Key(きー)さんです

旅行の写真がなくなったことでの精神的大打撃のため、ブログ更新意欲は消滅寸前です

アルペンスキー

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インターITスキー大会(岩岳)とインターバンクスキー大会(木島平)でスラローム連戦

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2月19日と20日の週末、週末出勤の嫁さんを置いて、二つのスキー大会に
出場しました。土曜日は白馬岩岳でのインターITスキー大会。
いわゆるIT企業の社員たちの対抗戦です。私はIT企業の社員ではありませんが、
友人の取り計らいでスラロームの試合に出場させてもらいました。

インターカレッジ(インカレ)や全日本選手権などのハイレベルの試合に
出ることのできないレベルにて学生時代に競技スキーに取り組んでいた人々には
世間的な認知は比べ物にはならないでしょうけれど、岩岳は高校球児にとって
甲子園のような存在だったかも知れません。

私もその一人でしたが、バブル当時のスキー人口が過密だった1980年後半にあっては、
上智大学バタフライスキーチームという弱小スキークラブの一員にとって岩岳の壁は厚く、
600名ほど出場していた予選を、例年突破できない有様でした。

卒業してからは、過去2004年、2008年と二度ここでの大会に出ていますが、
今回も含め、ここを訪れるたびに、20年以上前の学生当時のことを、
一抹の悔しさとともに思い出します。

さて大会当日は快晴。朝方はやや冷え込んでいましたが、時間がたつとともに
気温が上昇し、ポカポカ陽気となりました。コースは500m以上の長さで、
中斜面が主体のタフなコースです。二本目は雪がゆるんで、雪面硬化剤がまかれました。

スタート前にくつろいでいる私
http://farm6.static.flickr.com/5295/5470699543_aac623b8d6.jpg

私の今季の滑走日数は3日(うち試合が1日)、スラロームは初試合。こんな状態で
完走できるだろうかと不安を抱えつつスタート。1本目は17位。無事完走するも、
15位以内に入れなかったことにがっかり。2本目は2つだけ順位をあげて15位でした。
(タイムは1本目55:01、2本目53:34)

ベストタイムの人とはそれぞれ5秒ほども離され、ゴール後は心臓がバクバクして
破裂するかと思われましたが、怪我もなく無事に二本とも完走。

レース後は雄大な白馬の山々を眺めながらフリースキーを楽しみ、
豪快な景色に心がすっかり満たされました。
http://farm6.static.flickr.com/5060/5471292690_866c9449fe.jpg

翌日はGS(大回転)の試合でしたが、私たち3人は木島平へ移動。
大回転よりもスラロームが好きな我々は、今度はインターバンクスキー大会という
別の企業対抗戦に部分参加。

こちらは銀行各社が集まって行う対抗戦。かつては活況を呈していて、参加者制限も
あったそうですが、最近のスキー人口減少に伴い、年々参加者は減少しています。
もっともそのおかげで、私のような部外者も参加させてもらえるわけですが。

20日日曜日の木島平は快晴。二日続けてよい天気。しかも昨日よりも気温が下がり、
スラロームのコースはとてもよいコンディションにめぐまれました。

インスペクション中(コースの事前下見)
http://farm6.static.flickr.com/5218/5470699899_c36a592177.jpg

コースは緩斜面主体ですが、途中にウェーブがあります。
前走の湯本浩美選手の滑りに触発され、これは思いっきりガンガン責めてゆこう、と
思ったのが大間違い。私は気合が空回りして直線的なラインをとって失敗し、
リカバリーをしようとしてスキーをポールにひっかけてしまいました。
いわゆるカタハンです、

前走の湯本選手
http://farm6.static.flickr.com/5098/5470700003_8b468b7c11.jpg

カタハンして悔しがる私
http://farm6.static.flickr.com/5136/5470700063_abe0153b66.jpg

いったい何のためにここまで来たのか、とガックリ肩を落としましたが、
2本目のレース終了後にいわゆる「後走」として滑らせてもらう温情的な配慮を賜りました。

私はまるで、買ったばかりのアイスクリームを地面に落っことしてがっかりするも、
お店の人に、これあがるからな、ともう一つサービスでもらった子供のような、
回復した気分で「後走」を務め、今度はまずまずのタイムで無事完走。
すっかり上機嫌になりました。いいオッサンのくせにねえ。

