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今から200年前のこの日が何の日であるか,ご存じの方はまずいないでしょう.これは英国の小説家チャールズ・ディケンズが生まれた日です.つまり今年は生誕200年で,今月がその記念すべき月であったのですが,日本では何も盛り上がりがありませんし,新聞にもそれに関する記事は載っていなかったように思います.
その最大かどうかは分かりませんが,少なくとも大きな理由のひとつは,彼が大衆小説作家と思われているからだと思います.雑誌Timeには,さすがに彼の特集が載っていましたが,この記事を書いたRadhika Jones は「20世紀前半には,難しくなければ芸術ではないというモダニズムの教義によって,ジェームズ・ジョイスやヴァージニア・ウルフの作品のように,ややこしくてサービス精神の欠けた小説がもてはやされ,ディケンズの作品は評論家たちから軽蔑されていた.」と述べています.この20世紀前半のヨーロッパでの傾向は,21世紀の日本ではまだしっかりと生き残っています.
つい先日も直木賞と芥川賞の発表が行われましたが,日本では前者が大衆小説,後者が純文学ときちんと色分けされ,それが延々と続いています.もともと僕は現代日本文学に興味がないので,誰が何賞を取ろうとかまわないのですが,この色分けを後生大事に守っている伝統だけは何とかならないか,と思っています.いったい戦後にいわゆる純文学として書かれた作品の中で,その後も読み継がれている作品がどれだけあるのだろうか,最近20年間の芥川賞受賞作品の名前をひとつでも挙げることのできる人がどれだけいるのだろうか,と考えると,“純”文学とは何なのかと考えざるを得ません.
まあそんなことよりもディケンズです.彼は現在の形での小説の執筆と出版が行われるようになった時期の最初の偉大な作家でした.しかし当時,小説は現在のように最初から単行本として出版されるわけではなく,ましてや同人誌に掲載されるわけでもなく,一般大衆雑誌の連載として書かれました.そのため時にはむりやり読者を引っ張って行かなければなりませんし,ある時には前後で筋立てや人物造形に矛盾が生じることもあります.ですから彼の小説を批判することはいくらでもできます.主人公のキャラクターが弱いとか,筋立てに無理がありすぎる,等々.しかし読んでみれば,何と言っても面白いし,そこには人生の真実が含まれているからこそ,200年間読み続けられているのだと思います.
じつは僕もディケンズをちょっと馬鹿にしていたのですが,Kindleでは著作権が切れた古い作品は無料でダウンロード出来るというのが理由で,彼の作品を読み始めたわけです.そうするとさすがに面白く,次々と読んでしまいました.考えてみれば,ドストエフスキーにしろバルザックにしろ,モダニズムの毒気から無縁な作家の作品は,筋立てはまさに大衆小説であり,読者を引きずって行く力があります.みなさまもこの生誕200年をきっかけに,ディケンズなど読んでみてはいかがでしょうか.中でも映画やミュージカルにもなった「オリヴァー・ツイスト」は取っつきやすいと思います.
雑誌Timeのディケンズの特集の最後は次の言葉で終わっています.「ひとつだけ確実なのは,2112年2月7日にも,人々はこの無比の作家の300回目の誕生日を祝っているだろうということだ.」
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