「ピントのずれた道州制論議を排す」(2005/01/11)
道州制論議が活発になってきた。全国知事会でも研究会を設けて検討を重ねている。先日の研究会には筆者も出席し、いくつかの論点を提起した。その内容は研究会のそれまでの議論に多少水をさすことになったのだが、大切なことなのでここで取り上げておく。
そもそも如何なる目的で道州制を導入しようとするのか。それはわが国のあり方を根本から変えることにあるはずだ。わが国は中央政府に権限も事務も責任も過度に集中している。このため、中央政府は雑事に負われ、国家として真に重要な事務を処理する能力が著しく低下している。ならばこの際、思い切って中央政府の任務を国防、外交、金融、マクロ経済などに純化してみてはどうか。ただその場合、中央政府から解き放たれる膨大な事務と責任を一体誰が引き受けるのか。現在の47のユニットで編成されている都道府県制では些(いささ)か力量不足で心許ない。そこでその引き受け手として想定されるのが道または州、すなわち道州制である。
「道州制論議」は「中央政府解体・再編」と同義
道州制とはしたがって中央政府の解体再編論と同義である。まず、わが国中央政府の権能として何を残すのか。その残った権能を担う役所をどう組み立てるか。おそらくは今の12省庁が4つか5つの省に再編整理されるだろう。その際現在の各省庁から吐き出される大量の余剰人員をどう処理するかもよく考えておかなければならない。それには国鉄改革時の余剰人員対策という先例がある。
ところが、中央政府において道州制を唱えている人たちにはものごとの本質がさっぱり分かっていない。彼らには中央政府の解体再編など全く念頭になく、ただ100年以上前に出来上がった都道府県制は既に賞味期限が過ぎているとか、交通通信の発達により国民の生活・活動範囲が県域を越えて広がっているので広域化が必要だという程度の発想ばかりだ。「市町村合併が一段落したから次は道州制だ」などと能天気なことを言っている官僚もいる。
筆者は、中央政府から持ち出される道州制論はヘルペスのようなものだと考えている。ヘルペスが体調の悪い時に出てくる如く、政府の体調(財政力)の悪化と機を一にしていつも出てくる症状だからである。ただ、このヘルペスは見てくれが必ずしも醜くない。「地方分権を進めるため」との美辞で装われているからである。しかし、所詮はヘルペスに過ぎず、国から地方へ配分する金を減らすための手段でしかないことは容易に見て取れる。これは本来の道州制とは似て非なるもので、我々はこの官僚主導の似非(えせ)道州制論は願い下げにしたい。
「行政区域の狭さ」が問題の本質ではない
アメリカを見てみよう。現行50州の体裁がほぼ整ったのは19世紀後半であり、それはわが国の地方制度の骨格が定まった明治23年と同時期である。また、その後日米両国とも交通通信の手段は飛躍的に発達したが、アメリカのそれはわが国の比ではない。そのアメリカにおいて今日まで、内政を担う団体の広域化が大きな政治課題として浮上しているわけではない。これは、100年も経過したから、あるいは交通通信手段が発達したのだから都道府県の区域も広くすべきとの議論に必ずしも根拠がないことを示している。しかも、我々は交通通信手段ほどには統治の技術や合意調達の手法を発達させていない。むしろその水準は明治の時代より低下しているかもしれない。
実は、今日都道府県を含む地方行政における重大な欠陥はその区域の狭さにあるのではなく、批判を恐れずに言えばその質が高くないことにある。透明性の欠如、説明責任能力の低さ、監査や議会のチェック機能が正常に作動していないことなどに起因する質の劣化は顕著である。最近発覚した大阪市のヤミ昇給やヤミ退職金掛金助成などの不正支出が、今日までの長い間まさしくヤミの中で滞りなく継続されていた事例はその好例(悪例)である。
ゴールは「質の向上」できる地方自治改革
質の悪さをそのままにしておいてひたすら規模の拡大を求めても、事態はさらに悪化するだけだ。規模を拡大することが質を向上させることにつながるという無邪気な人もいるが、人口規模ならわが国トップクラスの大阪市の不正支出のありさまを見るにつけ、また、中央省庁再編や都市銀行の合併などを振り返っても、素直にうなずく人はいないだろう。われわれの課題は決して規模の大きさを追い求めることにあるのではなく、組織及びその運営を徹底して透明化し、チェックシステムを正常に作動させることによって自律的に質の向上を可能にする地方自治制度の改革にある。今次の地方分権改革論議の中ですっぽりと抜け落ちているこの論点をあらためて真剣に考えてみなければならない。
今一度繰り返すが、我々は中央政府の解体再編としての道州制を検討すべきであって、政府が持ち出す似非道州制論ないしヘルペス道州制論に目を奪われてはならない。併せて、規模拡大が避けられないのならなおのこと、自治体の質の改善のためのシステム改革が急がれる。
片山善博(かたやま・よしひろ) 慶応義塾大学大学院教授
略歴
生年月日 昭和26年 7月29日生
最終学歴 東京大学法学部(昭和49年3月卒業)
昭和49年4月 自治省入省
昭和54年7月 国税庁能代税務署長
昭和55年7月 鳥取県地方課長
昭和56年11月 鳥取県財政課長
昭和58年11月 国土庁土地政策課課長補佐
昭和60年10月 自治省地域政策課課長補佐
昭和62年6月 自治大臣秘書官
昭和63年9月 自治省財政課課長補佐
平成2年4月 自治省国際交流企画官
平成4年4月 鳥取県総務部長
平成7年7月 自治省固定資産税課長
平成10年1月 自治省府県税課長
平成10年12月 自治省府県税課長を退職
平成11年4月 鳥取県知事当選
平成15年3月 鳥取県知事に再選
平成19年4月 任期満了で退任
平成19年4月 慶応義塾大学大学院教授に就任
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