようかと思案中だ。
 
手放せば二度と手に出来ないが、持っていても使わないなら聴きたいファンには喜ばれるだろう。この全集はCD化もされているが、CD特有の倍音感のない冷たい音に変わっていた。一本の弦をハンマーで叩く時の、88鍵ピアノに張られた全ての弦が共振する複雑な音やダイナミズムはCDでは無理だし、優れた録音であっても、再生音楽のトランジェント特性が生よりよくなることはあり得ない。
 
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ダニエル・バレンボイムの協奏曲全集は、ECO(イギリス室内管弦楽団)を自ら弾き振りしたもので、これも針は一回落としただけ。音楽を聴いて楽しむ、音のリアル感を追求するという姿勢はなく、ピアノの学習という命題が当時の実情であった。が、今は純粋に音楽を聴いている。いるけれども、熱い聴き方は今も変わらない。
 
バレンボイムはこの協奏曲全集の後も、モーツァルト・ソナタ全集のCD化と映像化、ベートーベン・ピアノソナタ全集のCD化及び映像化、そして指揮者として交響曲に、オペラに獅子奮迅の多忙さに頭の髪の毛が日増しに薄くなっている。まあハゲと多忙は関係あるまい。彼のオヤジのキンカン頭に近づいていってるだけだろう。他にも沢山レコードはあるが、この二枚はなぜか宝物って気がするのだ。
 
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花瓶にあふれるような花もいいが、モーツァルトは一輪挿しの花瓶である。彼の音楽が心地いいのは一輪挿しの良さだろう。ベートーベンのような、いかつい厚みのある音楽は、ソナタ一曲聴くだけで疲れてしまうのは自分だけではないと思うが・・・
 

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ミュージカル 「キャッツ」 : エレイン・ペイジの 『メモリー』

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アンドリュー・ロイド=ウェバー(Sir Andrew Lloyd-Webber)のミュージカル「キャッツ」を、あえてクラシックのジャンルに入れた。云うまでもないが、彼の「エビータ」、「オペラ座の怪人」などの一連のミュージカル作品は、その質の高さからして間違いなくクラシック作品として残っていくだろう。「ジーザス・クライスト・スーパースター」、そしてこの「キャッツ」も例外ではない。

ところで、11月11日は、「キャッツの日」だと云う。他にも国内では、「ポッキー&プリッツの日 」、「チーズの日」、「鮭の日」、「ピーナッツの日」、「きりたんぽの日」、「もやしの日」、「電池の日」、「靴下の日」、「下駄の日」、「サッカーの日」、「折り紙の日」などがあり、国際的には、「世界平和記念日」「独立記念日」(ポーランド)、「カート・ヴォネガットの日」(ニューヨーク市)などがある。

「世界平和記念日」は、1918年11月11日に第一次世界大戦が停戦したことに由来するが、実際は9月21日を意味することが多い。国内の記念日は単に1111にあやかったもの、語呂合わせ的なもので、かってにつけただけ。知る必要もない。同じ1111なら、「バーコード記念日」だってあったっていいじゃないか。と、思ったりする。

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「キャッツ」は昭和58年11月11日に産声をあげたが、このほど11月11日が「ミュージカル『キャッツの日』」として日本記念日協会に認定された。出来立てのホヤホヤ記念日である。劇団四季の人気ミュージカル「キャッツ」の東京(五反田/大崎)公演が3周年を迎えたのを記念し、11日、東京・東五反田のキャッツ・シアターで特別カーテンコールも行われたようだ。同一劇場での3年間を超えるロングランは、24年間の「キャッツ」公演史上最長である。

『メモリー』といえば「キャッツ」、「キャッツ」といえば『メモリー』と云える程に、この曲が「キャッツ」を有名にした。かつては売れっ子で美貌の持ち主であった娼婦猫のグリザベラ。その彼女が2幕のラスト、生まれ変わる日を夢見て力強くこの『メモリー』を歌い上げる。


 Touch me, it's so easy to leave me
 All alone with the memory
 Of my days in the sun.
 If you touch me
 you'll understand what happines is
 Look, the new day has begun.


