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(この写真は過去このブログでも使ったのですが、ヴァンクーヴァー・
オリンピックのアルペン男子のスーパー大回転で優勝した、ノルウェイの
アクセル・ルンド・スヴィンダール。2006年3月、奥志賀高原の
宿泊先ホテルの売店で一緒に撮ってもらった写真です)
日本時間、2月28日の早朝に行われた、男子スラロームで
ヴァンクーヴァー・オリンピックのアルペン競技は終了、そして
全競技の日程も昨日で終了しましたね。
「にわかサポーター」はもう関心が失せてしまった人も多いかも
知れないですが。
私はこの競技にもっとも注目していました。アルペン男子大回転も
楽しみだったのですが、競技日程が延期になったため、おそらくは
過密した放送日程に組み込むことができなかったのか、NHKでは
簡単なダイジェストしか放送してくれませんでした。
男子回転では、事前に「皆川賢太郎のメダルに期待!」とマスコミは吹聴しましたが、
私に言わせれば、それはスーパーマーケットでの特売商品の売り込みのような印象でした。
(実績では上の佐々木よりも皆川賢太郎がクローズアップされるかというと
おそらく上村愛子の旦那ということと、オリンピックキャンペーンに起用されていた
という政治的な意味合いが強いと私は想像しています)
オリンピックのような一発勝負では、偶然性が左右することもありますので、
何があるかわかりません。今季のワールドカップではランキング22位の
佐々木と、39位の皆川が上位に食い込んでくる可能性もないとはいえない。
(事実、ワールドカップランキングSL45位のチェコのオンドレイ・バンクが
賢太郎より2番前の37番スタートから見事に1本目6位に食い込みました。
2本目は残念ながら失速し、11位に落ちましたが。この人長年の「下積み」から、
来季あたりからようやく開花するのでは、という印象を受けます)
しかし逆にいえば、ワールドカップでしのぎを削って上位にいる選手でも
容赦なくメダル争いから振り落とされるのが現実です。
実際に、ランク1位のラインフリート・ヘルプスト、2位のジュリアン・リザルーも
メダル圏外に沈みました。
ですから「好成績を期待!」というまだ現実的な見方ならともかく、それを通り越して
いきなり「メダル期待!」などという姿勢には、競技への敬意を欠いた乱暴なものと
感じざるをえないのです。
とはいえ、私は早朝からテレビ観戦。皆川賢太郎は残念ながら1本目前半でリタイア、
佐々木明も2本目は明らかにターンの始動が遅れ気味な滑りで残念ながら18位でした。
二人の結果にかかわらず、私はレースそのものを楽しみました。
NHKのアナウンサーが、「オーストリアのメダルなし!」をやたらと
連呼するのを聞いていて、「メダルがない日本の人がそんなこという資格が
あるのかよ」という苦々しい思いは別として、それぞれの選手の滑りに
手に汗握り、「みんな頑張れ〜」と純粋に応援。
1本目ベストタイムのイタリアのジュリアーノ・ラッツォーリが見事に
優勝した瞬間、私はテレビの前で立ちあがって盛大に拍手したのですが、
そのために別室で寝ていた連れから「拍手がうるさくて起きちゃったじゃないの!」
という苦言を招いてしまいました・・・
さて、この競技、2位にはクロアチアのイヴィーツァ・コステリッチが
入りました。彼は2003年3月に、志賀高原のワールドカップの際に
出会ったことを思い出しました。
昨年にもヒザの手術をするなど、これまでに何度も重傷を負いつつ、
その都度カムバックしてきたコステリッチは、今季のワールドカップでも優勝し、
ワールドカップのランキングでも3位であり、有力なメダル候補でした。
(ヴァンクーヴァー回転競技の表彰式でメダルをかざすコステリッチ)
さて、2003年のことですが、焼額山でのレース終了後、私たちは奥志賀高原の宿に戻るべく、
ゴンドラの乗り場に向かっていると、なんとこれからキャビンに乗りもうとしている
