アイヒマンのような日本の阿片王たち 〜日中の明日を展望する
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『阿片王』佐野真一(新潮文庫) |
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≪人道≫とは何か?〈九〉−《アイヒマンのように…》−
<font color="#0000FF"><font size="4"> わたしは、どういわれてもアーレントのレポートしたように− о建国間もないイスラエルの世界に向けた(ナチス)プロパガンダ оその犠牲者(ピエロ)アイヒマン оアイヒマンは法定という舞台で舞
2008/8/17(日) 午後 8:55 [ ☆★☆ 名探偵蒙裡胡伍浪之名推理教室 ☆★☆ ]
≪人道≫とは何か?〈一〇〉−『イエルサレムのアイヒマン――悪の陳腐さについての報告』−
<font color="#0000FF"><font size="4"> 他人(ひと)が自分のブログの中で、どんなことをやろうとも違法行為でもない限りは(カラスの)勝手であろう。≪アイヒマン≫を勘違いした御仁がいらっしゃったので『≪アイヒマン≫のような…』という形
2008/8/17(日) 午後 11:18 [ ☆★☆ 名探偵蒙裡胡伍浪之名推理教室 ☆★☆ ]
≪人道≫とは何か?〈一一〉−『私も対応し切れませんのでw』(笑)−
<font color="#0000FF"><font size="4"> 引用をしたら肝腎な〈コメント〉が書けなくなってしまった(笑)。 yahoo! ブログの 10000Byte の仕様も大した量を書けないので、せめて倍増して貰いたいものだ。さて今度は〈コメント〉を片付けよう。
2008/8/18(月) 午前 0:32 [ ☆★☆ 名探偵蒙裡胡伍浪之名推理教室 ☆★☆ ]
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アーレントのイェルサレムのアイヒマンによればですが…
アイヒマンはつまらない官僚に過ぎず
アイヒマン無罪説
−が濃厚です。
アイヒマンは、ただの輸送列車の手配者であって
ユダヤ人の選別は−
ユダヤ人長老という
ユダヤ人のナチス協力者ら
−が行ったとされる。
わたしは、アイヒマン無罪説であり
見せしめとして処刑された
−と思っています。
2008/8/13(水) 午後 11:23
法的政治的にはご指摘の通りなのでしょうね。
ただ、人道的にどうか、と言えば正に技術官僚的に滑稽でさえある部分に責任はあるし、逆に連合国が戦前から十分道徳的であったかと言えばそんなこともない、アイヒマンにも罪はあるしチャーチルにもルーズベルトにも逆に罪を想定することはあっていいと思っています。
2008/8/14(木) 午後 5:08
>アキラさん
人道の確立は欧米でも≪戦後≫でした。
したがって≪戦前≫の列強はすべて非人道的でした。
ナチスドイツ
ヒロヒトの帝国
−だけが非人道的だったわけではなかった。
もちろん、
人道に対する罪
−なども言いがかりに過ぎなかった。でも戦勝国の専権でやった。
アイヒマン中佐は、ラインハルト・ハイトリッヒの指揮下にあり道義だけでは何ともならなかった。権限がなかったのだ。
われわれでも、アイヒマンの仕事を与えられたら粛々とこなしたであろう!
2008/8/14(木) 午後 11:30
いえ、シュタウフェンベルク大佐のような人も居た以上は、ヒトラー政権に楯突くことは決死の覚悟が有ればどの段階でもできた。長期的には幾らでもその努力をすることは考えられたはずです。それをしなかった罪は確かにその当時の、その本人には無いかも知れないが、道徳を時空を超えたところに想定する以上は、責任はあったのです。組長に言われたからと言って暴力を振るってはならない。同時に戦争の罪は戦勝者にもある。
戦敗者が後からああだこうだ自己弁護するくらいなら、自己自身の人間としての普遍的な罪を認めた上で、戦勝者の罪にも必ず言及するのが筋だと思います。歴史的には戦勝者の罪の方が重いかも知れませんが、歴史的であるからと言って道義的犯罪はどちらにせよ帳消しにはならないと思います。
2008/8/15(金) 午前 0:14