ランカアメリカ、教育事情と生活

暑い日々から今度は集中豪雨の季節、パワーカットは年中だし、油断してられない。

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学校へ行くだけなのに

アメリカから戻って、今回は、時差ボケなおるのを待ってから、学校へ行き始めて、三日目。先生はだれも、長期休みだったなんて、気づいてもいないようだったらしい。送りは車から降ろすだけだが、迎えは、校門前、例によって、大混雑、人も車も急いでるし、だれも事故にならないのが不思議なくらい。

5月は一番暑い季節だが、今年は特にそう感じる。別に風がないわけではないが、じっとしていても、汗まみれ。朝早く起きて、娘を学校へ連れて行って、そしてまた昼過ぎに迎えに行くというそれだけで、大仕事になっている。

娘も、大勢の中での行動は楽しいことも多いが、一日科目数は多くても、あまり、習うことはないらしい。説明がわかりにくかったり、わからなくても、シラバスどおりに進むことばかりが大事になっていて、一人ひとりかまっていられない。

そして、夜は7時になったらもう体力的に疲れている。アメリカでは、学校は自分で行って帰ったし、3時半以降も元気がいっぱい、そして、毎日新しいことを習っていた、と娘は言う。このまま、こうして、数年は、いられないようだ。アメリカの学校での、数学、ラテン語などは、もうとても追いつけない。

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バー(バット)ミツバーに参加

スリランカに戻る前日は、13歳になった同級生の元服式とでも言える、ユダヤ教儀式に呼ばれ、午前は2時間半にも及ぶ、土曜礼拝と、式とその後の会食、夕方からは、別会場でのお披露目会で、夜中近くまで、子供は大いに楽しんだ。荷物はすでに、4個パックしてあったので、会場の退役軍人会館からの、マンハッタンの素晴らしい夜景を見て、子供付き添い親たちはいつまでも続くDJダンスにつきあっていた。

ユダヤ教の世界の儀式は5000年の歴史というが、前に見た映画を体験しているようだった。13歳になった子は、いすにみこしのようにのっけられて、みんなでサークルを歌って回る。ケーキを切る前のろうそくサービスは、大事な人13人を順に呼んで、感謝の言葉を言って、いっしょに火を灯す。この儀式後は、伝統を続けることを誓ったので、共同体皆からは、大人の扱いをうける。礼拝儀式などでの、役目も与えられる。通過儀礼の代表だと、実感した。

娘には、クラスメートの皆に、しばらくお別れする会でもあった。学校の子には、ユダヤ教が多いのに、いまさらながら気づいた。娘はスリランカで、もう少し続けて 仏教を日常の中で経験して欲しい。儀礼は特にないが、自分の本質に、何か確固としたものがある、のが自然になるまで。

息子を育てているときは、そういう風には考えてなかったように思う。友達のバーミツバーに呼ばれたこともなかったし。生まれた国ドイツでは、森、アメリカでは氷河期からの湖水とローリングヒルに囲まれた、アメリカでもっとも目覚めた場所、にも選ばれた土地に住んでいたので、ネイテイブアメリカンの哲学に近づいてるように、漠然と感じていた。つまり、なにも形式としての宗教は、実践しなかった。現在26歳、好んで西海岸に住む彼は、今も方向を模索しているようだ。

子供それぞれが、幸せならそれが一番だが、10年後、どんな違いになるのか、文化人類学的興味がある。

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シンハラ新年ピクニック

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ニュージャージーエリアに住む、スリランカ人会の恒例の新年会は、雨天延期で、この前の土曜にあった。もう5月、メイデーだし、もうじきウェサック満月なので、新年は随分前だが、子供たちは、数あるゲームに参加して賞品もらうのが楽しみ。寒かったし、場所もうちから一時間かかる、遠くのステートパークだったが、結構家族連れが集まった。

娘はこれで3回続けて、歌を披露できた。今回は、審査員もいる、スリランカアイドル風に。参加者は少なかったが、見事、グランドプライズ、カップと賞金もらって、やったーと大喜び。

スリランカに戻るのも、カウントダウンになる。学校の後は、友達と寄り道してくるとのこと。学校からの一人歩きなんて、ここでしかできない。

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年頃のジレンマ

先週、機嫌が悪かったのは、たた頭が痛かっただけのようだが、それを素直に言わないので、あれこれ心配してしまった。言ったって治るわけじゃないし、話しかけられると余計がんがんするとか、後では言ってたが。でも、いくら娘の希望といっても、一年ぶりぐらいに前の学校に戻るのは、結構ストレスはあると思う。ほとんどみんな13歳になったり、もうじきなるというのに、娘はまだ11歳。大人になってしまった子たちが多いうえ、通っていなかった分、勉強には付いていけない科目がある。たとえば、ラテン語、代数。でも、英語、ドイツ語、サイエンスは、間があいていても、平気だった。先生たちも、短期であるが歓迎してくれる先生が多いし。

私としては、この経験がこの先の学校選びに、かなり大事である。スリランカでは、違和感なくやっているが、はっきりいって、歴史、仏教などを高度なシンハラ語で習うのは、時間の無駄だと思う。10%ぐらいしか点も取れないので、全体の平均を下げているだけ。そして、すべて英語のロンドン試験向けのクラスは一年後から。その間に、アメリカにいないことで、失うものと、スリランカで得るものと、はかりにかけて、8月までに決めなければ。ここだと、9月新学年で8年で、中学最後の年。(まだ、12歳なのだが)

友達にしても、ここは、クラスがひとつ、20人ほどなので、知り合ったら、仲よしかは別としても、いつまでも同級生。スリランカの友達は娘がこちらにくると、ちょっと裏切られた感じに受け止めるよう。スリランカで大変な思いなのに、娘だけ楽してると。そして友情は積み上げていくのだけど、積み木がくずれると、それまでサポートしてくれていた友達がいなくなってしまいそうだ。6000人の中の孤立は、寂しい。

スリランカに戻るけど、今度こっちにくるときはユウキも連れてきて、徒歩通勤の父親と3人、普通に暮らしてみるのも、捨てがたい。

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これは問題

学校へ少しの間行くことにして、3日目。今日はいつもより遅く帰るなり、ただいまもなく、カウチに顔埋めて、何も言わない娘。いったい何があったか、言ってくれないと解からないが、確かに何かすごくいらだっている。そのうち、話すとは思うけど、こんなことは、今までどこでもなかった。行くときも帰りも、自分でと、張り切っていたのでそうさせていたが、こんなふうになるなら、この経験はマイナスなものになりそう。後10分が、延長されていってもう、夕方。それとも、ただ疲れてるだけなのか。親に言いたくないことなのか。

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