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2012年1月28日
民主党支援組織である「日教組」jから距離をおくという偽りの姿勢をアピールする売国民主党
民主党支援組織である「日教組」から距離をおくという偽りの姿勢をアピールする売国民主党「天皇反対」「日の丸反対」「君が代反対」の日教組と親密では国民の理解を得られないと判断したためか?解散総選挙を睨み表向き日教組とは疎遠なふりをして国民に擦り寄っているに違いない。民主党は信用できない。以下転載
富山で日教組教研集会 政務三役は今年も欠席2012.1.28 09:38
富山市で始まった日教組の第61回教育研究全国集会=28日午前 日本教職員組合(日教組)の第61次教育研究全国集会(教研集会)が28日、全国の教職員約3000人を集め、富山県で始まった。冒頭の全体集会では文部科学省の政務三役は昨年同様、全員欠席。「教育の充実を図るため日教組の皆さんに一層のご努力とご協力をお願いする」などとする平野博文文部科学相のメッセージだけが読み上げられた。
開会のあいさつで、中村譲中央執行委員長は昨年3月の東日本大震災に触れ、「子供と教職員のメンタルヘルス対策と合わせ、防災教育と減災教育の充実を行っていかなければならない」と述べた。一方、最近の教職員を取り巻く環境について、「教育改革の名の下に、あまりにも教職員の活動を縛りすぎる傾向がある」と主張した。
教研集会は30日まで3日間の日程で行われ、人権や平和教育など計726本の教育実践を報告。震災や東京電力福島第1原発事故を受けて教育現場で悩む教員や子供の課題に関連した報告が約1割の70本以上を占める。
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yamatopress.
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「外国人犯罪」天国の体制
「外国人犯罪」天国の体制支那人・朝鮮人にこれ以上、侮りを受ける勿れ!
![]() 年明け早々の1月11日、広島刑務所から脱獄を図った受刑者・李国林(りこくりん)の事件はセンセーショナルであった。
いかに監視・管理システムを厳重にした難攻不落の要塞であろうと、絶対というものはないが、法務省を挙げて再発防止に取り組まねばなるまい。
1月18日、法相の小川敏夫氏は広島県を訪れ、同刑務所職員への訓示・指示、ならびに広島県知事や同市長への謝罪に奔走。その過程で広島刑務所関係者への処分も示唆した。
再発防止へ向けた取り組みとは具体的には何を指すのだろうか? 今回の脱獄事件で改めてクローズアップされたことだが、刑法上の単純逃走罪における法定刑がたかだか「1年以下の懲役」と定められていることに多くの人が驚かされた。
李国林は各地で強窃盗事件を繰り返し、逮捕時、職務質問をした警察官に拳銃を発砲するなどした凶悪犯である。逮捕後も一度は警察官の隙を見て護送車ごとの脱走を図り、一般車両3台とパトカー1台に衝突させるなどした外国人犯罪者の中でも極めて粗暴な部類である。
広島刑務所からの脱獄後も民家や会社事務所に侵入しては飲食、国際電話を40回以上もかけた上、逃走用の衣服を盗むなどした。
単純逃走に加えて住居侵入や窃盗罪が加算されるとしても、これほど粗暴な振る舞いをした者への罰則がたかが1年の刑とは何と軽いことか。
まず第一に単純逃走罪の法定刑を大幅に引き上げること。これが再発防止へ向けた最初の取り組みとなろう。
小川氏は「近隣に与えた影響の大きさを考えると検討する必要があると思う」などと述べているが、検討するも何もあったものではない。単純逃走への重罰化はやらなければならないことなのである。
李国林などは逮捕の段階で警察官に射殺されていても当然だし、それ以前に李国林のような凶悪支那人(中国人)などは日本に居てはならない、入って来てはならない存在である。 死刑確定囚が130人も未だ生存している状況で、死刑という既存の法制度を正しく履行することも然りだが、今やいかに法制度を強化していくかが問われている。
