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神戸発、オムニバス
趣味のブログですので、掲載内容で関係各社様へのお問い合わせはご遠慮下さい。車庫・施設内の写真は許可を得て撮影しています。
今回は少し文化的内容でお届けします。
 神戸市バスの車輌毎に設けてある交通局番号、略して「局番」ですが、昨今のネットや趣味誌等文献での解説が正直少々考証不足感が否めず、悶々してきましたが、ここに長年の研究に於ける成果としての局番変遷を発表させて頂きたいと思います。
尚、今回の話題は直接の大元の出は私ではなく、この分野で30年以上研究をされてきたR・T様、T・T様、H・T様のご努力によるもので、今回の発表に際し三氏からご承諾を得ております。いつも三氏には昔のお話でお世話になっており、今回はそのお力を大いにお借りして、近年に至るまでの局番の変遷を数回に分けてお届けしたいと思います。
また、今回は昔の話題ゆえ車輌写真もあまり用意出来ず文章が多くなりますが、交通局発行の年史や神戸市電関連の書籍をお持ちの方は傍らに置いて頂き、掲載写真等もご参照頂けましたら幸いです。

◇黎明期〜1955年3月「横長プレート時代」  
大昔は横長ナンバーと呼ばれるモノで、当初は「兵4649」等の形式でこの当時はさすがに時代背景から写真もあまり残っていない模様で詳細不明ながら、ナンバーの番号がそのまま利用されていたようです。その後1951年中頃以降に「兵2−20000」代となり、文献等から残されている写真を検証していきますと、この20000代では各事業者毎の割当てとなっていることが分かります。 神戸市交通局の場合「兵2−20500〜」が割当てとなり、この中でエンジンメーカーや用途で更に局内で番台枠を設け、以降の新車及び当時在籍していた車に付番しています。様式変更時点で在籍していた車は行政指導による強制付替(新様式に付け替えるよう指導が入った)で、全ての車が「兵2−20000」代を名乗っているはずですが、当時のことゆえ付替えされないままの車もきっといたことでしょう。
この時から「局番」という概念がハッキリとされてきた模様で、局内番号として下3ケタが車体に表記されるようになっています。※枠内番台分けにつきましては、複雑且つ現行局番の直接の起因とは別物ですので本項では割愛させて頂きます。ご了承下さい。

◇1955年3月末以降〜「兵あ」1955年3月末には再びナンバープレートの様式が変更され、この時から平仮名併用、仕様も現行のモノに近いプレートで「兵2あ」となりました。
但し事業用はこの当時、橙色に黒文字で現在の軽四輪のプレートみたいな感じでした。 各事業者毎の割当ては引き続き実施され、「兵2あ」の中で番台毎に事業者が異なっていたのは先と同じです。内、神戸市枠は「3001〜3750」でこの中で更にエンジンメーカー、車輌仕様で詳細が次の様に割り当てられました。
○いすゞ:3001〜(局番001〜)
○日野:3300〜(局番300〜)
○ふそう:3400〜(局番400〜)
○みんせい(今のUDトラックス):3500〜(局番500〜)
○ガソリン車他、上記に当てはまらない車:3700〜(局番700〜)

この時に設定された交通局番号が今の局番の原形とも言える形です。 また、この時も強制付替えは実施されたようで、各番台の初期は横長ナンバー「兵2−20000」代からの番号変更車も含まれております。一応年式の旧い順(グループ?)に付番され、その後新車に順次付番という形になっている模様です。
この当時はいすゞの在籍車数が多かったので、いすゞのみ約300台の枠を設けています。しかし、日野・ふそう共に進捗するにつれ、空き番号が少なくなって破綻するにあたり、新たな枠が起こされました。
○日野その2:3600〜(局番600〜)
○ふそうその2:3510〜(同510〜)
但し、ここで注目したいのは日野は399号と600号が同期新車だったということ、ふそうは新車時期と両数の関係で400番台のラストが498号となり、次の新車がみんせい枠を飛び越して510号〜となった点です。余談ですがこの時、既にみんせいは導入するつもりが無かったことが窺えます。みんせいは509号がラストでこれ以後、近年のCNG車714号までの間、日産デ系は神戸市バスには導入実績はありません。
この番台変更も枠内で行き当たりバッタリ感は否めず、3700番台もグループ毎の付番で欠番ありの歯抜けながらも使用中で、もう数年ナンバー体系が変わらなければ、3000代とは別に「兵2あ」で神戸市枠その2が出ていたかも知れません。