帰りは名所、馬曲温泉であたたまってから東京へ。
http://farm6.static.flickr.com/5177/5471293322_04d93f0d34.jpg

仲間二人がすやすやと眠りにつく車内にて、今回もスキー仲間たちにも恵まれ、
無事に楽しいスキーができたこと、好天に恵まれたこと、そしてスキーという楽しみを
知ったことの幸運をかみ締めながら、帰路の運転にいそしんでいました。

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佐々木明や湯浅直樹が滑ったガチガチのコースでSL練習〜菅平のつばくろゲレンデ

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(タフで充実した練習を終えて満足げな私)

2月3連休の週末、11日の土曜日に菅平で、いつもの仲間たちと宮下透のコーチのもと、
スラロームのトレーニングに参加しました。
今回は3日間の合宿でしたが、都合により私は初日のみの参加。
スラロームが好きな私は、コーチに無理を言って初日にスラロームの
スケジュールを設定してもらうように裏工作をしていたという抜け目のなさ。

(コースセットをする宮下氏)
http://farm6.static.flickr.com/5259/5440008424_fd2cfb261e.jpg

それはともあれ、小雪がちらつく中での当日の練習。場所はつばくろゲレンデの
1番というコースなのですが、ところどころアイスバーンになっています。
アイスバーンというよりも、明らかに雪の色ではない氷状の部分が露出しています。

なんでも数日前に佐々木明や湯浅直樹らのアルペンスキー選手が、2月20日に
ドイツのガルミッシュ・ペルテンキルヒェンで行われる、アルペンスキー世界選手権の
スラローム競技のための調整のために、まさにこの場所を滑ったのだとか。
(youtubeにそのときの模様がいくつかアップロードされています)

アルペンスキーをしない人にはピンとこないと思われますが、競技コースは可能な限り
硬いアイスバーンで用意されることが理想的であり、選手たちの練習も硬ければ硬いほど
実戦的といえます。そのために事前にコース上に水をまいて、意図的に雪上を凍らせることが
トップクラスの選手にとっては日常的なのですが、まさにその状態が、我々が滑るときにも
しっかり保存されていました。
http://farm6.static.flickr.com/5298/5439403373_ebb2b32508.jpg

一方で、スキー技術においては、コースが硬ければ硬いほど、スキーヤーの欠点がはっきり
浮き彫りになります。つまりごまかしがきかなくなり、同時に日頃からの道具の
手入れもごまかしがきかなくなるわけです。

世界選手権に出るようなスキーヤーにとっては、硬いバーンは大歓迎なのでしょうけれど、
我々のような素人スキーヤーにとっては、歓迎どころか、こりゃえらいこっちゃ、と
緊張しながらの練習となったのでした。
http://farm6.static.flickr.com/5258/5440008592_8ba80ccb55.jpg

緩斜面主体で、左右の振り幅が大きくないセットのおかげで、なんとか練習が
可能でしたが、途中の氷にのるとスキー板が不意にツルっと滑る挙動を見せるなど
とてもスリリングな状況のもとでの滑りこみ。

宮下コーチが撮影したビデオでみる佐々木明の滑りは、まるで何事もないような
スムーズな滑りで、ワールドカップレーサーとの違いをいやというほど実感しつつ、
それでも大好きなスラロームということで、私は年甲斐もなく一生懸命滑りました。

私がもらったアドバイスは主に二つ。
1.アイスバーンであればいっそう、ターン前半からの早めのエッジングが重要
2.アイスバーンでは頑張ってはいけない。力を必要以上に入れないように

厳しい状況でしたが、私はこの二つ以外にも学んだことがありました。
それはストレートの入り口で必票以上にスキーを回さないことです。

この日は入り口が特にツルンツルンに凍っていたので、慎重に入ったのですが
その結果いつもよりもスキーを回さずにストレートに進入することができました。
つまりこれまでは回しすぎだったわけで、わずかばかりとはいえタイムを
ロスしていたはずなのです。

