うるう秒がなぜあるのか
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あけましておめでとうございます。
さて、今日は7年ぶりに訪れたうるう秒の話題。
日本時間の今日午前8:59:59と9:00:00の間に8:59:60が挿入されたことは多くの方がご存じだろう。 では、なぜこのようなうるう秒を入れる必要があったのだろう? それについてはたとえば以下の説明を読んでもらいたい。
要は、昔は地球の自転を基準に時間を決めていたが、地球の自転にはゆらぎがあるので、最近になって原子時計を基準にするようになった。そこでできた地球の自転による時間と原子時計による基準のずれを補正するためにうるう秒を挿入する、というものだ。
ではなぜ、地球の自転にはゆらぎがあるのだろう?
その説明としては、たとえばこんな感じ。 [ワシントン 25日 ロイター] 1分が61秒に? 2006年の始まりには、7年ぶりの「うるう秒」の挿入が行われる。これは、地球の回転の遅れから生じるずれを調整するための操作だ。
しかし私はこの説明を読んで、あれ?と思った。もし、地球の回転がどんどん遅くなっていっているのが原因でずれが生じるなら、そのずれの程度は加速度的に大きくなっていくはずだ。たとえば1年で1秒分ずつ回転が遅れるとしたら、1年後には1年は1年と1秒に、2年後は1年は1年と2秒に、10年後は1年は1年と10秒になる。ずれの程度はそれが積算されるから、1年後には1秒ずれ、2年後は3秒ずれ、10年後は45秒ずれる計算になる。
だが、実際のずれの程度を見てみると、そんなに加速度的に遅くなっているようには見えない。
http://astro.ysc.go.jp/earth-rot.html この上の図を見ると、だいたい平均して自転周期は百年で1.7ミリ秒遅れるようだ。 その数字をもとに、自転周期が遅れることによってどの程度ずれが生じるのかをプロットしてみた。
考えられる原因は2つある。一つは、そもそも自転周期の遅れの程度が異なっている可能性、もう一つははじめから2つの基準で一日の長さが違っていた、という可能性だ。
まずは自転周期の遅れの程度が異なっている可能性を考えてみる。自転周期の遅れの程度をいろいろ変えてプロットしてみたところ、百年で10ミリ秒遅れていると仮定するとだいたい合う。
次に、はじめから地球の自転による一日と原子時計による一日の長さが違っていた、という可能性を考えてみる。この場合は、先ほどの百年で1.7ミリ秒の遅れに加えて、一定時間常にずれることになるので、その分も計算に加えて、きちんとフィットするように合わせると、1年で0.7秒のずれがあると仮定することによって比較的フィットすることになる。
もしわかりにくければ、自動車の速度と加速度の違いをイメージするとわかりやすいかもしれない。自転が遅くなるのは自動車のスピードがどんどん落ちていくことに喩えられ、また、もともとの自転による一日と原子時計による一日の長さの差は、本来のスピードと実際のスピードの差に喩えることができる。
さて、1年で0.7秒ほど違うということは、1年は60*60*24*365=31,536,000秒だから、31536000/0.7=45051429秒に1秒ずれていることになる。1秒の定義はセシウム原子が9192631770回振動する時間だから、これを1秒=9192631974回振動する時間と定義を変えることによって、おおよそ自転周期を基準にした1年の長さと原子時計を基準にした1年の長さが合うことになる。いったいなぜぴったり合うような定義にしなかったのだろう?自転周期は遅れる傾向にあるから、いずれはずれてくるのは仕方がないにしても、しばらくの間はうるう秒を挿入する必要はなかったはずなのに。当時の測定技術の限界なのか、それとも他になんらかの事情があったのか、それとも私がすごい思い違いをしているのか。ご存じの方がいたら教えてください。
いずれにせよ、
・確かに地球は遅くなっているが、うるう秒の調整にはそれほど関与していない ・最初から地球の自転による一日と原子時計による一日の長さは違っていた ・最初から原子時計による一日は短かったため、自転の速度が速くなってもうるう秒が削除されることはなかった ということのようである。
余談だが、うるう秒に関するトピックとしては、2004年12月に発生したスマトラ沖の地震の影響で、「地球の偏平率が減少し自転速度が増した結果、1日の長さが100万分の2・68秒短くなったり、今回限りでうるう秒を廃止し、うるう分を採用しようという動きがあったりする。
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