ハイキング
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初めての職場は、仕事面ではあんまり思い出にこのることは
ありませんでしたが、スポーツ面に関してはたくさんの
思い出があります。
就職して1年目の夏に初めて、尾瀬にいきました。
至仏山を登りました。
職場にハイキングクラブの活動をしている
人がおり、恒例の夏のハイキングに連れて行っていただきました。
尾瀬と言えば「夏の思い出」
夏が来れば思い出す、はるかな尾瀬 遠い空♪
はい、とてものどかなところを想像していきました。
ハイキングのイメージが、多少のできぼこのあるところでも
草原を歩くイメージだったので。
ところが、至仏山を登るのがメインのハイキングだったのです。
そのときは、連れて行ってもらうという感じで、自分から
積極的に調べるということをしませんでした。
初めての本格的(当時の私の中では何せ初めての登山だったので)
な山のぼりは、疲れました。登るときよりも降りるときに足ががくがくして
山登りってしんどいなと思いました。
しかし、頂上からみる風景は素晴らしかったです。
見える景色は、飛行機が低空をとんでいるときに
見える景色ににていました。
当時、鳩待峠から入り至仏山をのぼり、山の鼻におり
宿泊は長蔵小屋だったと思います。
山小屋も初めてとまりました。同行していた誰かが
ここは山小屋の帝国ホテルだよと教えてくれました。
その当時帝国ホテルとはどんなホテルかをしらず、
そして山小屋とはどんなものかもしらず、この意味が
よくわかりませんでした。
その後の人生経験で、なるほどと納得がいきました。
そこに一泊し、大清水峠を越えて尾瀬のハイキングは
終了し、地元に帰ってきました。
初めての尾瀬ハイキングは
疲れた>尾瀬の美しさ
でした。
これに連れて行ってくださった方は、山形県出身の技師さんでした。
とても素敵な人でした。今もきっとそうだと思います。
当時、昼休みに職場の前庭にネットをはり
バレーボールを毎日のようにしていました。
もちろんわたしも。何せバレーボールは大好きでしたから。
そのとき、この技師さんはセッターで、
上手にボールをトスし、チームをリードしてくれました。
このようなことができる人って素晴らしいなと思っった
1年目でした。
きょうは、この辺で。
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