歓喜と絶望〜そして誕生日おめでとう!
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今から18年前の8月26日、歓喜と絶望を1週間の間に経験しました。結婚して4年目の事、待望の赤ちゃんが誕生しました。午前11時ごろです。最新のビデオカメラを購入し、その瞬間を待っていました。
生まれたのは男の子でした。自分の赤ちゃんを抱いた瞬間、なんてかわいいんだろうと心の底から感じました。お腹にいるころから胎内教育のため、絵本の読み聞かせを毎日やりました。フラッシュカードを手作りで作成し、準備もしてきました。音楽を特にクラッシック(モーツアルトなど)を聴かせたり、私たち夫婦にとって子供を授かることは奇跡的な事でした。
妻は、20歳のとき脳腫瘍を摘出し、脳下垂体を失いました。以来薬を飲み続け、生命を維持してきました。腫瘍の摘出の影響で下垂体機能低下症になり、下垂体の働きを損ない、副腎や甲状腺、性腺などにかかわるホルモンが不足、特に副腎皮質刺激ホルモンが不足すると、命の危険さえある。仕事中、意識を失って急に倒れて救急車で搬送される事も何回も経験しました。
そのため、薬で定期的に生理を起こす薬を服用。妊娠することは不可能とさえ医師に告げられた。それでも諦めることはできませんでした。脳外と婦人科と相談しながら不妊治療をうけました。その他、不妊に効くということは何でもやりました。整体治療、ハリ治療、電気治療その他怪しげな治療等も受けました。もちろん保険も適用外でした。藁にもすがる思いでした。
こうして授かった生命でしたが、生まれて1週間は新生児室で普通に過ごしていました。1週間後、新生児集中治療室に移され、保育器の中で、酸素マスク、注射、心拍計測器などに囲まれうつぶせの状態でとても痛ましく感じました。しばらくすると医師が2人を呼び出し、病名が告げられました。
先天性心臓病、「大動脈弓離断」「大動脈肺動脈中核欠損」と生まれる前から医師は診断していたようです。手術をしなければ1週間の命と宣告せれました。この病院では60%の生存率と聞かされ、わが子を前に涙がとめどおなく目からあふれ出ました。夕日が窓からみえただ茫然と立ち尽くした。走馬灯のように今までの事が思い出され絶望のどん底に突き落とされた。
それから、福岡の子供病院なら70%の生存率だが、どうしますかと尋ねられ、即座に福岡行きを決断。現在は何の副作用、障害もなく、元気に成長し、18才の誕生日を迎えることができました。いろんな方々から励ましとお見舞いをいただきました。今でも感謝しています。この子は人を助ける仕事をしたいと現在薬剤師を目指し、頑張っています。いつか恩返しができる人間になれるようサポートをしていきたいと思います。
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はじめまして
実は8月26日に次女を出産したばかりの者です。
2ヶ月も予定日よりも早く早産で帝王切開でしたが、今は病院のベッドの上からコメントをしています。
実はこの次女も先天性心疾患と言われ、その現実を今はまだ受け止められずに毎日泣いてばかりいます。
健康に産んであげられなかった、代われるものなら代わってあげたい、NICUにいる娘をみて涙が止まりません。
うちの次女は早産だった為、もう少し体重を増やして大学病院に転院して手術を何回かしなくちゃいけないみたいです。
それでも生存率は100%じゃないんですが。。
心臓病でも元気な子供さんの記事を見て、少し希望の光が見えたように感じましたのでコメさせていただきました。
2010/8/29(日) 午後 9:02
はじめまして
8月26日私の長男も先天性心臓病で生まれてきました。生後2週間9月9日救急の日に手術を受けました。
何度も危機に遭遇するかもしれませんが親になったのですから、絶対にあきらめず、さっちゃんのためにも強くなって下さい
2010/8/30(月) 午前 1:05 [ ヒデボー ]