コステリッチのがっちりした後ろ姿がみえました。
私は急いでスキーを脱いで、仲間を置いて(あとで自分だけずるいと非難された)
人をかきわけて、コステリッチと一緒のキャビンに乗り込みました。
キャビン内で、コステリッチに英語であいさつして、この日のレースの
健闘をたたえました。
彼はとても流暢な英語を話し、そして実に気さくな人でした。日本のスキー場のこと、
友人だという皆川賢太郎のこと、自分のヒザの怪我のこと、いろいろ話しました。
キャビンには私たちの他にも4人の家族がいて、私たちの会話を見守っていたのですが、
お父さんと思われる人がおそるおそる私に、「あのう、この人は誰ですか?」
と聞いてきたので、「クロアチアのイヴィーツァ・コステリッチですよ。
先月の世界選手権のスラロームチャンピオンです」というと、
4人は「え!すごい!」と大騒ぎ。「サインいただけないかと頼んでいただけません?」と
いわれたので、私はイヴィーツァに通訳し、もちろん彼は快く応じてくれ、
即席サイン会になりました。
10歳前後かと思われる男の子は「ヨーロッパのスキー場はどんなですか、と
聞いてください。」というので、イヴィーツァに通訳すると、「このスキー場よりも
ずっと広いよ」。男の子は「へえー。いつか行けるかな?」というと、
イヴィーツァは「行けると思うよ!そのときは会おうね!」といいました。
その言葉を訳すと、男の子は顔を輝かせて「英語勉強しなくちゃ!」といいました。
そこでゴンドラは終点に到着し、イヴィーツァに”Thank you for conversation.
I wish your good luck for the rest of this season!”といって、
4人家族にも挨拶して別れました。イヴィーツァは笑顔で去ってゆきました。
あのことは今でもよい思い出です。
7年後の今、テレビにうつる彼の笑顔をみて、私もとてもうれしくなりました。
そしてあの男の子は今どうしているだろう。イヴィーツァの活躍をみてたかな、
と想像しながら・・・
ヴァンクーヴァーでスーパー大回転で金メダル、スーパー複合で銀メダルの
アクセル・ルンド・スヴィンダールと会ったのは2006年の同じく志賀高原。
トリノ・オリンピックの直後のレースです。
佐々木明が2位になってとても楽しめたレース観戦後、翌日のレースを控え
選手たちがポール練習をしているだろうとアップバーン(練習コース)に
行きましたが、誰も滑っていません。
仕方がない、アウトレットショップにでも行くか、と奥志賀高原にある
ホテル・グランフェニックスのショップに行くと、一人の大男がTシャツ姿で
買い物の最中でした。レジで言葉が通じないで滞っているようなので
私が助け船を出すと、なんと彼はアクセル・ルンド・スヴィンダールでした。
「今日のレースおつかれさま!」というと、「ありがとう。でも自分ではもうちょっと
行きたかったなあ」という感じで雑談。(女性物が目についたので)
「そんなにいっぱい買い込んで、彼女にあげるの?」と冷やかしたら、照れくさそうに
「いや、そうじゃなくて親類へのプレゼントなんだよ」といっていたのを思い出します。
「今シーズンの残り、幸運を祈っているね!」というと彼は力強く握手をして
「ありがとう!」といいました。
写真にも気さくに応じてくれました。そのシーズン、彼はワールドカップの
総合優勝を果たし、アルペンスキー界の頂点に上り詰めました。
そのような思い出をよみがえらせ、アルペンスキーを通じて私の心を
躍らせてくれた彼らの健闘を祝したい気持ちになりました。
オリンピックは終わりましたが、まだワールドカップのシーズンは続きます。
そして彼ら選手たちの競技生活、そして大げさにいえば人生も続きます。
ここに書かなかった選手たちも含め、彼らの今後の幸運と活躍を祈っています。
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