「兵2あ」はその後も続きますが、1962年にまたしてもナンバープレートの様式が変わることになりました。しかし今回は仕様そのものの変更で、今までの普通自動車共通の中判サイズのプレートが、バスなどの大型は現行サイズ同様の大判サイズとなり更に事業用の配色は緑地に白文字となりましたが、兵庫の場合は平仮名や割当て番台の変更は基本無かったようです。
このことが逆に旧様式か新様式かどちらで登録されたか?また新様式への同番号強制付替えがあったのか?は分からないままで、三氏の研究資料等から新様式の「兵2あ」で登場したと思われる車輌は一応特定出来ていますが、実際はどうだったかはハッキリ特定出来ていないのが辛いところです。(他の地域のナンバーではこのタイミングで平仮名が変更されたところもある)
この「兵2あ」体系は1964年末頃まで続き、翌年からは新ナンバー「神戸2き」と「姫路2い」に分かれます。(マイクロバス枠は「神戸2か」、姫路は考証不足でカナ不明) 神戸市バスの場合、1964年7月の新車が「兵2あ」の最後で、次の新車からは「神戸2き」のプレートで登場しますが年度内では1964年度となるため、新旧混在の年度となって、区別するためか局番体系も基本は踏襲しつつ一旦リセットされ、再度変更されることになります。
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画像はeoブログ開設時代にアメリカにお住まいのチャールズ・サージェント様と言う方から旧い市バスの画像を送って頂いたモノで、掲載許可は頂いております。
氏は1960年代中頃〜暫く神戸、六甲にお住まいで、当時周辺の市バスを利用しているウチに車体の違いなどに興味を抱き、滞在中僅かながら撮影や研究されておられたとのことでした。
今回はその中から比較的ナンバーが読みとれる車両を掲載させて頂きました。上が阪急六甲駐車場と思われる場所で、左が1965年以降の「神戸2き」を付けた1111号('65年式ふそうMR480-呉羽)、右が今回の話の主役「兵2あ」の549号('64年式ふそうMR480-呉羽)となります。また549号は後述の通り、ふそう兵庫ナンバーの最終車です。同じ型式で車体メーカーですが、正面ウィンカーの形状が変更されているのが分かります。下の画像は446号('57年式R270-新三菱)です。呉羽ボディとの違いがお分かりになるかと思います。
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こちらは今も残る元123号(元、兵2あ3123:'56年式いすゞBX131)で、いわゆる現在「こべっこ号」と命名されている車のレストア前になります。撮影は'83年5月で、この頃は構内車として保存されてました。
              
◇「兵2あ」の最終番号車
いすゞ:267号、日野650号、ふそう549号、みんせい509号、その他:欠番があるので、厳密には最終とは言い難いのですが750号です。
※因みにこちらも余談ですが「兵2あ」の一例として、0001〜は神姫バス枠、1501?〜1710?淡路交通枠、1711?〜1800〜阪神電鉄枠、2001?〜は阪急バス枠等を確認しており、3751〜3950?は尼崎市交通局枠でした。他にも確認出来ている番台の事業者はありますが、本項と趣旨が外れてきますのでこの辺りで止めておきたいと思います…。