単に法制度を強化して正しく履行して済むという問題でもない。法務省ほか日本の現在の体制とは果たして日本人の生命・財産を本気で守る気があるのか。そんな気は無いことがこれまでの経過からも明らかである以上、新たな在るべき体制を模索して本来的に当然の段階に到達している。 以下は東京拘置所のある足立区に住む住民の話。「東京拘置所に豪勢で立派な収容棟が完成した当時の頃です。入国管理局と同じようにクロスした形の建物です。収容施設だというのに冷暖房完備なんて、国民の税金を使ってあまりにもふざけ過ぎています。 地方や東京の他の区から来た友人が通るたびに『あの建物は何?』と訊くので拘置所であることを教えると、皆『絶対に必要ない』と口々に怒っていますよ。
刑務所の職員のためにあらゆるものを完備・整備するのは良いとしても…」 刑務所職員への厚遇にしたところで、今回のような脱獄事件を受けては大いに疑問符がつくところだろう。
現職の刑務官に聴いた話だが、刑務所職員への何よりの厚遇とは「自らの裁量で囚人をどうにでも扱える権限だ」という。
かねてより指摘されていたところだが、特に外国人犯罪者にとっては日本の留置場から拘置所、刑務所に至るまで収容施設という収容施設は大甘で緩いの一言に尽きる。冷暖房完備について言うなら昔の拘置所や刑務所にはそうした機器・設備は整っておらず、冬になれば凍傷が出来るほどだったと言われる。 古い時代の刑務所を知る元受刑者は「木製の床から木のクズを引っ剥がし、爪楊枝のように尖らせた部分で赤く腫れ上がった皮膚を突き刺して血を出させたものだ。それで足の裏などが凍結状態になることを防いだ」と回顧する。 十数年やら二十数年という懲役刑が「勲章」とされる暴力団社会でも関係者は「今の懲役十年と昔の懲役十年とでは同列には論じられない」と述べるほどだ。
脱獄後、広島市内で身柄を拘束された李国林は空腹と疲労で自ら「刑務所に戻る」と述べたという。かつて全国指名手配をされた経験を持つ元暴力団関係者は「組(組織)のために逃げてるのに逃走中は組織の仲間も助けてはくれない。包囲網が狭まる中で逃走を支援する仲間というのもどんどん減ってくる。カネはない、食い物はない、潜伏先に布団も無いときて『もう…捕まったほうがマシだ』と思えてくるんだよ」と当時を語っている。
その言葉どおり、李国林も捕まったほうがマシだと思っていたのだろうが、刑務所の待遇が甘くて緩いから脱獄するような輩も出てくるのであって、刑務所に戻されればどんな目に遭わされるか分からない、その恐怖が脱獄などという馬鹿げた事態を抑止するのである。 この李国林が残留孤児2世3世で形成される支那系マフィア『怒羅権(ドラゴン)』の「幹部などではない」「メンバーではない」とする向きも散見されるが、怒羅権に連なる関係者が何人も面会に来ていてそうした詭弁は通用しない。客観的に構成員と判断するに足る事由はある。
だいたい李国林が関わった数々の窃盗事件にしても、そうした盗品を裏マーケットで売り捌き、その盗品ビジネスを取り仕切っていたのが怒羅権である。盗品マーケットは新宿・歌舞伎町に存在した。あまりにも増長した支那マフィアが暴力団幹部を射殺する事件(02年)まで引き起こしたが、徹底した報復によって増長著しかった支那マフィアはパッタリと勢いを潜めた。新宿での勢力争いも然り、他組織に対し特に広域S系のK一家は表向きの数倍と言われるほどの構成員を有し、臨戦態勢にあると伝えられる。
街の様相が平静になってまったく様変わりした歌舞伎町だが、各地で猛威を振るい続ける怒羅権を起点にどこでどのような争乱が起きたとしても不思議ではない。
一つ確実に言えることは支那人・朝鮮人を従順にさせるには、実力行使と粛清という力学しかないわけであって、小手先の刑法改正しかしない現体制にはその気はさらさらないということだ。
元より近代以降の日本は戦前も戦後も支那大陸・朝鮮半島ばかりを重視して、外から入って来る人間を蔓延らせたという点では今も昔も変わらない。
刑法の強化とその履行も然ることながら、
より強力に断罪出来る体制を求めていかなければならない。 |
脱獄事件の招来は法務省全体の緩み
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☆脱獄事件の招来は法務省全体の緩み
犯罪者も異民族も所管省庁もゴキブリ・蛆虫で殺せ…の対象!
