| 4月13日は詩人、石川啄木の命日でした。27歳の短い短い人生でした。病名は肺結核です。 |
| 石川啄木は1886年、(明治19年)、岩手県南岩手郡日戸村(現玉山村日戸)の曹洞宗日照山常光寺に生まれました。父親は住職の一禎さん母はカツさん。幼名は石川一でした。 |
| ↑啄木が20歳の折、中学時代に知り合った堀合節子さんと結婚しました。 |
| 啄木の歌集「一握(いちあく)の砂」から数編で彼のはかない命を偲びましょう。 |
| いのちなき砂のかなしさよ |
| さらさらと |
| 握(にぎ)れば指のあひだより落つ |
| 砂山の砂に腹這(はらば)ひ |
| 初恋のいたみを |
| 遠くおもひ出(い)づる日 |
| たはむれに母を背負ひて |
| そのあまり軽(かろ)きに泣きて |
| 三歩あゆまず |
| 何(なに)となく汽車に乗りたく思ひしのみ |
| 汽車を下(お)りしに |
| ゆくところなし |
| かなしきは |
| 喉(のど)のかわきをこらへつつ |
| 夜寒(よざむ)の夜具にちぢこまる時 |
| はたらけど |
| はたらけど猶(なほ)わが生活(くらし)楽にならざり |
| ぢっと手を見る |
| 馬鈴薯(ばれいしよ)のうす紫の花に降る |
| 雨を思へり |
| 都(みやこ)の雨に |
| 夜おそく |
| つとめ先よりかへり来て |
| 今死にしてふ児(こ)を抱けるかな |
| 最初の歌が彼の全てを表現されています。「一握の砂」の一は、啄木の本名を表しているのでしょう。 |
| 最後の歌は、啄木の長男が生後3週間ほどで亡くなったときのものです。 |
| 啄木の死後、お母さんが翌年になくなり、更に翌とし奥さんもなくなりました。いずれも結核でした。啄木の墓は奥さんの実家の函館に遺児2人と共にうつされました。 |
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本当に短い命でした。もっともっと生きていい詩を書いて欲しい人でしたが。。。当時は肺結核は不治の病でしたからね・・・・
2007/4/14(土) 午前 10:20
★レイさん、文学者はほとんど病気でなくなっていますね。それでも文学が隆盛していたから、ある意味生きがいでしたでしょうね。
2007/4/15(日) 午前 0:06
そうだったんですか・・・素晴らしい方がたくさん日本にもおられましたよね〜
2007/4/18(水) 午後 1:59
★俳句は今やアメリカでも人気です。私は短歌をアメリカで、いつか広めます。
2007/4/19(木) 午前 0:53