次回は「神戸2き」を予定しています。

◇今回の内容を引用される場合は申し訳ありませんが、一言お知らせ頂けましたら幸いです(ゲストブックの当方ご挨拶文内にメールアドレスを掲載しておりますのでそちらからでも結構です)。また、番台内各車両詳細等につきましてはまた機会がありましたらアップしたいと思います。
eoブログ時代に一度アップしている内容ですが、間もなく同ブログが終了になりますので、今般チャールズ・サージェント様ご提供の写真を活用させて頂き、一部文章を改訂してお届けしました。
※記事中、車両年式・型式は趣味の大先輩方からのご教示によるものです。


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 尼崎市営バスが阪神バスに全面移譲されてから、約1年。今般旧尼崎市営の引き継ぎ車に代替新車が出ました。特徴はなんと言ってもカラーリングです。従来の阪神バスとは一味(いや二味以上かな?)変えて、ブルーのラインを市バスのカラーでもあるグリーンに変えての登場でした。
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ご覧の様な感じですが、慣れるまで変な感じですね。車種的にはいすゞの新型エルガ、排ガス規制記号は一寸分かりませんが、型式はLV290N1でしょうね。尼崎市内線用だけに仕様も他の阪神バスとは異なり、先ずは「前乗り」となりあの「ひまわり」プレートもしっかり継承しています。このプレート、位置や大きさ的にかつての「ワンマン」プレートを彷彿させる気がするのは私だけ?(笑)
いすゞは見たところ取り敢えず4両入ったのか131〜134号が付番されていますが、阪神バスいすゞの現在の最終番号から少し開いての付番にも思え、そのウチ間の社番も埋まるのでしょうか?

さて、新車が出ると代替廃車が出るわけですが今回はあの2両だけだった'01年式のKL-HU2PMEの827・828号が落ちたそうです。他はまだ把握出来ていませんが、UA等が落ちたと言う情報も入ってきております。同期のLVはまだ見掛けるので、気になるところです。
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この827号は今月初めに捉えたモノですが、阪神尼崎で見掛けることが少なかった車で、珍しいなぁ…と思いながらカメラを向けています。結果、この数日後に運用から落ちた模様で、偶然とはいえ何とか撮れていた次第です。
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こちら同期のKL-LV280L1。このグループも普段阪神尼崎駅周辺ではあまり見掛けない気がするのですが、先日からポロポロ見ます。独特のエンジン音を響かせながらやってきた547号。これも上の827号と同じ日の撮影で、この日は古参車が2両も撮れてツイているなぁ…と。(笑)

さて、話は緑の阪神バスに戻りまして、趣味の友人情報では日野ブランドの300番台も納車されたそうで、活躍が楽しみであります。

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神姫バスの「神戸市内定期観光バス:K-Queen(下画像)」の運行終了から約2週間。
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本日3/19より新たな定期観光バスとして、オープン二階建て「スカイバス」が走り始めました!
3月に入ってから試運転も行われていたので目撃例も上がっており、私は残念ながら見掛けることも無いまま開始日を迎えそう…と思っていたのですが、それまでに関係者向け?試乗会に遭遇し、ひとまず押さえることが出来ました。

当日は仕事の前に運行経路を確認しようとバス乗り場に立ち寄り、パンフをもらいに行ったところ、なんと偶然現れたのです!ラッキーでした。
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取り敢えず、先にリアの定番側と公式側を撮影出来ましたが、公式側は場所柄このアングルが精一杯で出来ればもう少し引きが欲しく、これは運行開始まで待たねばなりませんでした…。(笑)
そして運行開始当日…パンフの記載情報から今度は仕事帰りに丁度運行時間帯と合いそうだったので、運行ルートを確認しひとまず手頃に撮れそうな順光場所で待っていました。
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時間が概ね分かっているので、あとは併走車と被らない様に…だけを願いながら待つこと10分、丁度バスだけやってきた状態で、しかも低速でしたので自分なりにまぁまぁの形式写真になりました。次回以降で、名所等も兼ねて風景写真的描写も捉えたいところです。

