あるてみっくないと

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カラヴァッジョ Caravaggio(1573-1610) その1

で、やっと作家別に絵画をみながらってことでw
まず、バロック絵画の創始者、イタリア・バロックとしてはずせないこの人。
「カラヴァッジョ」です。

芸術の歴史には、いくつかの劇的な転換点があって、
ある時期を境にそれまでとは全く異なった作風が現われるという現象が起きるのです。
それは、もちろん、多くの芸術家たちの日々絶え間ない営為の積み重ねがあってのことだけど、
そのなかでも特出した、一人の偉大な個性の出現を抜きには考えられないのも事実。
このカラヴァッジョは、西洋近代絵画の基礎を作ったといえる人物です。
「私には師もいないし、その必要もない。私は実物に習って描くのだ。」
とは、カラヴァッジョの言葉なんですが、この言葉通り、
彼は近代自然主義の道を切り開いたのです。
ただ、このカラヴァッジョの評価、今でこそ高いものの…
当時としては必ずしもいいものばかりではなかったのね。
「自然の色彩をまねる」才能はあるが「良きを選んで悪しきを捨てる判断力がない」
とか
「絵画を破壊した」
とか批判されたりしてました。
とりわけ、最大の注文主、教会での評判もあまりいいものとは言えなかったのです。
神聖を汚したという理由で、生涯で4度作品拒否をされたほどで・・・。
というか、「自然を模倣する」というその態度そのものが、
先達の残した優れた業績を学ぶ姿勢のない、美醜の選択もしないとして批判の的になるものだったわけ。
 しかし、19世紀後半「リアリズム」が一世を風靡すると、
カラヴァッジョ的リアリスティックな作品が17世紀初頭に描かれていたっていう事実が
驚きと感心をもって迎えられちゃったのね。
こういうわけで、カラヴァッジョは近代の始祖、リアリズムの先駆者として
位置づけられるようになりましたとさ。
同時代からの否定的な評価も、カラヴァッジョのアンチアカデミズムの態度を示すものとして
肯定的要素に転じ、反体制的かつ革新的、大衆的なリアリズムの画家という
カラヴァッジョ像が生まれたんですね。
「発展ではなく革命によって進んだ最初の画家」と評されるカラヴァッジョね。
……まぁ、批判されていたってことはある意味で、無視できないほど特出していたって
わけで、それだけ重要な画家だったのよね、当時としても。

んで、じゃぁカラヴァッジョの何が革新的で何がリアリズムなのよ?ってことだけど
まず一点として「人物表現」があるといえるのです。
これは、ヒエラルキーの底辺をなす人々を宗教画に取り入れてみせたってこと。
それら人物の粗野で貧しさの表現は、服装や室内の描写だけでなく、顔立ちや身振りにおよび、
カラヴァッジョの絵画が拒否される理由のひとつになっていたのです。
たとえば、拒絶作の一つ〔聖マタイと天使(第一作)〕。
イメージ 1
この作品は1602年頃に、サン・ルイジ・ディ・フランチェージ聖堂の
コンタレッリ礼拝堂祭壇のために描かれました。
この作品は、第二次世界大戦時に消失したため、白黒図版でしか見ることが出来ないのが残念です・・・。
それはさておき、この作品は、聖人を貧しい人間としてあらわすことが、
それだけで非難の的にされてしまうことを示す例ね。
この作品を完成させたカラヴァッジョ、受け取りを拒否されて、
直ちにこれに代わる〔聖マタイと天使(第二作)〕を描きなおしました。
イメージ 2
現在、同聖堂に掲げられているのは、この第二作目のほうです。
片方は白黒図版ですが、これを見比べた範囲でも二つの「聖マタイ」の
人物像の違いは歴然としてるよね。
地上に足をつけ聖マタイに絡みつくように耳打ちをしている天使に対し、
天上に出現し、高みから言葉を告げる天使。
脚をむき出しにして座り、天使から一字一句を教わるかのような(まるで無学のような)
禿げ頭の聖マタイと、書記の途中でふと頭を上げた優雅な仕草の聖マタイ。
どちらが神聖っぽいかっていえば、やっぱり二作目だよねぇ。
カラヴァッジョのリアリズムっていうのは、一作目に現われてるんだけどね。
でも、なんでこのリアルな人物表現が問題に?
これを考えるには「品位(デコーロ)」と当時の絵画ジャンルのヒエラルキーが重要なのね。
まず、品位。これは、「高貴なモノにふさわしいもの」と「卑俗なモノにふさわしいもの」とを
明確に区別する社会的概念のこと。
つまり、宗教画における貧しく粗野な人物像が「品位に欠ける」というのは
ただ、品がないということでなくて、神聖、聖性の表現にはふさわしくないという風紀的な批判だった。
社会的なヒエラルキーと聖性のヒエラルキーを同一視してるみたいなのです。
んでもって、そんな聖なる題材を取り扱う宗教画は、主題の高貴さ描くことの困難さの観点から
アカデミズムの理論において、世俗画や静物画を尻目に絵画ジャンルのヒエラルキーで
最高位にあったとみなされてるのね。
だから、聖人を俗世間の貧しい人物として描き、宗教的場面を俗世間のひとこまに変えてしまうことは、
教会と貴族の結託する社会体制(折りしも、反宗教改革を推し進めている時期)と、
アカデミックな絵画システムという秩序をかみ乱す挑発的行為だったんですね。
まぁ、だからといってカラヴァッジョ自身が当時の社会体制への批判をどのくらい意識してたかは
定かではないようです。

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はじめまして。アトリエばらさんに教えていただきました。カラヴァッジョ好きです。
「自然を模倣する」というその態度そのものが、
先達の残した優れた業績を学ぶ姿勢のない、美醜の選択もしないとして批判の的になるものだったわけ、リアルな人物表現が問題」ですか、勉強になりました。
ありがとうございます。

2011/1/20(木) 午後 6:41 hitomi

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うわぁ!コメントありがとうございます!!このところ時間に追われて完全放置になっているので、申し訳ないです!
そうなんです。リアリズムの追求は、当時の流れに反していたってことみたいです。当時は現実世界から、美しいものを選択して、理想世界を描いていた。でも、カラヴァッジオは、現実世界の美しさも醜さも、臆するところなく描きだそうとした。この醜くくも美しい世界といったところなのかなw彼が異端視されたのは、彼が世の中の影の部分をおそれなかったからかもしれませんねw

2011/1/24(月) 午後 10:18 はる

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元気そうでww
なによりですww
お変わりないですか?

次女もロンドンから無事大学院卒業して来月帰ってきます。
我が家もまたにぎやかになるでしょう(^^;)

2011/1/25(火) 午前 3:46 アトリエ・バラ

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