豊島区議会議員(行政書士) 永野ひろ子

豊島区議会議員(行政書士)永野ひろ子の活動記録です。

全体表示

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全43ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11]

[ 次のページ ]

豊島区議会 第一回臨時議会

今日は当選後初めての本会議。
といっても、この間会議はいろいろあったのですが。
 
今日は朝早くから議会におり、ただいま22時15分を回ったところ。
諸事情あって会議が進みません。
禁足令のまま、会派控室にいます。
 
下の8ヶ月の娘が昨日から40度の熱を出し、今朝後ろ髪を引かれる思いで母にお願いして出てきたのですが、娘と上の2歳の息子にも風邪が移っていないか心配。
 
先程、今日中には帰れないことが確定。
 
トホホ………。
 
こうちゃん、るこちゃん、ママ遅くなるけど、イイコしててね…。
 

閉じる コメント(1)

閉じる トラックバック(0)

ご報告

お蔭様で、3期目の当選を果たさせて頂きました。
法律上の規制により、当選御礼ができないので、ご了承ください。
 
今回の選挙戦、民主党に対する厳しい評価が改めて浮き彫りとなりました。
 
豊島区では、当初12人公認。
豊島区議会の定数が36人ですから、これ自体が無謀ともいえるものですが。
そして、民主党への評価が厳しくなったことや個人的な問題を理由に離党者が出て、9人公認の状態で選挙戦に突入し、結局通ったのは、私を含めて3人のみ。
 
実は今回私は、2歳と0歳の乳飲み子を抱えていましたし、夫と同時に別々に選挙を戦うことは大変難しい状況でしたので、ギリギリまで夫か私か両方か、選挙に出ないという検討をしていました。
ですが、やはりご支援いただいている方の声に応えるべく、毎日限界を感じながらも一日一日なんとか乗り越えてたどり着いたという感じです。
 
私は、ただ名前を言う、お願いしますという選挙はやりたくないので、街頭でしっかり演説をするスタイルです。
街頭演説をしていると、きちんと聞いてくれた人は、「民主党はダメだけどあんたは頑張れ!」というお声をかけてくださる方、拍手や握手で激励してくださる方も何人もいて、それなりに手応えは感じていたのですが、前回から1000票以上も減ってしまいました。
後援会や団体応援の無い状態ですと、やはりいわゆる「風」に左右されるということがはっきりと出た結果です。
 
かといって、これからも票の抱え込み的な後援会作りをしようとは思いません。
あくまで、フリーの立場(政党には属していますが)で、自分がやるべきと思う政策、必要と思う活動を行った上で賛同者を増やして行きたいと思っています。
 
今回一番残念だったのは、もともと低い投票率が前回よりさらに落ちたことです。
街頭演説でも、「私に投票しなくても、必ず投票に行ってください。今、全員参加で政治を地域を日本を立て直すとき」と繰返し言ってきましたが、この結果には脱力感が伴いました。
一部の人だけの政治ではなく、あらゆる立場、あらゆる年代の方の政治参加が進むようにという取り組みは、これからも重要な課題としてやって行きたいと思います。
 
混迷を極める政治状況ですが、自分がやるべきことを一つずつやって行きたいと思っています。
 
これからも頑張ります。

閉じる コメント(0)

閉じる トラックバック(0)

豊島区長選挙/豊島区議会議員選挙の期日前投票(不在者投票)

豊島区長選挙/豊島区議会議員選挙、期日前投票(不在者投票)のご案内
 
豊島区長選挙・豊島区議会議員選挙が明日4月17日(日)告示、4月24日(日)投票の日程で行われます。
当日何らかの理由で投票所に来れない方は、期日前投票や不在者投票をご利用ください。

期日前投票は告示日の翌日から投票日の前日の期間、投票が可能です。
 
私たちの地域を、暮らしをより良くするためには、まずは政治参加から。
皆さんの力のある一票を無駄にしないために、期日前投票をご利用ください。
 
下に、区のお知らせを転載しますので、ご活用ください。
 
なお、告示から選挙期間中は、ホームページ等の更新が制限されておりますので、明日から投票日まで、更新ができません。
 
選挙にはいろいろなエピソードがつきものですので、お伝えできないのも残念ですが、事務所近くにお寄りの際はお気軽にお立ち寄りください。
また、街中で見かけたときには、声を掛けてくださいね。
  

