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人生の恩師との別れ

2011年12月15日未明、徳島県陸上競技連盟会長の多田保政氏が急逝された。多田先生は徳島県立海南高校から国士舘大学に進み、卒業後は徳島県立川島高校に体育教師として奉職され、陸上部の監督として後進の指導に当たり、短距離、長距離、棒高跳び等、数多の国体出場選手を育成した。この時が先生との出会いだった。数年後、郷里の宍喰商業高校へ赴任、ここでも陸上部監督を務め後進の指導に当られた。多田先生は高校時代からマラソンランナーとして活躍、大学でも4年間を通して箱根駅伝に出場され、区間記録を次々と更新、国士舘大学の主将も務められ大学駅伝でも花形選手だった。
その後、高校教師を引退、宍喰町の町議を経て町長選に出馬した。町長となってからは宍喰町の観光産業振興に尽力され、海原を望む風光明媚な場所にホテルリビエラと隣接地に温泉施設等を建設された。徳島に帰省した折、30年振りに先生を訪ねた。先生は大変懐かしがって頂き、私の車に同乗され宍喰の名所を数箇所案内してくださった。それからホテルに向かいレストランで海の幸をご馳走になった。その折、先生がこのホテルの資金調達も大変だったとボソッと云われた。以来、帰省の際、3回程先生を訪ねた。いつも多忙な時間を割いて歓待して頂いた。12月15日の朝、友人から電話で先生の急逝を知った。1年前にお会いした時、東京日赤に治療に行く事になったと聞き尋常ではないと気になった。先生は私の気持ちを思ってか、笑顔で来年春頃にまた遊びにおいでよと云われた。
先生と知り合って40数年の歳月が流れたが、先生は自分の事を自慢する事は一度たりとも無かった。いつも自分の事はあとにして、相手の気持ちを大切にした人だった。数年前、海陽町で市民マラソンの立ち上げを行うから時間があったら参加しないかと誘われたが、その席に行けなかったことを悔いている。来年2月に行われる先生の立ち上げた市民マラソンの参加者は2000人に達すると云う。
17日、海陽町宍喰の願行寺で葬儀が行われた。徳島県知事と海陽町の町長の弔辞にも先生の人柄を偲ぶ逸話がここそこに散りばめられていた。
春頃にまた遊びにおいでよと云った恩師の言葉が忘れられない。
偶然にも父の逝去と同じ年となった。恩師は享年72才。父は89才。
されば 人間のはかなきことは 老少不定の 境なればとの御文章がむなしく沁みてくる。

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