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雑誌「Scientific American」の2月号に「The Great Prostate Cancer Debate」と言う記事が載っています.内容は,前立腺がんを血液検査でスクリーニングすることについての是非で,書いているのはハーバード大学の内科医(泌尿器科医ではないところがポイントです)で,前立腺がんの専門家であるMark B. Garnickです.これを読んで,僕は自分の専門の小児がんの領域で大きな問題であった,神経芽腫という小児がんのマススクリーニングと,あまりに共通点が多いので,びっくりしました.これはがんという病気をどのようにとらえるかという根本的な問題とも関連しますので,ここに書いてみたいと思います.
神経芽腫は小児がんの中でも数が多く,とくに進行して転移のある患者さんの治療は非常に難しく,小児がんの治療に携わる医師の間では,何とか早期発見によって治療成績を改善できないか,とさまざまな工夫が行われていました.そこに登場したのが,尿の検査によるマススクリーニングという画期的な方法です.神経芽腫の患者さんの多くは尿中にVMAという物質を排泄しています.そこで赤ちゃんの6ヶ月定期検診の時に母親に濾紙を渡し,これにおしっこをしみ込ませてもらいます.それを保健所に送ってもらって,VMAの検査を行い,もし高い値を示したら,病院を受診して,がんでないかどうかの検査をするという方法です.
この方法は当時,京都府立医大の講師だった澤田淳先生によって,1973年に京都市で開始されました.最初は疑問視する医師も多かったのですが,まもなく実際に神経芽腫の患者さんが見つかることがわかり,大きな反響を呼びました.そしてマススクリーニングは,地滑り的に次々と県や市などの自治体単位で行われるようになり,1985年からは国の事業として行われるようになりました.この頃には,神経芽腫が早期発見されるのだから,進行例が減り治療成績が向上するだろうと,誰もが信じていたのです.
ところが次第に奇妙な結果が明らかになってきました.がんを早期発見するのですから,本来であれば,全体の数は変わらずに,早期例が増えて進行例が減少するはずなのですが,神経芽腫の患者さんの数が,マススクリーニング開始前にくらべて,倍にも増えてしまったのです.しかも転移のある進行例の数はほとんど変わりません.要するにこれまで見つかっていなかったような,早期の例が増えただけで,進行例はほとんど減らないという,最初の目的とは違った結果になってしまったわけです.もともと神経芽腫は奇妙ながんで,以前から自然治癒する例があることは知られていたのですが,どうやらマススクリーニングでは,こうした症例しか(実際にはそうでない症例も多少は含まれているのですが)見つけられないということが分かってきたのです.
それでも神経芽腫による全体の死亡率が下がれば,マススクリーニングをやる価値があるという考えもあるのですが,死亡率が下がったという証拠は得られず,手術する必要がない多数の患者さんに手術を行うのは,あまりにマイナスが多すぎます.そこで厚生労働省の委員会で検討を行い,2003年に国として神経芽腫のマススクリーニングを中止することが決定され,現在は行われていません.僕は当時その決定を行った委員会の委員を務めていましたので,この問題に大きな関心を持っています.
さて前立腺がんのスクリーニングです.これは前立腺がんの患者さんの血液中にはPSAという物質が多いということが1970年代に発見され,アメリカでは1990年代から中高年男性の血液検査を行って,前立腺がんを早期発見しようという動きが始まりました.ところがその結果,神経芽腫とまったく同じような結果になったのです.治療を受ける前立腺がんの患者数が2倍に増えたにもかかわらず,死亡率はわずかしか下がらず,しかもその低下は,スクリーニングによるものではない,という結論が出されました.
前立腺がんは神経芽腫とは違って,自然治癒するわけではありません.しかし多くの症例は,進行がきわめてゆっくりであるため,前立腺がんを持った患者さんは,他の病気や他のがんで亡くなることになり,前立腺がんが命を奪うことは,それ程多くはないのです.しかも前立腺がんの手術は,技術的に進歩が続いているとはいっても,尿失禁や勃起不全といった合併症も多いので,手術が必要ない患者さんに対して,手術を行うことは,神経芽腫に対する手術以上に,正当化することが難しいのです.そのため現在では,前立腺がんに対しては見つけ次第,手術や放射線治療を行うのではなく,慎重に経過を追って,どうしても治療が必要と考えられるようになった時まで,治療は行わない,という方針が中心となっています.
この2つのがんのスクリーニングの結果から分かることは,一口に「がん」といっても,その中にはすぐに治療が必要なものも,経過を観察すれば十分なものも含まれており,同じに扱うことはできない,ということです.そしてがんを過度に恐れるのではなく,がんと共存するという道もあるのだ,ということも知る必要があると思います.じつは僕もPSAの値が,前立腺がんを疑わせるくらい高いのですが,とりあえずは経過観察を行い,場合によっては,がんが見つかっても,がんを持ったまま死ぬ道を選択することも考えています.
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