さて、このスカイバス、バスファンの方なら既にご存知かと思いますが、東京の日の丸自動車興業の車両で、ネットニュースによりますと、車自体は同車の所有で運行が神姫バスとのこと。ゆえか、神姫独自の社番は見たところ記載無く、日の丸のOP-16という社番が残されています。この日の丸のオープンバス、最近ではオリンピック出場選手の凱旋パレードを初め結構各地に出稼ぎしていますので、眼にされた方も多いかと思います。
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画像は2015年9月に京都へ出稼ぎに来ていた際のモノで市内の観光バス会社(明星?だったかな?)が運行していた模様です。他にも車体カラー同色のプロ野球優勝パレードもこの軍団では無かったでしょうか?(笑)

私はこの日の丸スカイバス、2012年8月に上京した際に家族旅行で利用していましたので、その時のカットも少しだけ載せてみます。
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この時は少しばかり中途半端に空いてしまった時間帯が出来たので、話題のオープンバスで都内ミニ観光にしようと予約したものです。乗り場へ向かう際の横断歩道からですが、見えるだけで3種類いますね。この時は深く見ていませんでしたが、今にして思えば社番控えておれば良かったと少々後悔しています…。
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乗車したバス(上画像の真ん中)から見た後続車。今回神戸に来た車と顔は同じに見えます。社番、やっぱり控えとけば…。(笑)
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その二階席から、やって来たチェッカー無線色のクラコンをパシッ!やっぱり撮るのね…と家族の台詞。チェッカーと言えばあの有名な大同交通…ではなく富士交通と読めます。
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これは確かコース内のJRだったかのガード下を通過する様子です。当たらないのは分かっているのですが、皆さんやっぱり「頭を下げて」いました。(笑) こういった光景はこの手のオープンバスでしか味わえない感覚ですね。
写真では分かりませんが、この時はかなりの猛暑で乗車時に団扇や氷袋を頂けましたが、まさに焼け石に水で、子供たちは後半少々グッタリ気味でした…。
神戸でも港島トンネル通過がコースに盛り込まれており、天井のダクトスレスレ(に近い感覚)を走る様子が先頃のテレビニュースでも取り上げられておりました。
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最後に、配布中のパンフレットから…。下の画像はコース概略です。撮影される方は参考にして下さい。三宮周辺では一行程で数回撮影チャンスがありますが、順光状態などは一寸限られるかも?ですね。私も過ごしやすい季節の間に一度乗車してみたいと思います。尚、予備車として、定員違いの幌付きも用意されており、知人の情報でOP-5号車との情報を頂いております。この車もまた見てみたいモノです。そうそう、バス乗り場では可愛らしいグッズも販売中です。

