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結果が産院に郵送されるのは、約一週間後だという。
それがあまりに悪かった場合、私はどうするのだろう。自問自答の日々。
旦那に意見を聞いてみたかったが、
「だから食べてしまったものはしょうがないだろう。食い過ぎなんだよ、お前は」
と、それ以上話が進まない。
悩んでいる中、昔、研修先で出会った犬のことを思い出した。
アリスというゴールデンレトリバーで、先天的に腎臓に障害があった。生まれたばかりで、治療しなければ余命二ヶ月というほど、重度の先天性疾患だった。ブリーダーさんは代犬の提案をしたらしいが、飼い主さんはもう家族の一員だから、とそれを拒んだ。それから治療の日々が始まった。
人間でもそうだが、腎臓には再生機能がない。移植手術をしない限り、完治はあり得ないが、動物ではまだまだ現実的ではない。腎臓の負担を減らし、尿量を多くするために、週に一度の点滴をすることになった。また塩分、蛋白質を制限した処方食のみの摂取をしなければならない。子犬のうちは点滴量も処方食量も少なくてすむが、ゴールデンは大型犬、どんどん大きくなる。治療費はどんどん増えていった。
性格がとても優しい、やんちゃな子で、点滴はさすがに嫌がるが、しっぽを振って病院に入って来てくれた。週に一度、病院に来るのを私も他のスタッフも、楽しみにするようになった。飼い主さんも大変だったことだろう。仕事や学校があるのに毎週末、アリスのために通院していた。一度も途切れること無く、家族旅行にも行くことなくアリスのために時間と治療費を費やしていた。
アリスが来てからもうすぐ一年というとき、症状が悪化した。腎臓には体の老廃物を濾過する他、造血ホルモンを分泌する役割がある。アリスは貧血がひどくなっていた。血が足りず、足取りがふらふらする。当時の院長先生は、飼い主さんに造血ホルモンの注射治療を提案した。ただ、かなり高価なホルモン剤で、大型犬に使用するには一回数万円もしてしまう。
飼い主さんは、治療を選択した。週に二度、注射をし、点滴を続け、一時は元通り回復した。が、最後の時が迫っていた。この治療はある程度続けると、体に耐性ができ効果が落ちてきてしまうのだ。
アリスはついに、立てなくなってしまった。排便排尿も困難になったが、人が近づくと尻尾をふり、鼻をならしてくれた。いつもブラッシングされ、きれいだった毛並みが、床ずれのため段々痛んできてしまっている。ご家族は毎日、それでもバスタオルを床ずれ面にあて、なるべくアリスと一緒の時間を作っていた。
とうとう食欲も無くなったとき、飼い主さんは安楽死を選択した。ご家族で話し合い、全員泣きはらした目で来院された。アリスはみんなの見守る中、眠るように息を引き取った。トリマーさんが、アリスの毛の一部をカットし、リボンをつけてお子さん達に渡していた。みんな泣いていた。
そのときの院長先生は後に、あれは今でも治療すべきだったかどうかわからない、遅かれ早かれ亡くなってしまうのはわかっていたのに・・と話していた。
私はそうは思わなかった。アリスは治療されて、一年という短い間だったが家族と幸せな時間を過ごすことができた。短くても、密度の濃い一生を過ごせたと思う。
一方で、動物病院では健康な命の火を消してしまうこともある。地域猫に餌を与えている方が、飼い猫ではないけれど避妊手術して欲しい、と猫を連れてくるのは良くあることだ。手術に入り、お腹を開けると既に子供がいた、ということも珍しくない。実際、春ちゃんがお腹にいるとき執刀し、複雑な思いで子宮を摘出したこともある。しかしこんな手術は、必要悪ではないだろうか。むやみに地域猫が増えても、栄養も取れずガリガリの状態で亡くなってしまうなら、まだ子宮にいる間に弔ってあげるほうが、幸せではないのか。それともこんな考えはやはり人間のエゴだろうか。生まれて、短くとも自分の意志で過ごせたほうが猫にとっては幸せだろうか。
お腹の子は、例え障害があっても生まれてきて良かった、と思えるのか、それは親の私達次第なのかもしれない。
春ちゃんは可愛い。春ちゃんみたいな子が生まれてきてくれたら・・。
でもさんざん薬を飲み、ビタミンAを摂り過ぎ、そういえば胸とはいえ、レントゲンを二枚も撮り、放射線をあびていた。動物病院でも、防護衣を着ているとはいえ病気の動物のレントゲン撮影を続けている。健康な子を望むのは贅沢なのかもしれない。
数秒なら立てるようになった春ちゃんを支えながら、今日こそ旦那とじっくり話そう、と決意した。もうすぐ結果の出る日が近づいていた。
その日はずっと入院していた犬が退院し、珍しくペットホテルもいなかった。緊急の患者さんの電話が無い限り、家で家族とゆっくり過ごせる。
「ばーばばばー。ばぶ」
「お、バブって言った!赤ちゃんらしいねえ」
親ばかたっぷりに、旦那は春ちゃんと遊んでいる。
「ねえ、話があるんだけど」
なるべく緊張を抑え、話しかけた。もし旦那に堕ろそう、と言われたら私はどう反応するのか、まだ自分でもわからなかった。
「これを最後に、もう薬についてもあんきもについても何も言わないよ。・・もし、問題のある赤ちゃんが生まれる可能性が高い、と言われたら、赤ちゃん、堕ろす?」
旦那は即答した。
「堕ろさない。そんなこと、考えたこともない」
すとーん、と心が軽くなった。
ああ、そう。考えたこともないなら、食っちまったもんはしょうがないだろ、の一言ですむよね・・。
今まで悩んでいたのが馬鹿馬鹿しくなるくらい、気が楽になった。
旦那は相変わらず春ちゃんと遊んでいる。
翌日産院から電話が来た。先生からお話がある、とのこと。
時間を作り、話を聞きに行く。
「結論からいうと、やっぱりあんきもは問題みたいなんだよね」
まず以前説明してもらった薬から、一つ一つ丁寧に話していただいた。それらにはやはり大きな危険はないということ。だが、ビタミンAについてはかなり歯切れが悪かった。
「海外の文献なんだけどね、一万IUの摂取で奇形児が生まれたという報告もあれば、二万五千IU、中には五万IUというものもある。どれくらい食べたらどの程度の確率で危険があるのかは、はっきりわからないみたいだね」
それはそうなのだろう。まさか人体実験する訳にはいくまい。私のように偶発的に摂取して、しかもそれを報告する人間のデータが揃わなければ、はっきりとしないのだろう。アメリカは日本よりもレバーを食べる食文化のため、ある程度のデータがあるらしいが、それも学者によってまちまちなのだ。
「それで、どうします?」
改めて聞かれる。
でも、私たちの心は決まっていた。
「産みます」
もうすぐ、妊娠五ヶ月に入る。
今は、やはり仕事をしながらお腹の赤ちゃんと、春ちゃんと、言葉の足りない旦那と毎日を過ごしている。
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