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(6月21日、父の日にホームランを打ちベースを回るジョン・マクダナルド。mlb.comより)
先日の日曜日は父の日でしたね。私はこれまでの父の日のみならず、誕生日やクリスマスや、
旅行のお土産などで、モノでのプレゼントはあげつくしたように思えたので、
食事につれてゆきました。皆さんはどのような「父の日」でしたか?
とはいえ近所のスーパーマーケット(ジャスコ)で、このような宣伝文句を見つけたときは
複雑な気持ちになりました。「お父さんを喜ばせてあげよう」 母子家庭の人や、
児童擁護施設の子供たちが見たらどう思うかなあ・・・
さて、このような父の日があったことをボストン・グローブの記事に見つけました。
心を打つような物語。私もいつもレッドソックス情報で「お世話に」なっている
ピーター・エイブラハムの記事です。拙訳にてご一読ください。
Boston Globe 6月21日Peter Abrahamの記事
この物語が読む人の心を動かさないなら、どんな話も動かすまい。
プロヴィデンス・カレッジ出身の、ブルージェイズの内野手、ジョン・マクダナルドは、
先週父親をガンで亡くした。父ジャックは亡くなる前に、見舞いに来た息子に、
次の試合ではホームランを打ってくれ、といった。
マクダナルドは12年の選手生活での通算ホームランはわずか13本だったので、
父親には、やってみるよ、簡単にはいかないかも知れないけれど、といった。
マクダナルドは11日間の弔意休暇ののち土曜日にチームに合流、最初に出場したのが
翌日曜日の父の日であった。
監督のシト・ガストンが彼を9回に投入したとき、トロントは3−9で負けていた。
その後のどうなったかはご想像の通りである。そう、マクダナルドはホームランを打ち、
ベースをまわるときに涙をこらえ切れなかった。ダグアウトに戻ると、
彼はチームメイトに囲まれたのである。
チームメイトのヴァーノン・ウェルズはトロントの記者たちに語った。
「僕らはお互いチームメイトの肩で30秒ほど涙を流していた。その後は
鳥肌が立つような感覚だった。 打席でも守備でいいことがあろうとなかろうと
関係ないように思えた。そのときは勝ち負けなど関係なかったんだ。
これまで野球で経験していきたなかでも、もっとも感慨深い時間だったね。
これ以上のことが彼に起こりうるだろうか、と思った。プロの選手としてやってきて、
これ以上幸せな負け試合もなかったと思うよ」
マクダナルドはオフシーズンには妻子とともにシトゥエイトに住んでいる。
出身はコネティカットのイースト・ライムだ。
実は・・・私はかつてコネティカットで仕事をしていたとき、ジョンの取材をしていたので、
彼の父ジャックもよく知っている。彼は高校のフットボールチーム部の役員かつ
バスケットボール部と野球部の審判をしていた。私はおそらく彼が関わった250試合、
いやそれ以上の試合の取材をした。
二人は本当によい人たちで、今回の不幸は残念でならない。けれども、
いつか亡きジャックが、息子のジョニー・マックがしてくれたことを知ることができたら、
と願わずにはいられない。
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小説に書いたらあまりも出来すぎで、こんなことあり得ないよ〜と言われる話ですよね。
でも実際にはこういう事が起こるから、やっぱりどこかに神様がいるのかもしれないと思ってしまいます。
彼のうれしさはもちろんのこと、チームメイトの言葉も素晴らしいですね。
2010/6/23(水) 午後 9:34 [ ros*rin*yu ]
rosarinさん、トロントのホームページ読んだら、この親子関係のことがもっと詳しく書いてあって、私は自分の父親に読ませたくなり、日本語訳しました。読みます?(笑)
2010/6/29(火) 午前 7:25
keyさん、出かけていてコメント見るのが遅くなりました。
読みます、読みます(笑)
keyさんに、おんぶに抱っこで申し訳ありません。
2010/6/29(火) 午後 8:39 [ ros*rin*yu ]
Rosarinさん、送りましたのでご笑覧くださいませ
2010/7/5(月) 午前 7:22