さる1月11日、支那(中国)系マフィア『怒羅権(ドラゴン)』の元窃盗団リーダー・李国林が広島刑務所より脱獄した事件で、法務省は「刑務官に気の緩みがあった」とする報告をまとめた。
刑務官に限らず、法務省全体に士気の低迷があったのだと思う。死刑制度の不履行や入管法のなし崩し的な緩和とくれば、現場の空気も散漫になりがちである。 しかし、偶然である。この正月に私は個人的な趣味と実益を兼ねて映画『ショーシャンクの空に』(94年米)のDVDを購入した直後に広島での脱獄事件だ。同映画のストーリーを簡潔に言えば妻とその浮気相手を殺害したとする冤罪で刑務所に放り込まれた元エリート銀行マンの主人公が脱獄に至るまでを描く。と言っても脱獄シリーズのアクション作品ではなく、刑務所という場所を通じて「自由」の意味や有り難さ、素晴らしさを説いている。
やたら自由、自由が強調されて鼻につくところだが、冤罪の者が謂われなき罪に問われる理由は無いし、それが死刑なら尚更である。だが、本当に罪を犯した者が責任を問われるのはやむを得ない。この辺りを混同して死刑制度や刑罰を云々してはならないのは当然である。今、日本の刑務所で求められているのは刑務官が自らの職務・職責において囚人をどうにでも扱える自由であり、囚人ではなく刑務官への人権擁護である。 ショーシャンクの空にという映画は観た者に静かな感動を与える一種のヒューマン・ドラマだが、同映画が公開された年には『フォレストガンプ 一期一会』(トム・ハンクス主演)などヒット作が公開されたこともあり、その影に隠れて様々な受賞を逃した「無冠の名作」と言われている。
それでも後々に脱獄を描いた米の人気TVドラマ『プリズン・ブレイク』(ウェントワース・ミラー主演)の制作に影響を与えたと思われ、ところどころにオマージュが見られる。両作品は日本でもファンが多い。
さて、脱獄事件の再発防止に当たっては刑務所はおろか法務省全体の引き締めが求められるが、その見込みは…と言うと期待薄である。以下は広島刑務所からの脱獄事件を扱った当ブログ・エントリーのコメント欄より。
犯罪利権が欲しいんでしょうね、予算に見合った犯罪者の数が存在してるのかも知れません。
シートベルトやスピード違反のような軽犯罪なんかはまさしくそれでしょう。
ノルマ達成に躍起になってる肥え太った警察なんてものはゴキブリみたいにカサコソしては餌にありつこうと今日も日本中の街々に隠れ潜んでは仕事をしていると思いこんで生きています。
こーいった輩がダイエットもかねて街々を徒歩であるくようになれば犯罪の抑止に繋がり犯罪は著しく減るはずです。
犯罪が減ると言う事は犯罪利権が減ると言う事なので法務省の売り上げが減ります。なので法務省の連中は犯罪を減らす為の努力は一切しませんね、してるふりはします。
定期的にテレビでやる警察24時とかいった警察宣伝番組なんて怖いものです。なんであんなものを宣伝するんでしょうかね、日本には最も宣伝しなければならない真実は山ほどあるはずです。
Posted by みたいな実 at 2012年01月23日 10:21
国益ならぬ法務省の「省益」のためには犯罪者が増えようと日本の治安が増えようとお構いなし、そのためには死刑制度の廃止にも入管法の破壊にも勤しまんとするお役人様が幅を利かせている限りは刑務所内の規律徹底も白々しい。 犯罪者(受刑者)がゴキブリ・蛆虫ならそれを所管する省庁のお偉いさん方はそれ以上のゴキブリ・蛆虫ということになろう。
同じことが外国人問題についても言える。
いくら支那人(中国人)や朝鮮人といった外国人が増えようと、どこの国から人間が来ようと、それが省の利益に繋がるならなし崩し的に入管法を緩和してしまう。終いには移民政策にも直結する入国管理計画までが打ち出された。ゴキブリ・蛆虫の流入を容易にするための。 映画『ショーシャンクの空に』では元銀行マンで税務や経理に長けた主人公を刑務所長や主任刑務官まで刑務所ぐるみで重宝して汚職にまで加担させた反面、都合が悪くなるや拷問と脅しすかしで粛清まで仄めかすシーンがあったが、これなどは権力の悪辣さを端的に示している。
劇中のセリフが改めてハッキリさせたことは、刑務所関連で国の予算が喜んで投じられるのは「鉄格子」と「人員」の二つのみ。