 お願い私に触って 私を忘れ去らないで
 輝ける想い出の中で 今はただひとり
 わかるわきっと・・・、私に触れたとき 幸せの意味が
 ほらみて 新しい明日が はじまるのよ


このサビの場面が絶叫で歌われる時、観客は体が凍りつき、涙に誘われる。何の変哲もない言葉のようでも、劇中においては、非常に感動的な意味を持つ歌詞となる。歌い終え、悲しみにくれ立ち去るグリザベラに、子猫のシラバブが優しく手をさしのべ、彼女を天上へと誘う。

彼女を疎んでいたすべての猫たちは、グリザベラの再生と幸福を心から願い、彼女を天上へと送り出して行く。天に昇る彼女を見送りながら、すべての猫たちが彼女の永遠の命を称え、歌う。1万円出しても充分に堪能できる感動がこの劇にはある。

 

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イメージ 3『メモリー』の持つ非常にドラマチックな音程、歌唱力のある歌手がこの曲のサビを絶叫気味に歌うと、鳥肌が立つ。プッチーニやマスカーニもそうだが、音楽の持つメロディーの奇跡を感じさせる曲である。1981年5月11日にロンドンウエストエンドのニューロンドン劇場で初演された「キャッツ」は、当初、ジュディ・デンチがグリザベラを演じる予定だったが、事故で出演不能となる。急遽代役としてエレイン・ペイジが抜擢され、彼女の歌う『メモリー』が世界的なヒットソングとなったのである。エレインは、歌がうまい女優と思われているが、彼女は歌の技術より、表現力がずば抜けている。バーブラ・ストライサンドも鼻に抜けた声で、下手というわけではないが、決してうまい部類の歌い手ではない。しかし、バーブラの歌には独特の表現力があるので、聴衆は彼女の世界に引き込まれていく。ヒロインに成りきって歌えるタイプである。

   


ミュージカル「キャッツ」より 『メモリー』

  ミッドナイト 歩道から足音も消え
月も記憶を失って 独り ほほ笑んでいる
街灯の下 足元に枯れ葉が吹きだまり
風は嘆き始める すべての街灯が刻むわ
悲しいさだめ
誰かがつぶやき 街灯の光は流れ
やがて朝が訪れる

メモリー 月の光を浴びて独り
過ぎ去った日々にほほ笑む あの頃 私は美しかった
幸せをかみしめた あの頃を思って
思い出よ 甦れ

ディライト ひまわりの露は輝き
バラはうつろい 朽ち果てる
ひまわりのように 暁の光に顔を染めて
私は その日を待とう

メモリー 月の光を仰ぎ見れば
思い出の扉は開き あなたを招く
そこに幸せの意味を見いだせば
新しい命は始まる
メモリー 月の光を浴びて独り
過ぎし日々にほほ笑む あの頃 私は美しかった
幸せをかみしめた あの頃を思って
思い出よ 甦れ

くすぶる日々の燃えさし
朝の淀んだ冷たい匂い
街灯は消え 夜は終わり
新しい日が明ける

ディライト 私は日の出を待ちわびる
新しい門出の時 私はあきらめない
夜明けが来れば 今夜は思い出となり
新しい一日が始まる

輝く夏の木漏れ日は
永遠に きらめき続ける
華やかな夜明けが訪れると
思い出は はかなく消える

私に触れて 私を独りにしないで
輝いた日々の 思い出に抱かれて独り
私に触れれば 幸せの意味を知るでしょう
見て 新しい日が 始まるわ
http://www.tokyovalley.com/yahoo_blog/article/article.php

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20世紀最高!フレーニの"ミミ" 〜 「ラ・ボエーム」

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 『私の名はミミ』

 はい、みんなは私をミミと呼びます
 でも、本当の名はルチアといいます
 私のお話は簡単です お針子をしています
 絹や麻に刺繍をするのよ

 わたしは穏やかに幸せに暮らして
 ユリやバラを作るのが慰めです
 優しい魔力を持ち
 愛について 春について
 また、夢や幻を歌う詩が好きです
 お分かりですか?

 みんなは私をミミと呼びます
 なぜだか知りませんけど
 私は一人で食事の仕度をします
 ミサに行けなくとも
 神様にはお祈りしています

 私は一人で住んでいます
 あの白い小さな部屋で
 屋根や空を見ながら暮らしています

 雪解けの季節には
 太陽はまず、私を照らします
 四月の最初のくちづけも
 私のものです

 鉢のバラが芽をふくと葉を眺めるの
 花の香りはなんと優しいのでしょう
 でも、私の作るバラには
 悲しいことに香りがないのです

 もう話すことはありません
 こんな時間にお邪魔して
 ほんとうにすみません


プッチーニの「ラ・ボエーム」で歌われる『私の名はミミ』、おそらくオペラ史上最も有名なアリアではなかろうか。にも関わらず、この邦題の間違いはどうしたことだろうか。

Sì, mi chiamano Mimì, ma il mio nome è Lucia.
(はい、人は私をミミと呼びます。でも本当の名はルチアといいます。)

英語にしてみるとよく分ると思う。

Yes, people call me Mimi, but my name is Lucia.