硬いアイスバーンが、効率的なスキー操作を教えてくれたというわけです。

もっともたくさん滑りこんだおかげで、翌日は背中や腰を中心に、体全体が
バリバリの筋肉痛に見舞われ、バッテリーが低下したロボットのように、
のろのろと動くありさまでした。

鍛えていない、おじさんスキーヤーは無理しちゃいけないね。

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2年ぶりにスキー大会に出場〜軽井沢スノーパークでのシンクタンクスキー大会

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先週末の日曜日、2年ぶりにスキー大会に出場しました。
大会といっても、いわゆる「草大会」レベルのアマチュアスキー愛好家が集まってスキーの
タイムを競うもの。

私のスキーのシーズン滑走日数は年々減少する一方で、昨年はついに2日と、1986年から
スキーを始めてからの最少記録となりました。今年はすでに2日滑りましたので、すでに昨年の日数に
並んだわけです。そしてシーズン滑走3日目は初試合となりました。

今回参加した「シンクタンク・カップ」という名称のこの試合は、もともとは金融機関の調査研究部門の
関連会社(シンクタンク)が寄り集まって行う企業対抗戦で、今年で17回を数えます。
スキー大会全般にいえることですが、年々参加者は減少しており、今年は関東社会人スキー大会という
別の大会との併催で行われました。

さて、大会は土曜日にスラローム(回転)が、日曜日にはジャイアント・スラローム(大回転)が
行われましたが、私は土曜日に会社同僚とのゴルフを欠席できなかったので、どちらかといえば
より得意なスラロームをパスし、千葉県柏近郊でのプレーを終えてから、単身軽井沢に向かいました。

場所は軽井沢北部にある、軽井沢スノーパークというこじんまりしたスキー場。
晴天率が高いので、これまで同様、今回も浅間山の白い雄大な姿がみられました。

コースはベストタイムで30秒ほどの短いコースですが、老体化した私の体力では
ちょうどよいものだったかも知れません。

二本滑っての合計タイムで順位を決定しますが、一本目は4番目。二本目で一つでも
あがるといいなあ、ともくろんでいましたが、残念なことに逆に二つ順位を落として結果は6位。

もっとも私のようにちゃんと練習していない者が悔しがる資格はなく、怪我もなく無事に
滑り終えられたこと、そして何よりもスキーに来られたことを感謝すべきだと考え直した次第。

久しぶりの試合でしたが、わいわい騒ぎながら、仲間たちの滑りを応援する雰囲気の
楽しさを久しぶりに満喫した1月最後の日曜日でした。

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オリンピックのメダリストたちとの個人的な思い出〜男子回転を終えて

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(この写真は過去このブログでも使ったのですが、ヴァンクーヴァー・
オリンピックのアルペン男子のスーパー大回転で優勝した、ノルウェイの
アクセル・ルンド・スヴィンダール。2006年3月、奥志賀高原の
宿泊先ホテルの売店で一緒に撮ってもらった写真です)

日本時間、2月28日の早朝に行われた、男子スラロームで
ヴァンクーヴァー・オリンピックのアルペン競技は終了、そして
全競技の日程も昨日で終了しましたね。

「にわかサポーター」はもう関心が失せてしまった人も多いかも
知れないですが。

私はこの競技にもっとも注目していました。アルペン男子大回転も
楽しみだったのですが、競技日程が延期になったため、おそらくは
過密した放送日程に組み込むことができなかったのか、NHKでは
簡単なダイジェストしか放送してくれませんでした。

男子回転では、事前に「皆川賢太郎のメダルに期待!」とマスコミは吹聴しましたが、
私に言わせれば、それはスーパーマーケットでの特売商品の売り込みのような印象でした。
(実績では上の佐々木よりも皆川賢太郎がクローズアップされるかというと
おそらく上村愛子の旦那ということと、オリンピックキャンペーンに起用されていた
という政治的な意味合いが強いと私は想像しています)

