枕草子-まくらのそうし

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南宋の花鳥画家林椿の「果熟来禽図」「枇杷山鳥図」「葡萄草虫図」

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りんちん 林椿 
南宋の花鳥画家。銭塘(浙江省杭州)の人。淳煕(1174-1189)年間の画院待詔、金帯を賜わる。
花卉・翎毛を善くし、「傅色に法を得しも、描写が差や弱し」(『画継補遺』1298)ないし「趙昌を師とし、傅色は軽淡、深く造化の妙を得たり」(『図絵宝鑑』1365)と評せられた。
林椿の落款を施され、るいはその作と伝える作品は数多いが、林椿の個人様式を抽出することは現段階では困難である。

【作品】
1、「果熟來禽図」、「枇杷山鳥図」、「葡萄草蟲図」北京故宮博物院蔵
2、 ○「海棠花図」団扇 (台北/国立故宮博物院蔵)

****花鳥画について****

花の美しさや鳥の愛らしさを詠じた歌は古くからあったが、絵や彫刻で表すことはなかった。
 平安時代から、北宗画の影響で描かれるようになった。鎌倉時代には、かなり描かれたらしい。狩野派、雪舟などが描いた。四季の花鳥を同一画面に配列しているのは、平安時代からの倭絵が四季を描いているので、日本の花鳥画の特色といえる。彼らの濃彩画と並んで、淡彩や水墨の絵も作られた。風景画の内容をもったこれらの花鳥画は、小品で日本向きであった。桃山時代には、城の大建築に合わせて濃彩花鳥画が描かれた。
 江戸時代も城の装飾画だったが、文治政策によって自由に鑑賞できるようになったので、花鳥画はいよいよ盛んになった。また、商工業者の上層部にも愛好されるようになった。本阿弥光悦や栄達、土佐派が、倭絵的な新様式で大画した。後に、尾形光琳と光琳派が出た。また、明・清の花鳥画を学んだ諸派は、写生主義と装飾性をうまく調和して、町人上層と文人に流行した。これが明治時代に引き継がれ、現在に至っている。
1.四君子
もとは中国の画で、蘭、竹、梅、菊を描いたもの。君子の気品の高いのに喩え、陶淵明、王子猷らが愛賞した。一年中掛けられます。
2.四季草花
四季の代表的な花を組み合わせたもので、一年中掛けられます。
3.松竹梅
松、竹は冬の寒さに耐えて緑を保ち、梅は厳寒の後に花を咲かせるので、古来より「歳寒の三友」と呼び、めでたいものとして画題にされている。
 中国の金の時代に王澹游が描いた歳寒三友図、皇甫の松竹梅、元の時代にそれを題材にした張伯淳の詩があり、明になってこの三つが「歳寒三友」として文墨の間に流行した。これが賀意をもつようになったのは、蓬来思想と結びついたからであろう。

寒を凌ぎ春に先んじて開き、香りは花の中の君子のようであるところから、古来より好んで描かれる。白梅、紅梅、墨梅など。
 竹松と並んで「歳寒三友」、らん、竹、菊と一緒にして「四君子」とする。

 まっすぐで節のあるのが雅趣があると喜ばれる。文人書家の好むものであった。石を配して「竹石」、蘭を配して「らん竹」、人物を配しては「竹林と賢人」など。
 竹に雀、竹に虎は古来より一種の習慣になっている画題である。

 百木の長で、万年の寿を保って、四季常に緑なので、長寿を祝うのに用いられる。

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