『私の名はミミ』が、明らかに間違いであるのが判る。『人は私をミミと呼ぶ』というのが正しい。たまにそういう邦題を見かけることもあるが、ストーリーの中では、ミミだから良しとしてるのだろうか。

イメージ 320世紀最高の"ミミ"の称号を得ているミレッラ・フレーニ(Mirella Freni、1935年2月27日 - )は、10歳で「蝶々夫人」のアリアでコンクール優勝。その際有名なテノール歌手ベニャミーノ・ジーリの助言、「このまま歌い続けると喉を痛める。もう少し大人になるまで歌うのを止めた方が良い」を堅実に守り、17歳まで歌わなかった。19歳、カルメンのミカエラ役でオペラデビュー、人気沸騰寸前に結婚し、子供を育てる道を選んだフレーニは楽壇から去った。そして3年後、トリノで行われた声楽コンクールで優勝、再び音楽界に復帰した。この時に歌ったのが、『私の名はミミ』である。1960年のグラインドボーン音楽祭で、ゼフィレッリ演出によるドニゼッティ:「愛の妙薬」でアディーナを歌って講評を得、60〜62年同地でスザンナ(フィガロの結婚)、ツェルリーナ(ドン・ジョヴァンニ)を演じたフレーニは、1963年には、ゼフィレッリ演出カラヤン指揮「ラ・ボエーム」で、念願のミラノ・スカラ座デビューを果たす。以後カラヤンのお気に入り歌手となり、オペラや演奏会で多くの共演をした。本作品も、1965年カラヤン指揮ミラノ・スカラ座で行われたものを映像収録したもの。

イメージ 4演出はゼフィレッリが担当した。カラヤンはこの当時から映像に強い興味を抱いていたようである。先に紹介した「フィガロの結婚」のスザンナ役は、70年代においてフレーニが中心的な存在を果たした。どちらかというと暗めの声質は、明るいスザンナとは合わないが、それでもフレーニのスザンナは人気があった。彼女はイタリアものからドイツもの、スザンナ以外にもヴィオレッタ、アイーダと幅広いリリコ(リリックソプラノ)をこなす歌い手である。

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フレーニの「蝶々夫人」(ユニテル制作)も観たが、これはダメだ。いくらなんでもヒド過ぎる。一回観てすぐに処分した。顔を真っ白にした蝶々さん、オカシナ調度品、自害シーンは切腹の作法と、日本人がみると「何じゃ〜これは?」、そんな耐えられない映像である。浅利慶太の演出ならまだしも、外国人演出家の蝶々さんは、映像ナシで聴いた方がいい。フレーニのミミを聴くと、身体の中がゾクゾクしてくる。それほど素晴らしいミミだと思う。この曲と出合った、それだけでも、人生得したような気持ちになれるのだ。


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"華麗" クライバー 〜 喜歌劇「こうもり」序曲

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イメージ 3バーンスタイン(Leonard Bernstein, 1918年8月25日 - 1990年10月14日)の指揮も跳ねたり飛んだりと忙しいが、彼の指揮を一言でいうなら、"派手"といっておこう。それに比べてクライバー(Carlos Kleiber, 1930年7月3日 - 2004年7月13日 )の指揮は"派手"というより、"華麗"という形容があてはまる。以前、一流の親から一流の子は育たないといったが、クライバー親子に限り、その法則はあてはまらない。父(Erich Kleiber, 1890年8月5日 - 1956年1月27日)も実力、人気を兼ね備えた一流指揮者である。しかしクライバー親子の間にはほの暗い確執があったという。公の場で息子をなじり、音楽活動を手厳しく批判した事も一因かもしれない。ただ、親子だからといって音楽の感じ方や捉え方が似ることはない。時代的な問題もあるだろうが、エーリッヒとカルロス親子の決定的な違いは、父はズルハゲ、息子は死ぬまで頭に毛があったことだろう。冗談はともかく、カルロスの指揮活動の少なさと、リハーサルに費やす時間の長さは定評がある。

イメージ 2前者は、音楽に対する極度の神経過敏さ、父と比較される事への恐怖心からともいわれ、後者は、完璧主義者ということだろう。意に沿わないと判ると続々にキャンセルをしてしまう。カラヤン(Herbert von Karajan、1908年4月5日 - 1989年7月16日)をして、「奴は本物の天才だ。」と云わしめたクライバーだが、同じカラヤンに、「彼は冷蔵庫が空になるまで指揮をしようとしない。」と毒舌を吐かれ、残念ながらベルリン・フィルの後継者候補に上がっただけに止まった。親交のあった、バーンスタインに、「自分は庭の野菜のように太陽を浴び、成長し、食べて、飲み、眠りたいだけ。」と語ったといわれている。クライバーの指揮を映像などでみると、自分も一緒になって音楽を奏しているような気にさせられるのだ。左手の感情表現に特徴があり、頭の上で回したり、円を書いたりと、音楽を曲線として表現する彼には、ベートーベンの音楽でさえ、刺々しさはない。定評のあるブラームスは、他の音楽家さえ、一目置いているような、そんな天才ぶりが伺える。


