西安日記 その7
|
五丈原というと、土井晩翠の「岐山悲愁の風うけて 陣雲暗し五丈原」ではじまる詩を思い出します。
「三国志男」でも五丈原は大プッシュしてましたしね。彼の構築した三国志観とアタシのはおそらく被る箇所が少ないですが、ああいうガイド本を求めてる部分もあったので、行く前は随分お世話になりました♪
どこへ至るのか想像もつかない線路を越え、市街地を抜け、坂の手前で車から降りました。
「此処から40分ぐらい歩く」とガイドさんに言われ、見上げた先には小高いというには高い気がする丘がありました。階段になってて、雪でうっすら白くなってます。
つか寒い。西安も寒かったけど、もっと田舎だけに寒さが凍みます。昼食時には気にならなかったトイレに行きたくなり、ガイドさんにお願いすると、近くのお宅(他人)に案内してくれました。トイレだけお借りしたんですけど、これが物凄く「中国的住宅」でした。土を盛った塀で囲まれてて、中庭には鶏がいて、煙草吸ってる人民服的な服装のおじさんがいて、カブが止まってて…という住宅の裏手にお手水はあって、…………穴だけの、ね。
これ、冬だったから行けたんだろうなぁと思います。
次いつあるかわからない、ということもありますけど、それでも穴倉みたいな壁で囲われてるだけマシなのかもしれません。つか汲み取り式ですらなかったような気が。ホントに縦に穴があいてるだけの、土のお手水。
西安に最初に行きたいと言い出したのはミレニアムの年でしたが、その時はトイレ事情が悪いからイヤだと断られて、確かに自分もイヤだし夏旅行の予定だったので、臭いを考えて諦めたんですよね。そのことを思い出しながら用を足し、お礼を言っていざ、登山。
の前に、眼を疑う光景が視界の隅に。
井戸でこの寒空の下、手もみ洗濯してはるんですけど!? 今は21世紀ですよね? え、GDP世界2位に躍りでようかというお国で、今もって井戸で手洗い洗濯?
しかも井戸、汚いんですけどね。
「諸葛井」てありますけど、此処、三国時代は魏の領内ですから。諸葛で飯食うのは京都で新撰組が壬生狼と呼ばれて嫌われてたのが今や観光大使つとめるぐらいアタシにとっては違和感があるのでした。
でも日本にはないモノなので、来たかったんです。。。
(その8につづく) |