オリンピックのような一発勝負では、偶然性が左右することもありますので、
何があるかわかりません。今季のワールドカップではランキング22位の
佐々木と、39位の皆川が上位に食い込んでくる可能性もないとはいえない。
(事実、ワールドカップランキングSL45位のチェコのオンドレイ・バンクが
賢太郎より2番前の37番スタートから見事に1本目6位に食い込みました。
2本目は残念ながら失速し、11位に落ちましたが。この人長年の「下積み」から、
来季あたりからようやく開花するのでは、という印象を受けます)

しかし逆にいえば、ワールドカップでしのぎを削って上位にいる選手でも
容赦なくメダル争いから振り落とされるのが現実です。
実際に、ランク1位のラインフリート・ヘルプスト、2位のジュリアン・リザルーも
メダル圏外に沈みました。

ですから「好成績を期待!」というまだ現実的な見方ならともかく、それを通り越して
いきなり「メダル期待!」などという姿勢には、競技への敬意を欠いた乱暴なものと
感じざるをえないのです。

とはいえ、私は早朝からテレビ観戦。皆川賢太郎は残念ながら1本目前半でリタイア、
佐々木明も2本目は明らかにターンの始動が遅れ気味な滑りで残念ながら18位でした。

二人の結果にかかわらず、私はレースそのものを楽しみました。
NHKのアナウンサーが、「オーストリアのメダルなし!」をやたらと
連呼するのを聞いていて、「メダルがない日本の人がそんなこという資格が
あるのかよ」という苦々しい思いは別として、それぞれの選手の滑りに
手に汗握り、「みんな頑張れ〜」と純粋に応援。

1本目ベストタイムのイタリアのジュリアーノ・ラッツォーリが見事に
優勝した瞬間、私はテレビの前で立ちあがって盛大に拍手したのですが、
そのために別室で寝ていた連れから「拍手がうるさくて起きちゃったじゃないの!」
という苦言を招いてしまいました・・・

さて、この競技、2位にはクロアチアのイヴィーツァ・コステリッチが
入りました。彼は2003年3月に、志賀高原のワールドカップの際に
出会ったことを思い出しました。

昨年にもヒザの手術をするなど、これまでに何度も重傷を負いつつ、
その都度カムバックしてきたコステリッチは、今季のワールドカップでも優勝し、
ワールドカップのランキングでも3位であり、有力なメダル候補でした。

(ヴァンクーヴァー回転競技の表彰式でメダルをかざすコステリッチ)
http://farm3.static.flickr.com/2737/4399833098_46e18d60ab.jpg

さて、2003年のことですが、焼額山でのレース終了後、私たちは奥志賀高原の宿に戻るべく、
ゴンドラの乗り場に向かっていると、なんとこれからキャビンに乗りもうとしている
コステリッチのがっちりした後ろ姿がみえました。

私は急いでスキーを脱いで、仲間を置いて(あとで自分だけずるいと非難された)
人をかきわけて、コステリッチと一緒のキャビンに乗り込みました。

キャビン内で、コステリッチに英語であいさつして、この日のレースの
健闘をたたえました。

彼はとても流暢な英語を話し、そして実に気さくな人でした。日本のスキー場のこと、
友人だという皆川賢太郎のこと、自分のヒザの怪我のこと、いろいろ話しました。

キャビンには私たちの他にも4人の家族がいて、私たちの会話を見守っていたのですが、
お父さんと思われる人がおそるおそる私に、「あのう、この人は誰ですか?」
と聞いてきたので、「クロアチアのイヴィーツァ・コステリッチですよ。
先月の世界選手権のスラロームチャンピオンです」というと、
4人は「え!すごい!」と大騒ぎ。「サインいただけないかと頼んでいただけません?」と
いわれたので、私はイヴィーツァに通訳し、もちろん彼は快く応じてくれ、
即席サイン会になりました。