期日前投票

更新日 平成23年3月24日
期日前投票の説明図
 選挙の投票日より前であっても、投票日当日と同じく投票を行なうことができるのが「期日前投票制度」です。
 投票日に、仕事・旅行などのやむを得ない理由で投票所に行って投票することができないと見込まれるかたは、選挙の公示日(告示日)の翌日から投票日の前日まで、期日前投票所で投票することができます。

投票の方法

 「選挙のお知らせ」を持参の上、受付で「宣誓書兼投票用紙請求書」を記入し、提出してください。
 「選挙のお知らせ」がなくても期日前投票はできます。印鑑は必要ありません。
 (注釈) 投票日に20歳を迎えるかたは、不在者投票になります。

期日前投票の場所・期間等

  • 区民センター 3階(東池袋1-20-10)
     選挙の公示日(告示日)の翌日から投票日前日までの毎日
     午前8時30分から午後8時
  • 東部区民事務所 (北大塚1-15-10)
     投票日の前週の日曜日(区議・区長選挙は月曜日)から投票日前日まで
     午前8時30分から午後8時
  • 西部区民事務所 (千早2-39-3)
     投票日の前週の日曜日(区議・区長選挙は月曜日)から投票日前日まで
     午前8時30分から午後8時
  • 池袋第三区民集会室 (池袋3-29-10)
     投票日の前週の日曜日(区議・区長選挙は月曜日)から投票日前日まで
     午前8時30分から午後8時

期日前投票所

更新日 平成23年3月24日

区民センター3階 東池袋1-20-10

区民センター3階

東部区民事務所 北大塚1-15-10

東部区民事務所

西部区民事務所 千早2-39-3

西部区民事務所

池袋第三区民集会室(池袋図書館併設) 池袋3-29-10

池袋第三区民集会室
 

閉じる コメント(1)

閉じる トラックバック(0)

市民のネットワークによって被災地を救う活動についてのご紹介

東日本大震災から1ヶ月が経過しました。
もう1ヶ月たったのかと思う反面、今日も何度も余震があったりして、この1ヶ月間、毎日地震のことを考え、いつまでも終わらない緊張状態に皆が疲れている感じがします。
 
被災地が大変なのは言うまでもありませんが、地震、津波、原発、風評被害と災害の余波、2次・3次的な災難に国全体で途方に暮れてしまうような事態。
 
そんな中、市民のネットワークによって被災地を救う活動が展開されている事例についての情報を得ましたので、ご紹介させて頂きます。
 
以下、私のパートナーである、渋谷区議会議員 鈴木けんぽうのブログ
に掲載している記事を転載します。
 
 
東京大学医科学研究所 先端医療社会コミュニケーションシステム 特任教授の上先生から被災地支援について寄稿して頂きました。
医療現場という、極めて重要なセーフティネットを被災地において維持するために、人々のつながりがいかに重要な役割を担ったか。
「大震災が日本の医療の終焉の始まりとなるのか、再生の萌芽となるのか。それは、これからの我々の行動にかかっている」と書かれていますが、これは医療だけではなく、公的サービスを含む様々な分野に該当します。
その意味で大変貴重な報告だと思います。

ぜひご覧ください。


--------------------------

市民のネットワークが被災地を救う: 地震医療ネットワークと相馬市


3月11日、東日本大震災が発生し、各地で甚大な被害が生じた。特に悲惨だったのは、福島県の浜通地区だ。地震・津波に加え、原発事故、さらに風評被害が加わった。行政のサポートも不十分だった。相馬市の立谷秀清市長(医師)は「厚労省は、私たちを救うよりも、捨てることを考えているのであろうか。安定しない政府のために、市民はパニックに陥り、病院のスタッフも逃げ出してしまった。」と語る。この地域の経験を共有することは、災害を考える上で貴重だ。本稿では、この問題を考えたい。


