トウキョウ2008年2009年

昭和、戦後の家族の情景を描きたいと思ってます

父の戦争

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オレの戦争

  
   オレの戦争   (1)‥‥前の章の直し‥
 
 畑の橙の木には、ふくらんだ青い実が、茂った葉に隠れて実っていた。
 
 オレは、その一本の橙の木の下に屈むと、片膝を立てて座った。すばやく
 
二枚の羽根を、鶏の背で互い違いにする。その互い違いの羽根の根元を、左
 
手で握り締める。
 
 あばれていた鶏は、身動きができないまま、細い脚を伸ばし、赤い鶏冠
 
は、恐怖からか紫色を帯びていきり立っている。
 
 オレは、握った羽根の軟骨から、命の温みが伝わってくるのを感じた。こ
 
れからやらなければならないことを考えると、手が汗ばむ。
 
 ふと、オレは、尿意を催していた。どうしても我慢ができないというもの
 
でもなかったが、気持ちをすっきりさせるためにも、放尿をする必要があっ
た。
 
 オレは、鶏を抱えたまま、橙の木を避けながら、畑の石垣に向っていっ
た。
 
 左手で鶏の羽根を握ったまま、石垣の前に立つ。右手の鎌を足元に放っ
 
た。ズボンの前のボタンを外していく。
 
 畑の草は、今朝、何十本とある橙の木の枝の下にもぐりこんで、妻の栄子
 
と一緒に、鍬でとっていった。橙の木を育て、その実を大きくするには、下
 
草を取るのが大事な作業だった。夏には摘果して、その実を太らせる。正月
 
を過ぎると、黄色い実がふくらんでくる。
 
 一年に一度の春の収穫。この畑に繰り広げられる一年かけての労働は、し
 
っかりと橙の木の実が答えてくれる。
 
 オレは、石垣の下の土に放尿する。橙の木の毛根は、石垣の近くまで、広
 
がっている。乾いた土の中に、白い飛まつは吸い込まれていく。しばらく土
 
が黒く濡れていくのを見ていたが、オレは視線を、目の前の、乱積みにされ
 
た石垣に移していった。
 
 石垣は青く苔むして、丸くなっている。その一個一個が何十個、何百個、
 
何千個、何万個と組まれて、この山全体の畑を支えている。
 
 ふと、オレは、この石垣には、何世紀かの、長い時間が流れているような
 
気がしてきた。この石組みを組んだのは、じい様よりもずっと前の、幾世代
 
前のオレの祖先が、稗や粟を作るために、心骨を注いで、開墾した畑のよう
 
な気がしてきた。
 
 家の橙畑はこの畑だけではない。この裏山を登っていって、よその家の畑
 
をいくつも通りこしていって岬に出る。その裾が磯辺まで伸びている山の斜
 
面に、橙の木が何千本と植えられたところに、家の段々畑があった。
 
 
 

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中原美枝子
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