私に出来ること
バラ/(詩心)ドジョーギーン・ツェデブ博士245月の窓辺
昨日から2日間の開催です。 最終日の今日のバラは今日は少し元気がないかなぁと思いました。 精一杯咲き誇るバラの命を惜しみながら、デジカメのシャッターを夢中で押しました。 家の庭には主人が作ったツルバラが満開です。ブログに載せる写真が一杯です。 今日は頂いたオレンジ色のバラの写真を。 「友情の大草原」より抜粋 <詩心> ツェデブ博士 「古代モンゴル人の間では、頭韻を踏んで詠ずる習慣が広まって いました。また、ある古代壁画には、踊っている姿が残っており、学者たち はそれを、詩が存在していた証拠であると考えています。 『旋律やリズムなしに踊ることはない。旋律やリズムは、詩歌なしには 成立しない』ことがその論拠です。」 対談者 「まことに興味深い考察です。文献として残っているもので言えば、13世紀 に成立した『モンゴル秘史』にも、数々の優れた詩文がちりばめられて いますね。たとえば次のような一節があります。テムジン(後のチンギス・ ハーン)が、父の盟友であったオン・カンに黒;貂の皮衣を捧げたことに 対し、オン・カンは『詩』をもって返礼する場面です。 黒貂(くろてん)の皮衣の返礼に 離れ離れになりたる汝が国民をば 集めてやらん 貂(てん)の皮衣の返礼に 散り散りになりたる汝が国民をば 纏(まと)め合わせてやらん 腎臓は腰に、秘密は胸にあれ 各行頭のモンゴル語の発音は、「カラ・ブルガン/カカチャグサン/カムト ドガユ/ブルガン/ブタラクサン/ブグドケルドジュ/ボオレ」と記されて います。こうした韻文は、古くから貴国に根づいていた『詩を愛する心と技』 が凝結したものでしょうか。」 ツェデブ博士 「そう思います。『モンゴル秘史』にも『アンドガイ(誓い)』と呼ばれる、詩歌 と旋律の動きの三つで構成される古代の踊りが記されています。 また、古代モンゴル人は、使者の伝令、手紙などを韻文で作り、送る習慣 がありました。モンゴル人はこれを『歌を贈る』と表現していました。 使者の言葉が韻文であることには理由があります。一つは覚えやすいよう に、二つに、一字一句伝え漏らさないように ー 。細かく厳しい規則が あった、と言われています。」 対談者 「・・・・・・・略・・・・・・ まさに『詩』は、魂のメッセージが凝縮された『ことばの結晶』ですね。」 |
