ラジオ日本の競馬中継
午前10時のチャイムが鳴り、アナウンサーの朝の挨拶。 すぐに第1レースのファンファーレ。 そのアナウンサーがそのまま実況。 ゴールイン後、単勝と連勝のオッズを伝え、ようやく番組オープニングのジングル・・・ 昭和63年から競馬を見ていますが、今のようにグリーンチャンネルも無いその頃。 我が家では毎週日曜日、朝10時からラジオ日本の競馬中継が流れていました。 父が専門紙の「1馬」と、オーソドックスな赤のサインペンを持っていたあの様子。 「今日は競馬場行かないの?」と聞き、行くと決まれば大喜びだった小学生のひろ坊。 20年経った今でも、はっきりと目に浮かんできます。 窪田康夫さん、林洋右さん、樋口忠正さん、井口保子さん。 レースごとに替わる実況アナウンサーに影響され、幼いひろ坊は傍らの「週刊競馬報知」の結果欄を見ながら、実況やレース結果の物真似と言いますか練習と言いますか、暇さえあれば喋っていました。 「1レース3歳未勝利戦、ダート1400m8頭立て。 1着2(ふた)番レインボーアンバー、1分26秒3、増沢末夫。 2着3番マイファイブスター、3馬身。 3着7番パンドラスボックス、1馬身2分の1。 単勝2番220(ふたひゃくふたじゅう)円、 複勝1着2番110(ひゃくとお)円、2着3番140円、3着7番120(ひゃくふたじゅう)円。 連勝2−3(にーさん)、720(ななひゃくふたじゅう)円。 1レースでした。」 2を「ふた」と呼び、10を「とお」と呼ぶ。 この競馬中継を聞いていて、自然な言い方として身に付いてしまいました。 「連勝3−6(さぶろく)、2210(ふたせんふたひゃくとお)円」なんて出たら、それはもう、妙な嬉しさすら感じていたものです。 小学校で暇な時間に披露して、周囲から怪訝な目で見られたのは言うまでもありません。 ケーブルテレビ経由でグリーンチャンネルに入った後も、父はラジオ日本の中継にこだわり、TVを音声無しのグリーンチャンネル、ラジオでラジオ日本をつけて聞いていました。 今は残念ながらラジオ日本の聴取エリア外に住んでおり、なおかつひろ坊が小学生の頃のアナウンサーが全員いなくなっているようなので、仮に聞いても違和感ありありかも知れません。
できることならもう一度、当時の放送を聞いてみたい、当時を思い出しながら聞いてみたい、そんな機会に恵まれることを願っています。 |