被災地が混乱した最大の理由は、病院・市・県・国という平時の情報流通・物流ルートが破綻したことだ。
このため、被災地から情報が入らず、関係者は動けなかった。

多くの地域では、官を補完する民のネットワークが弱く、業界団体は「行政と協力して」を合い言葉に指示待ちを続けた。メディアも「政治は官僚を使え」と言い続けた。
こんな主張は何の役にも立たなかった。

状況を打開したのは市民のネットワークだ。
被災地の役に立ちたいと思う有志が、各地で連携した。さまざまなネットワークが自立・分散・協調しながら活動した。
この際、ツイッターやフェースブックなどのソーシャルメディアが大きな効力を発揮した。



筆者たちの経験をご紹介したい。筆者らは、3月15日に有志12名で「地震医療ネット」という団体を立ち上げた。
参加者には、東北地方にネットワークがある医師と、信頼できるメディア人を誘うようにお願いした。現地情報を入手し、拡散するには、両者の参加が必須だからだ。
このネットワークは急成長し、4月8日現在、参加者は300名を超える。



相馬の事例をご紹介しよう。
この地域が悲惨だったのは、被爆を恐れたのか、現地に入るメディアは少なかったことだ。このため、実情は国民に知られず、サポートする人も少なかった。

この状況に突破口を開けたのが、地震医療ネットのメーリングリストである。
例えば、尾形眞一氏(薬剤師)は、毎日、現地の実情が報告してくれた。尾形氏を仲介してくれたのは、私の飲み友達である坂田和江さん(薬害肝炎被害者)だ。
3月17日の投稿では、「この病院が屋内退避になっても、籠城して入院患者を守りたいが、今の南相馬市病院のように、必要な物資が届かない事態になれば死んでいくしかない」、「不用意な発言によりパニックになったナースがいる」「ガソリンが回ってこない。あと2、3日が限界である」と訴えた。

一方、相馬市の立谷市長もネットワークに加わった。
「相馬市は、今や原発から日本を守るしんがりである。相馬市が止めなければ、日本は原発に負けると考えている。科学的な数値に基づけば、相馬市は屋内にいれば放射能から十分に身を守れる。」と「籠城戦」を宣言し、具体的な問題点を挙げ、サポートを求めた。
例えば、「重症患者の搬送が必要だ」、「精神科医が足りない」、「調剤薬局を再開したい」などである。
薬不足と言わず、調剤薬局の再開と求めた点など、地元を再興したという市長の希望を反映しているのだろう。


地震医療ネットは問題解決をサポートした。手段は一つ。メーリングリストを通じ問題を広く周知し、「自分が出来ることをやってください」と求めることだ。
多くの関係者が、これに応じた。例えば、精神科医不足を知った中村祐輔氏(内閣府医療イノベーション推進室 室長)は、学生時代の同級生や知り合いに電話をかけまわり、最終的には徳州会が派遣することとなった。
また、業界関係者の支援を受けたそうごう薬局は業務の再開を決断した。
さらにメーリングリストのやりとりを見ていた自衛隊関係者は、相馬から重症患者を搬送するように調整した。
この間、厚労省や業界団体は情報を収集するだけで、具体的に動くことはなかった。機動力、およびコーディネート力に欠ける。

このようなやりとりを通じ、様々な人間関係が構築された。
例えば、尾形氏は、「そんなところへ、相馬市の立谷市長から突然私の携帯に電話がありました。(中略)また、それら取り組みの情報を知らずにいたことを謝罪し、今後は密に連携して取り組んで行くことにしたいとおっしゃいました」という。
3月22日、尾形氏は立谷市長の直下で震災対策に取り組むこととなった。

また、地震医療ネットの事務局を手伝った岩本修一氏、森甚一氏(いずれも都立病院シニアレジデント)は、週末の休みを利用し、ボランティアとして相馬市に入った。
立谷市長からは、老健施設の診察を依頼された。数日間と雖も、岩本医師が診療に従事することで、現地のスタッフは休むことができただろう。被災現場にとって、フットワークの軽い若手医師は「使い勝手の良い存在」だったに違いない。
尾形氏や岩本氏の活動はツイッターやメーリングリストで紹介され、被災地のために何かしたいという人たちの心を動かした。