10歳前後かと思われる男の子は「ヨーロッパのスキー場はどんなですか、と
聞いてください。」というので、イヴィーツァに通訳すると、「このスキー場よりも
ずっと広いよ」。男の子は「へえー。いつか行けるかな?」というと、
イヴィーツァは「行けると思うよ!そのときは会おうね!」といいました。
その言葉を訳すと、男の子は顔を輝かせて「英語勉強しなくちゃ!」といいました。

そこでゴンドラは終点に到着し、イヴィーツァに”Thank you for conversation.
I wish your good luck for the rest of this season!”といって、
4人家族にも挨拶して別れました。イヴィーツァは笑顔で去ってゆきました。

あのことは今でもよい思い出です。
7年後の今、テレビにうつる彼の笑顔をみて、私もとてもうれしくなりました。
そしてあの男の子は今どうしているだろう。イヴィーツァの活躍をみてたかな、
と想像しながら・・・



ヴァンクーヴァーでスーパー大回転で金メダル、スーパー複合で銀メダルの
アクセル・ルンド・スヴィンダールと会ったのは2006年の同じく志賀高原。
トリノ・オリンピックの直後のレースです。

佐々木明が2位になってとても楽しめたレース観戦後、翌日のレースを控え
選手たちがポール練習をしているだろうとアップバーン(練習コース)に
行きましたが、誰も滑っていません。

仕方がない、アウトレットショップにでも行くか、と奥志賀高原にある
ホテル・グランフェニックスのショップに行くと、一人の大男がTシャツ姿で
買い物の最中でした。レジで言葉が通じないで滞っているようなので
私が助け船を出すと、なんと彼はアクセル・ルンド・スヴィンダールでした。

「今日のレースおつかれさま!」というと、「ありがとう。でも自分ではもうちょっと
行きたかったなあ」という感じで雑談。(女性物が目についたので)
「そんなにいっぱい買い込んで、彼女にあげるの?」と冷やかしたら、照れくさそうに
「いや、そうじゃなくて親類へのプレゼントなんだよ」といっていたのを思い出します。

「今シーズンの残り、幸運を祈っているね!」というと彼は力強く握手をして
「ありがとう!」といいました。

写真にも気さくに応じてくれました。そのシーズン、彼はワールドカップの
総合優勝を果たし、アルペンスキー界の頂点に上り詰めました。


そのような思い出をよみがえらせ、アルペンスキーを通じて私の心を
躍らせてくれた彼らの健闘を祝したい気持ちになりました。

オリンピックは終わりましたが、まだワールドカップのシーズンは続きます。
そして彼ら選手たちの競技生活、そして大げさにいえば人生も続きます。

ここに書かなかった選手たちも含め、彼らの今後の幸運と活躍を祈っています。

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湯浅直樹、シュラートミンク(シュラドミング)のスラロームで8位に!

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(写真は1月26日のシュラートミンクでのワールドカップにて
湯浅直樹の滑り〜Zoom Agenceから借用)

すごい!!!

1月26日(現地時間)の夜に、オーストリアのシュタイアーマルク州にある
シュラートミンク(日本ではシュラドミングと表記される)で行われた
アルペンスキーのワールドカップで、湯浅直樹が今季最高の8位に入賞しました。

彼は10日前に行われた、スイス・ヴェンゲンでのアルペンスキーの
オリンピックの選考にもれながら、その後のワールドカップで
好成績(15位、8位)、ヨーロッパカップで優勝2回!

オリンピックに出る佐々木明、皆川健太郎を上回る成績を
叩き出しました。

本人は選考に漏れた落胆から引退を考えたそうです。
そのような状況から気持ちを前向きにもってゆき、
ベストを尽くそうとする姿勢には、傍観者の私まで大きな勇気を
もらえるような気持になり、このように声に出しました。

「俺もがんばらなくちゃな!」



先日、選考もれを報告する彼のブログに、私はコメントの書き込みをしました。
「たのむ!やめるな!やれるところまでがんばってくれ!
個人的応援ランキング
1.湯浅
2.佐々木
3.皆川  」

クサっても仕方がないような状況で、それでも前向きに全力で戦う姿勢の
湯浅直樹を、オリンピックに出ようが出まいが、陰ながら、そして心から応援します。

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