道徳って何???
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<青学高等部>沖縄・ひめゆり学徒隊の不適切な入試問題
青山学院高等部が行った一般入試の英語で、修学旅行でひめゆり学徒隊から沖縄戦の話を聞いた生徒が「退屈で飽きた」と感じたという英文を出題していたことが10日、分かった。同校の大村修文部長は「非常に不適切な問題だった。申し訳ない」と話している。 同校によると、英文は生徒が書いたものではなく、同校の教諭が試験用に作成した。沖縄県で生徒は、防空壕に入った後、ひめゆり学徒隊の女性から体験談を聞いて「退屈で飽きた。彼女が話せば話すほど、私は防空壕で受けた強い印象を失った」と感じ、「(女性が)いろんな場所で証言をしてきて、話し上手になっていた」との感想を書いたという内容になっていた。 そのうえで「なぜ筆者は聞いた話が気に入らなかったのか」という問題を出し、「彼女の話し方が気に入らなかった」という選択肢を正解として選ばせていた。 沖縄県の稲嶺恵一知事は10日の定例記者会見でこの問題に触れ「がく然とした。ひんやりとしたものを感じるしショックだ。ひめゆり(学徒隊)のみなさんは多くの人に体験を話すことで平和な世界にする努力をされてきた方々。そのご苦労と気持ちを理解してほしい」と述べた。 (毎日新聞) - 6月10日11時15分更新 この記事を読んでどういうわけか違和感を感じた。 いや、確かにこの入試問題は適切でないのかもしれない。しかし、それは一般的かつ社会的な道徳観においてである。つまり、この違和感はこの問題を発表したことへの周囲の反応に対して感じたのである。 現実に目を向けると、この人たちの話を退屈だと感じる人間はけっこういるのだと思う。実際、自分もそう感じることがたまにある。まぁ、それは「彼女の話し方が気に入らなかった」という理由からではないが・・・。 ちなみにこれだけは誤解して欲しくないが、上記の発言はその人達の体験を否定するものではない。この件に限らず、例えば従軍慰安婦などでも様々な辛い体験を経験してきた人達はたくさんいるし、そういう経験を人々に対して証言することによって後世に伝えていこうとするその姿勢も尊敬できる部分が多々ある。さらには、そういった自分の経験を他者から退屈だと言われたら怒りを覚えるのも当然である。 しかしながら、声を大にして言いたいことは人間としてあるべきとされる道徳や倫理観だけに限定して画一的なものを押し付けるような考え方や世間一般の風潮はどうかと思うということである。つまり、こういった体験談というのはそれを聞いた人間が自発的に共感することによって追体験するべきであって、その感情自体を押し付けることによって共有を強制させるべきではないと思うのである。
この人達の場合も、自分達の体験を話すという行為の前提として、「中には、共感できない人がいる」というものを持っているべきであったと思う。共有できなかった人に対して「不適切」だという非難を浴びせるようなことは不適切だと思うよ。みんなから感動されなければ、平和活動に尽力しないなんて人自体が俺はうさんくさいと思うね。そんな下心でやるもんじゃないでしょ。多分。 人に対して考え方を押し付けちゃいけないよね。だから道徳教育って嫌いだな。昔から。 んー。俺って非道徳的かも。 |




確かに。私は道徳教育を卒論にする予定だよぉ。確かにそうだよねぇ、押し付け教育って変だよねぇ。同じカタチの人間をつくったってなににもならないのにね。
2005/6/22(水) 午前 10:14 [ yuk*o*s ]
>yukkops 押し付け教育って変だよね。俺が思うに、偏った道徳の教科書とか使って世の中の良い面しか見せようとしないから、逆に悪に対する耐性がないんじゃないかと思う。そう考えると、モンスターとか良く出来た漫画だなって思うんだよね。とはいっても、最終的には何かきっかけになるような衝撃的な出来事を個人個人が体験しないと理性とか道徳とかいったものを意識するようにはならないだろうね。
2005/6/24(金) 午前 10:46 [ かさはら ]