原発の放射線漏れ、余震など、まだまだ相馬は予断を許さない。
ただ、このような活動を通じ、国民にはかつてない一体感が醸成されつつある。今回紹介した事例はその一端だ。
果たして、大震災が日本の医療の終焉の始まりとなるのか、再生の萌芽となるのか。それは、これからの我々の行動にかかっている。みな、日本再生を目指して、自らのできることを黙々とやろうではないか。

最後に、地震医療ネットの事務局を手伝ってくれた若者たちを紹介したい。日本大学法学部の五反田美彩さん、小倉彩さん、今春から司法修習予定の西尾浩登さん、青山学院大学総合政策文化学部の中野ゼミの皆さん(清水昇さん、阿部憲史郎さん、中屋心路さん、小嶋万美子さん、櫛田光さん)たちだ。彼らのサポートがなければ、地震医療ネットは機能しなかった。心から感謝申し上げたい。


--------------------------
東京大学医科学研究所 先端医療社会コミュニケーションシステム 特任教授  上 昌広

閉じる コメント(0)

閉じる トラックバック(0)

地震に関する子どもの心のケア

地震に関する対応として、子どもへの心のケアの大切さも指摘されています。
 
被災地の子どもたちはもちろん、テレビから流れる津波や原発事故等の映像によるストレスも懸念されています。
専門家は、口をそろえるように「まずテレビを消すこと」と言っているようです。
節電にもなりますし。
 
 
我が家の2歳の息子も、自宅マンションで大きな揺れを経験し、緊急地震速報が鳴ると、非常に驚いて、大人にしがみつきますし、天井から下がっているモービルが少し揺れたりだけで「地震?」と不安そうな顔をします。
 
地震の最中、私が息子を頭からガードしていたのですが、少し地震が落ち着くと、
「大丈夫、こうちゃんがママとるこちゃん(妹)とおばあちゃんを守るぞ。こうちゃんがゴセイジャーになって地震をやっつけるぞ。」
などと言っていました。
生後6ヶ月の娘は、地震の最中、私と母で慌ててフードつきの上着を着せたり、あっちだこっちだと、抱っこしなおしたりしていたことを遊んでもらっていると思ったのか、ニコニコ笑っていましたが。
 
息子は、2歳のわりにとても言葉が達者で、子ども特有の「だだ」をこねそうになるときも、私は、
「泣いたら何言ってるか分からないから、ちゃんとお話して。」
と、感情を理性的に言葉で整理させるようにしてきたのですが、やはり、それなりのストレスを受けているようで、言葉を超えた安心感をスキンシップで伝えなきゃと思っています。
 
地震の当日、テレビに出ていた専門家が、盛んに
「子どもは抱きしめてあげてください」
と繰り返し言っていたことが印象的でした。
 
 
子どもの心のケアのために、日本小児科医会がリーフレットを出していますので、ご活用ください。
 

 
光太郎ギャラリー
イメージ 1
トーマスの次は、チャギントンに夢中。
 
 
イメージ 2
半年くらい前のもの。時計回りに、トーマス、ライオン、おばけ。イメージ 3
 
 
イメージ 4上はシマウマの親子。
 
左はゾウだそうです。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

閉じる コメント(0)

閉じる トラックバック(0)

全43ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11]

[ 次のページ ]


.

hir**o_t*shim*ku
人気度

ヘルプ

Yahoo Image

  今日 全体
訪問者 2 22025
ブログリンク 0 9
コメント 0 253
トラックバック 0 4

ケータイで見る

モバイル版Yahoo!ブログにアクセス!

モバイル版Yahoo!ブログにアクセス!

URLをケータイに送信
(Yahoo! JAPAN IDでのログインが必要です)

1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31

開設日: 2005/9/29(木)


プライバシーポリシー -  利用規約 -  ガイドライン -  順守事項 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2012 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.