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陽だまりの木
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 韓国釜山の日本総領事館前に従軍慰安婦の少女像を建てたことで、日本側はその対抗措置として職員などを一時帰国させたりしているが、何で韓国側はこのようなことをするのだろうと理解に苦しむ。前にも私はここで従軍慰安婦問題自体がないのではないかと書いたが、それははっきりした証拠がないからであると書いた。韓国の人たちだって証拠などなく、それは日本の元総理大臣だった村山さんや自民党の元総裁だった河野さんなどが談話として発表した中で、そのような従軍慰安婦問題があったのだと述べているから、彼らはそれを盾にしているようなのだ。そしてこの日本側の二人にしても、確たる証拠などなかったようなのだ。こんなのが本当であるのなら、国際政治など無茶苦茶な話である。

 しかし私たちはなぜこのようなホントかウソか分からないようなことをずっと長い間信じ込んで来たのだろう。私自身もずいぶん長い間生きて来たつもりだが、よく考えれば、子供の頃、小学校や中学校で先生たちに教えられた中にその芽生え、根本的なものがあったのだと思うのだ。

 それはもしかしたら今よく言われる言葉である「自虐史観」的な見方によった勉強ではなかっただろうか。アメリカと戦争して負けてしまったのだが、一方的に日本が悪かったという考え方で私たちは教えられてきたのではなかろうか。戦いには正しくとも負けることはあるはずだ。逆に正しくなくとも圧倒的に力があれば勝つのは当然である。なぜ私たちは負けた上に一方的に悪かったのだろう。
 学校の先生たちはその辺のことを私たちに教えてくれなかった。まあだからと言って悪いとも教えなかったと思うが、世の中の風潮や空気は断然日本が悪かったというものだったと思う。そんな中で私たちは生きて来た。長い時間を過ごして来た。何の疑いも持たなかったが、時々日本は悪くはなかった、自虐史観は良くないなどという考え方を聞いたりもしたが、それらとて単なる右翼の熱心な主張だろうと思って、自分自身がその人たちと同じように考えたり訴えたりなんて出来なかったものである。

 しかし人間には想像力というものがある。自分と同じ日本人がそんな悪いことをするだろうか。自分の父親たちがそんなことをするだろうかと想像してみれば良い。たまには日本人の中でも悪いことをやったり残忍なことをやったりする人もいるだろうが、そんなのはごく少数派であり多くの日本人は圧倒的に善人が多いと思う。何十万人という女性たちを無理矢理強制的に連行して男性の慰みものにするだろうか。そんな乱れた規律で当時の日本陸海軍が存在していただろうか。想像すれば答えは自ずと出てくるではないか。

 私の父親は当然兵隊の一人として戦地に赴いたが、時々父から聞いた戦争の記憶の中の話では意外に楽しい話が多かった。父親もその話をするときは、そんなに悲壮感もなく、ホントに私に楽しげに語ってくれたものだった。
 
 それともう一つ。よく地震や津波などで日本で大きな災害などがあった時に、日本人はそれに乗じて略奪や盗難なども起こらず、食べ物の配給などでも、行儀よく列に並び、それを見た海外の人も日本人の態度に感嘆したというニュースをよく聞く。日本人はどんなに苛酷な辛い目にあったとしても、平静を装い礼儀正しいと絶賛される。そんな国民性を持つ我々日本人の先祖が、残虐な無礼な態度や行動を取るだろうか。想像してみればよくわかることだ。
 
 それをすぐに海外の一部の人たちが日本を非難し、又国内の一部の左翼と言われる人たちが自国を侮蔑するようなことを言った時に直ぐに信じて同じように自分の生まれた国と人々、そして先祖を蔑むような、そのような感覚を持つとは、一体どうしたことなのだろうか。
 
 日本人は世界でもまれな大人しい静かなそして礼儀正しい民族であると思う。そういう美徳にもっと私たちは誇りを持ち、もっと冷静に自分自身を見つめなければならないと思うのだ。大人しい静かなと書いたが、楽しい明るい陽気な民族でもある。ただ無礼な人のものを簡単に略奪するような、物質優先の民族でないことは確かである。

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