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ネタ的には、先月登場で試運転などでアップされている方も多いので、新鮮さは欠けますが、地下鉄開業/市電廃止日に当たる3/13から営業運転開始となりました。同時に他の編成も新しいヘッドマークも付け初め、100周年記念行事を盛り上げています。
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仕事帰りに立ち寄ることとして、乗車した列車の離合で出会わず、名谷車庫で留置されていないことを確認後、淡い期待を抱いて途中下車して待っていましたところ、なんと一本後ろの列車でした。上は折り返し便を定番のお立ち台で捉えた1枚です。下はオリジナルの市電です。'81年の撮影ですが、既に痛み・褪せがありますが、復刻塗装のイメージがお分かり頂けるかと思います。この市電はある程度の年齢の方ならご存知と思いますが廃止後王子動物園で保存、動物園リニューアル時に609号は名谷車庫へ、708号はハーバーランドへ、とそれぞれ移動しましたが、残念ながら老朽激しくどちらも現在は解体されています。
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これが一本あとに来た様子で、こういうときは妙に嬉しくなりますね。26号編成ですが、西神側のみ創業時から暫くの「茶色」を纏っています…、が当時を知らない(私もさすがに知りません)マニアさんや一般人からは「阪急電車」と…。(^^)
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ここ伊川谷駅は屋根の間に柱があり、太陽がピカッ!の時はその影もしっかり入ってしまうので、中間車や茶色はまた別の日に場所なども考えて再チャンレジ予定です。(実は自分なりに狙っているポイントはあるので…)
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神戸市電…eoブログにも少し記載していますが、私は年代的に見ている世代ですが居住地域の関係で普段生活圏には無く、乗せてもらってはいるのですが、残念ながら全く記憶がありません。ゆえに憧れもずっと抱いており、'83年に初めて広島で「動く市電」に出会えた時は大きく感動したものです。市内に残る市電も解体が相次ぎ、数両となってしまいましたが、いつまでも残して欲しいですね。
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続いて、新調ヘッドマークを付けた地下鉄車両たちです。これは初期グループの2号編成で経年で数度に亘り改造されていますので、オリジナルの姿ではありませんが、開業時から私もよく知っている馴染み深いグループですね。当時は側面に方向幕はありませんでした。
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続いて大きく分けて中期型とも言える15号編成。顔はこの編成まで概ね同じです。
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1000系(形)最終増備の16号編成。顔にステップ関係が付いて、少々厳つくなっています。またクーラーも最初から容量アップの2個搭載型に変わり、18号までの3本が登場、以後19号からは2000系(形)になりました。個人的には神戸市営地下鉄と言えばこの1000が好みです。いつか模型にして手元に置きたい車両ですね。(ってこれも前のブログで書いています〜)
そうそう、市バスの方も「100周年」の垂れ幕が正面に付き始めました。今年の交通局は地元ファンなら尚更眼が離せませんね。

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阪神5331形、形式消滅…

今般、阪神の5331形三菱チョッパ車の最後の1本(5331号〜5334号)が落ちたそうで、これにより同形式は形式消滅となりました。
数年前からチョッパ装置そのものの補修に手が掛かるようになり、一足早く廃車された同形式から部品取りを行うなど、何とかしのいできたようですが、恐らく検査切れと共に廃車になったものと思われます。今回は先月撮影した模型向き?形式写真描写を並べてみました。
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5331号。大阪寄り先頭車。新製当初は前パンでしたが、4連固定化の際に大掛かりな改造が施され、パンタ撤去、乗務員室冷房化で最前部クーラーも形式変更されています。上画像の車内銘板は盗難?にあったのか早い段階でオリジナルでは無くなっていた様で、補充の際に綺麗に職人芸で手書き(それも裏書きで、です)されているものです。2017.2.21千船駅にて。
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5332号。新製時から5331号とユニットでチョッパ装置を持っています。4連固定化の際に運転台撤去していますが、屋上機器の配置に変更はありませんでした。2017.2.21千船駅にて。
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5333号。こちらも元先頭車。4連固定化の際は最前部のパンタ撤去、そこに従来型のMAU13H(国鉄AU13と同型だそうで)を載っけていますので、クーラー間の寸法がここだけ他と違います。5331号同様、MG・CP付きです。2017.2.21千船駅にて。
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5334号。神戸寄り先頭車。こちらも新製時は前パンでチョッパ装置を持っています。4連固定化でパンタ後部移設、最前部クーラー形式変更とこちらも大掛かりな改造です。2017.2.23大石駅にて。
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上2枚は2.21千船ですが、結果的に2.23が最終運用だった模様です。1981(昭和56)から冷房化促進で兄弟車の東芝チョッパと共に増備されていった5331形でした。台車など一部機器は代替された5231形のものを引き継いでいたのも有名なお話でしたね。兄弟車、東芝チョッパ5131形はもう暫く活躍しそうですが、先にチョッパ車から落ちていく気配ですね。5700系の増備に伴い、消えていく5001形含め、それら代替対象車の撮影や乗車は今のうちです。(車内車両番号銘板は2.21尼崎駅にて)

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