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形式主義

直観主義に対してヒルベルトは、「数学者から排中律を奪うのは、天文学者から望遠鏡を、ボクサーから拳を奪うようなものだ」と反対した。ヒルベルトの考えでは、制限されるべきなのは証明の手法ではない、数学の手法は可能な限り豊かな道具立てをもっていた方がよい。重要なのは、そこに矛盾が生じないことをきちんとチェックすることなのである。そして、構成主義的手法が用いられるべきなのは、むしろこのチェックの段階においてであるとされる。
かくして、形式的体系としての数学とメタ数学的チェックという二本立てのアイデアが提出されることになる。これが、ヒルベルトが提唱した「形式主義」の立場にほかならない。
 
★形式主義の基本的考え方
(1)形式的体系としての数学
 
公理的方法により数学を形式的体系として整理する。公理系はたんなる記号変形のシステムであり、<意味抜き>の形式的体系であるから、「無限」といった観念に悩まされる必要はない。自由にやってよい。その体系では直観主義の論理学のような制限された体系ではなく、述語論理が採用され。無限集合については、パラドックスを回避しうるように公理系を整備する。
 
(2)メタ数学
 
その上で、公理系に対して「有限の立場」と呼ばれる構成主義的手法でその無矛盾性を証明する。このように、ある公理系における証明を議論の対象にするような分野(証明についての証明)を「メタ数学」と呼ぶ。しかも、証明とはたかだか有限回の手続きに従った一連の式変形にほかならないから、無限に関しては排中律を拒否する直観主義も、ここでは排中律を拒む理由はない。かくして、メタ数学においても排中律は許容されることになる。
 
★公理的集合論
 
形式主義のもとで整備された新たな集合論は「公理的集合論」と呼ばれる。
これに対してパラドックス以前の集合論を「素朴集合論」と呼ぶことがある。
無限集合は対象として認められるが、無制限に認めるとパラドックスを引き起こすから、問題を起こさないような、性質のよい無限集合だけに制限する公理を設けることになる。
つまり、ラッセルのパラドックスのような、ω(x)を「xは自分自身に述語づけられないような述語である」ようなものの集合は、集合ではない、とするのです。
 
★ゲーデルの定理
 
ではそれですべてが上手くいったのかと言えば、そうではない。
まず、公理系集合論を採用すれば、ラッセルのパラドックスみたいのは絶対起きないのかと問われれば、有限の立場のメタ数学では証明できないことをゲーデルが証明してしまった。
 
また直観主義のいう構成主義的手法に限定したメタ数学もだめだとゲーデルは証明した。
 
ただし、「述語論理の完全性定理」というメタ論理の定理を証明したのもゲーデルである。
「述語論理の完全性定理」というのは、形式主義が考えた「メタ数学」の論理版、すなわち「メタ論理」により、述語論理の公理系の場合には、無矛盾であること、また、完全であることを示す定理のことです。
 
・・・参考文献 野矢茂樹 著 『論理学』
 
尚、本ブログにおいて「ゲーデルの不完全性定理」については記事化したことがある。yahoo.co.jp/honkytonkman_2/30147167.html
 
 

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