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間抜けなアイゼンシュタイン 〜 喜歌劇「こうもり」

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-story-
ファルケ(こうもり博士)は、以前友人のアイゼンシュタインと酒で酔いつぶれた後、アイゼンシュタインに「こうもり」の衣装を着せられ一人公園に残された。朝、気がつくと衆目の笑いものになり、それ以後「こうもり博士」と呼ばれるようになった。そんなファルケはいつか必ずアイゼンシュタインに復讐しようと企んでいた。アイゼンシュタインは官憲を侮辱したことで5日間、刑務所に服役することになっていた。一計を案じたファルケは、アイゼンシュタインが刑務所に行く前に「憂さ晴らしの夜会へ行こう」と誘う。

イメージ 4刑務所へ行くのに燕尾服で出かける夫に、不審感を抱くアイゼンシュタインの妻ロザリンデは、自分の浮気はそっちのけで、夫の浮気癖を気にしている。一方、アイゼンシュタイン家のメード、アデーレはロザリンデに叔母が病気なので見舞いに行きたいとの申し出を断られる。ファルケは夜会の前、オルロフスキー公爵に、今宵は「こうもりの復讐」という喜劇をお見せするとささやく。ファルケの企みを知らないアイゼンシュタイン、女優になりすましたメードのアデーレ、仮面を付けハンガリーの貴婦人に変装したロザリンデ、はたまた刑務所長までもがフランスの要人と偽って夜会にあらわれる。ファルケとオルロフスキー公爵の罠に引っかかりドタバタ劇の始まりとなる。

イメージ 3喜歌劇「こうもり」:ヨハン・シュトラウス2世(Johann Strauß II, 1825年10月25日 - 1899年6月3日)の面白さは、なんと云ってもアイゼンシュタインの間抜けキャラクターに尽きると思う。この憎めない、間抜け役アイゼンシュタインを演じたら天下一品、エーベルハルト・ヴェヒター(Br)の存在がある。彼こそは、オテロ役のデル・モナコ、ドン・ジョバンニのチェーザレ・シエピ、カルメンのマリア・カラスなどと共に、オペラ界の重鎮はまり役と云っていい。喜歌劇「こうもり」の映像は沢山あるが、ヴェヒター主演の2点、クライバー盤(1986年収録)とベーム盤(1972年制作)が秀逸で、甲乙つけ難い愛聴盤でもある。両盤ともオットー・シェンク演出だが、ベーム盤はオペラ映画形式。ロザリンデ役のグンドラ・ヤノヴィッツとの掛け合いは、何度見ても楽しく飽きることはない。

どの場面をピックアップするか迷ったが、クライバー盤の、やはり間抜けなアイゼンシュタインが、仮面を付けた自分の妻を一生懸命に口説くところにした。オペラを初めて鑑賞するのに何がいいかと聞かれれば、文句なくオペレッタ「こうもり」を勧めている。どこまでが真実で、どこまでが作り話なのか、不明瞭なところはあるが、観衆を笑わせる良い台本である。

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指揮:カルロス・クライバー
    バイエルン国立歌劇場合唱団
    バイエルン国立管弦楽団

演出:オットー・シェンク

出演:ガブリエル・フォン・アイゼンシュタイン:エーベルハルト・ヴェヒター(Br)
    ロザリンデ(アイゼンシュタインの妻):パメラ・コバーン(S)
    フランク(刑務所長):ベンノ・クシェ(Bs)
    オルロフスキー公爵:ブリギッテ・ファスベンダー(A)
    アルフレート(公爵の音楽教師):ヨーゼフ・ホプファーヴィーザー(T)
    ファルケ(公証人):ヴォルフガンク・ブレンデル(Br)
    ブリント(弁護士):フェリー・グルーバー(T)
    アデーレ(ロザリンデの召使):ジャネット・ペリー(S)
    イーダ(アデーレの姉):イレーネ・スタインバイザー(S)
    フロッシュ(牢番):フランツ・ムクセネダー
    イヴァン(公爵の下男):イヴァン・ユンゲル

収録:1986年12月30日、31日ミュンヘン国立歌劇場ライブ収録


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開設日: 2006/10/5(木)


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