ほんの一握りの上層部の思惑だけで外国人犯罪者をさらに増やすような入管法・刑法改正など、国の行く末に関わる重大事項が安易に決定されては堪らないし、そのような「犯罪利権」を追求する汚職中の汚職、不正を極めた不正がいくら法律に抵触しないからといって、道義に鑑みて見過ごされて良いはずはない。
![]() 広島刑務所での脱獄事件は決して広島刑務所だけの問題ではないし、全刑務所に通ずる問題であって、ひいては法務省全体の問題である。 広島刑務所の刑務官に気の緩みがあったとするなら法務省全体に気の緩みがある。法相が本気で再発防止に取り組む気があるのなら「今度、脱獄しようとする者あらば、そのようなゴキブリ・蛆虫は袋叩きにしろ!」というくらいのことは言わなければならない。
犯罪者・受刑者の所管は政治の在り方に関わってくる問題であり、国の在り方そのものに関わってくる。
民主党政権のままでもダメで、仮に自公連立政権が復活したとしても然したる変化はない。政治家の首をすげ替えただけではどうにもならず、政治家の首などすげ替えなくても良いので選挙で選ばれた者が議会を形成するといった国の「体制」そのものを覆して刷新しなければならない。
腐敗や不正、汚職と一体の議会政治では現状のように亡国の一途を辿るのは必然だ。 今の体制では政権政党と省庁の利益次第で、日本人は生かされもすれば殺されもしてしまう。
なかなか履行されぬままの死刑制度をどうするかの云々、入管法をどう緩和するかという方向性ばかりの議論、外国人の人権ばかりを尊重した人権思想(同和思想)に基づいて進められる法整備…。
最近、朝鮮大学校前での右派系市民団体による在日朝鮮人への「殺せ!」「ゴキブリ!」「蛆虫!」なるヘイトスピーチが好ましくないとして他の市民団体は手本であるかのように自民党本部前や自民党大会の会場前にて党首・党員へのヘイトスピーチを如何なく披露・発揮しているという。
両団体は京都府での朝鮮民族学校に対する街宣行動で3千万円の賠償金を求められた民事訴訟を抱えてもいる。
小難しい理論を持ち出すまでもなく答えは明快な一言で済む。
発言(行動)は自らの責任においてどこへでも行け!
政権政党や野党の前に行ってはゴキブリ、蛆虫、殺す…なるヘイトスピーチをぶちかましてやり、朝鮮大学校など在日朝鮮人や在日支那人の前に行ってはゴキブリ、蛆虫、殺すとヘイトスピーチをぶちかましてやれば良いというだけの話だ。
ゴチャゴチャと言わずに攻撃すべきところを攻撃し、倒すべきものを倒す。やるからには粛々と。大勢がやるべきとするなら大勢で押しかけ、それぞれが別々にやると言うならそれぞれが別々にやる。それだけの話だ。
共に同じ裁判を抱えながらも双方で共闘戦線の構築が難しければ、元々一人で裁判を闘っているつもりでやれば良い。
当ブログのエントリー「敵性民族と戦う政治責任」のコメント欄よりご意見をご紹介。
http://blog.livedoor.jp/samuraiari/archives/51815605.html 同和在日等の悪人を殺しちゃいけない社会は社会が悪人だからとしか言いようがありません。
犯罪者に優しい国なのでしょうね、思い起こせば、明治朝廷・・・偽造貨幣に密貿易を有史以来し続けてきた出自です。大陸の犯罪者達とは意気投合するのでしょう。 明治以来ずっとです。日本民族を虐げては朝鮮人・中国人と宜しくやるのがお家芸となってるのが、現体制政府の民族的性質です。民族的アイデンティティを縄文時代に求める事はせず、朝鮮人と中国人に求め続けています。こんな気持ちの悪い体制と心中なんかしたくありません。 言葉狩りと日本人狩りはイコールで結ばれています。是非!明治朝廷もろとも最悪最低な外国人を抹殺出来る社会を! Posted by みたいな実 at 2012年01月19日 12:42
一番畏れるべきは、そこで言うべきではない、そんな所では言えない、ここで言うべき…という具合に自ら「言葉狩り」をして体制と敵性民族による「日本人狩り」に加担すること。 他人のことをとやかく言わずに自らがやるべきことをやる以外にない。
それが行動するということだ。 |







































以下は東京拘置所のある足立区に住む住民の話。
やたら自由、自由が強調されて鼻につくところだが、冤罪の者が謂われなき罪に問われる理由は無いし、それが死刑なら尚更である。だが、本当に罪を犯した者が責任を問われるのはやむを得ない。この辺りを混同して死刑制度や刑罰を云々してはならないのは当然である。

