橋都浩平のCanopy Walk

みなさんこんにちは。イタリアと自転車と美術を愛する中年(老年?)医師です.

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脳死を再考する

6月19日,20日の2日間,熊本市で日本小児救急医学会が開かれました.そこで「小児の脳死と臓器移植」というシンポジウムが行われ,僕は「脳死を再考する」という題で発表を行いました.偶然とはいえ発表のまさに前日に,衆議院本会議で臓器移植法のA案が可決され,このシンポジウムはさらに注目を集める結果となりました.じつはこのA案は僕の発表の趣旨とはまったく異なる内容であったため,多少発表しにくい点はあったのですが,まずは自分の考えを述べることが重要と考え,そのまま発表を行いました.その内容をちょっと紹介しておきます.
日本では脳死は法的には「臓器の移植に関する法律(臓器移植法)」で定義されているために,おのずから脳死についての議論が臓器移植と関連づけてなされる傾向があります.これは当然でもあるのですが,こうした議論では,患者の命を救う可能性のある臓器移植という先端医療の推進のためには,脳死の定義を緩くしよう,あるいは脳死患者からの臓器移植を手続き的にやりやすくしようという議論にどうしても傾きがちです.しかし脳死ということ自体が医学的,法的に解決済みの問題では決してありません.したがって脳死そのものについて,臓器移植とは切り離してもういちど考え直す必要があるのではないかというのが僕の考えです.
脳死に対してわれわれが感じる「居心地の悪さ」は,それがわれわれのコモンセンスとずれている点に理由があるのだと思います.われわれのコモンセンスは,人が死ぬとは,その人が息をしなくなり,心臓が止まり,身体が冷たくなることだと教えています.しかし脳死はこれに反しています.器械や薬剤によるにせよ,脳死患者は呼吸をしており,心臓は動いており,身体は温かいのです.それを死として認めて,臓器を摘出しようというところに居心地の悪さを感じるわけです.それは単なる感覚の問題にすぎない,という説がとうぜん出てくるでしょうけれど,その感覚というものがじつは重要なのだと思います.こうしたコモンセンスとのずれを,全面的に解決することは無理であったとしても,その間隙を少しでも埋める努力をしない限りは,いくら法律を改定しても,脳死患者からの臓器提供は増えないのではないかと僕は考えています.
それではどうするのか.僕の基本的な考えは,人の死を一律に心臓死として,脳死は心臓死が近い将来に必然的となっている状態ではあるけれども,死とは認めないという態度です.そうすると脳死患者からの臓器移植が困難になってしまいますので,臓器移植を行う場合に限り,臓器を摘出しても,殺人には当たらない事を保証する,つまり法的な用語で「違法性の阻却」を認めようというものです.もちろんこの考えにも欠点はあり,殺人を法的に認めることになるのではないか,あるいはより広く安楽死などを認める傾向に歯止めがかからないのではないか,などの批判が出てくると思います.しかし僕はコモンセンスに出来るだけ近いということを大事にしたいと思いますし,それが結果的には日本での脳死患者からの臓器提供を増やす事になるのではないかと考えています.
いずれにしても,国会でもさらに真剣な議論を続け,外国から渡航臓器移植に批判が出ているから,などという浅薄な理由だけで,A案に多数の議員が賛成して,法案が成立してしまうことは避けてもらいたいと考えています.

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違法性阻却論は1994年の脳死臨調でも、1997年の臓器移植法制定のときの国会審議でも、取り上げられたことがありました。私は、臨床的に脳死と診断されたら、本人の事前の意思表示か、看護に当たっている(治療費を出している)家族(などの深い関わりのある人)の意思で、治療を停止することができる、と、まず、法で定めるのがいいのでは、と思います。この場合は医師による自殺幇助や殺人の違法性が阻却される、という考え方で。
そのうえで、本人が事前に臓器提供の意思表示をしている場合のみ、治療を本人のための医療から、移植のための臓器保存の医療に切り替えるということでよいと思います。

2009/6/26(金) 午前 10:51 [ saihikarunogo ] 返信する

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このことについては、もう一回冷静に議論してほしいと思います。
脳死の問題は、脳死された患者さんの親族の方々などの
お気持ちを反映した適切なモノでなければならないと強く感じます。

2009/6/27(土) 午前 2:55 [ mir*ale** ] 返信する

はじめまして!



脳蘇生の立場からのコメントをさせていただきます。


現在、脳蘇生不能となった場合に、お看取り医療を提供しています。成人で約4.6日で心停止となります。積極的治療を止めるだけで人工呼吸器をはずしたりはしません!お別れの現場をつくるわけです。


一方、法的脳死判定の準備をすると判定まで3〜4日かかります。判定終了して臓器が摘出されるまで平均40〜50時間かかります。つまり、5〜6日間は臓器保護するために集中治療を行うわけです。


当然、後者の方が莫大な医療費がかかります。これらの事実を潰して、移植推進側は延命治療の方がお金がかかるなどという発言を繰り返しています。とくに心臓移植医たちです。彼らは現場を知りません!


現在、我々は、脳死という死を連想させる言葉も使いません!脳機能不全と言っています。


脳死は人の死ではなく、死へ至る一方通行のプロセスの途中にあるだけです。彼らは「それを人の死としてしまえ」という乱暴な話しをしているだけなのです。


法案の再改正が提出されることを願っています。

2009/8/17(月) 午後 10:19 [ なな ] 返信する

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貴重なご意見をありがとうございます.脳死が本来の死に至る途中の段階であるのに,臓器移植のためだけにそれを死と認めてしまうのはじつに乱暴だと思います.これほどあっさりとA案が通るとは思っていなかったので,僕もちょっとショックでした.

2009/8/18(火) 午後 2:25 [ has*i_*in*club ] 返信する

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