短歌11-8-15 終戦記念日
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敗戦受諾日によせて
戦など なければ僕は 本当は 君を描いて いたかったんだ 絶対に 僕は戻って きますから 笑顔でどうか 送って下さい 一葉の 写真を君は 手渡した 胸にしまって 往ってきます ただただと その日を待って 思うのは 君の為だけに 僕は往くんだ 上官が 差し出す物で わかります 遂にきたのか 恩賜の煙草 君の夢 知らないままに 往く事を 心の底から 悔いています 戻りたい 君の元へと 今すぐに 戦のなかった 時代へすぐに 往って散る 大切な人 守る...
2011/8/15(月) 午後 4:02 [ 作詞のある風景 たまに何かの感想 ]










全部、いいですね。
個人的には三首目が好きです。
ポチ☆
2011/8/15(月) 午前 2:10 [ 澤木淳枝 ]
三首目 うんうん。。
2011/8/15(月) 午前 9:50 [ ヤナ・ヤヌー ]
澤木さん、少しずつ違う視点で詠んでみました。
玉音放送は学校の校庭などで聞いたひとも多かったそうです。
ポチありがとうございます。
2011/8/15(月) 午前 11:32
ヤナ・ヤヌーさん、疎開先の小さな校庭で聞いたひとも少なくないでしょう。
2011/8/15(月) 午前 11:41
無蓋車で運ばれる経験はつらいですね、その少女も施設に入る年齢に、アウシュビッツを想像しました。ポチ
2011/8/15(月) 午後 4:58
うまれさん、引揚者は港から郷里まで大変だったそうです。特に女性子供は不安で心細かったでしょうね。ポチありがとうございます。
2011/8/15(月) 午後 6:48
ひろちんさん、二首目、確かに老人施設におられる人も多いでしょうね。
fukoとブログの交信をしているブラジルのクリチバのjose さんの体験はもの凄いです。
引き揚げ者です。http://blogs.yahoo.co.jp/akimura1941/20825993.html
一度御覧下さい。
2011/8/15(月) 午後 7:20 [ f u k o ]
不狐さん、終戦当時10歳でも今年76歳ですからね。空の色は変わったのでしょうか?
私の両親も引揚者でした、ふたりとも混乱のなか苦労して帰ってきたと聞いています。
戦争というのは生死の意味までも変えてしまうのでしょうね。
2011/8/15(月) 午後 11:23
ご両親も引き揚げ者でしたか、今はご健在ですか。
2011/8/16(火) 午前 8:57 [ f u k o ]
不狐さん、66年経ちましたからさすがにもう亡くなっています。
生きていたら90過ぎています。
2011/8/16(火) 午前 10:51
こんにちは。
二首目の無蓋車…屋根のないコンテナみたいなものなのですね。
そこに乗って人が運ばれる、なんとも厳しい風景に思いました。
老人施設で眺める空も同じ色なのかなと思いました。
傑作ポチ。
2011/8/22(月) 午後 3:46
玄さん、石炭などを運んでいた屋根のない箱のような車両です、いつの間にか貨物はほとんどコンテナになりました。あれには乗りたくない。
終戦の日を老人施設で迎えるひとも多いでしょう。
傑作ありがとうございます。
2011/8/23(火) 午前 2:53