京都を感じる日々★古今往来Part2・・京都非観光名所案内

京都を感じる日々★古今往来part1・・京都非観光名所案内のニューバージョンです。

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「京都を感じる日々★古今往来Part1」というブログは、2年程前に公開したものですが、当初はアート系と称して史跡の情報は少しで、もっぱら気に入った京都の風景とかを掲載していました。(当時の記事はほとんど残っていませんが)最近は、史跡ガイド化して記事が多過ぎるという状態です・・出来るだけ有名寺院は避けて、書くネタの少ない史跡ばかりを集めようとしているのですが、それでも毎回かなりの時間を要しています。しかし、今回はうれしいことに情報の少ない史跡です。


今回は、西陣にある慧光寺(えこうじ)というお寺を採り上げましたが、採り上げた理由は、イチョウの木が素晴らしいということのみです。

京都市上京区浄福寺通一条上る笹屋町にある慧光寺(えこうじ)は、前に採り上げた赤門で知られる浄福寺の向かい側にあるお寺です。境内は東の駐車場から丸見えの開放的なお寺ですが、特にこの季節は境内にあるイチョウが目立ちます・・ロケット型(マツカサ状?)に真っ直ぐに伸びたこのイチョウは一見に値します。


さて、慧光寺は、山号を智照山(ちしょうざん)という日蓮宗寺院です。
寺の伝承では、創建は、室町時代末期の天文年間(1532〜55)で、足利将軍家の家臣だった野本式部少輔輝久が、十三代将軍足利義輝を暗殺しようと陰謀を企む三好長慶の家臣に殺害された後、(足利義輝は、永禄八年(1565)に、三好三人衆と松永久秀に暗殺されますが、これは即位間もない頃のことのようです。)輝久の正室の伊佐が、亡き夫の追善供養のために自ら剃髪して妙法尼と号し、私邸を寺院に改造したのが始まりということです。また寺号は、輝久の法名慧光に由来しています。

その後、新在家(現・上長者町烏丸付近)に移り、法義を弘通(ぐつう・ぐずう 仏教を広める)する所から弘通處(弘通所 ごすいしょ)の名前で呼ばれました。天正年間(1573〜93)に現在地に移り、江戸の享保十五年(1730)に火災に遭いますが、その後再建されています。尚、慧光寺では明治時代頃まで秘法の目薬を製造して人々に販売していたということです。

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